No.10 「自立命令魔法陣」①
「どうして休みってこんなに早く終わっちゃうんだろう。大したことはしてないのに……」
そんなことをぼやくシュザリアを尻目にしながら、セブンは呆れ顔で羊皮紙に羽根ペンを走らせている。場所は王立魔術学院ホワイトウイング図書館。うず高く積まれた本や、壁一面、それも見えない天井のてっぺんまでぎっしりと本が詰め込まれた本棚が印象的だ。そんな場所でセブンは魔術理論の論文を書いていた。
「お前は休み中じゃなくても、大したことをしていないだろう」
「え? そんなこと……あったかも。でもさ、でもさ、セブン。折角の休みがもう、あと4日で終わっちゃうんだよ? こんなのって寂しいよ。だから、どっか行こう? ね、近いところでいいから」
論文を書くセブンの肩を揺するシュザリア。ため息混じりにセブンが羽根ペンを持つ手を止め、シュザリアを向いた。
「休み中にどこへ行ったか、覚えてるのか?」
「覚えてるよ。アークの村でしょ、魔業都市でしょ、アルトリズ海岸に、ディールフィレ山脈」
指を折りながら数えるシュザリア。それを聞きながらセブンはまたも重いため息をついて、シュザリアにデコピンを一発くれてやる。
「痛ったい……」
「あのな、田舎に、都会に、海に、山。全部を網羅しといて、他に何を見たいって言うんだ? その前に宿題終わっているのか? 2年の宿題は?」
「宿題ないもん」
そう言うシュザリアだが、セブンは信じられない。長期休暇の度に宿題は絶対に出されるはずだ。それなのにないと言う。まして、シュザリアだ。宿題そのものの存在を忘れている可能性だってある。しばらく訝しく見つめていると、シュザリアはそれにむっとした。
「本当だよ。その代わりに休み明けの班対抗戦の時に、自分で作った魔法陣を見せればいいんだから」
「じゃあ、その自作魔法陣は作ったのか?」
「ううん」
「魔法陣を作るのが宿題だ。今からやれ」
「え? そんな宿題出来るはずないじゃない!」
真顔で言ったシュザリアのせいでセブンは頭痛を覚えた。論文を脇へどけ、新しい羊皮紙を広げる。そこに羽根ペンで簡単な魔法陣の図式を描いた。円の中に逆三角形。基本中の基本だ。
「復習だ。魔術を使うまでに必要な3つの段階は?」
「えっと……構成、展開、発動?」
「よし、ここまでは大丈夫な用だな。今回の宿題は、この構成の部分だ。これまではきっと、教わった魔法陣を暗記して、それを展開や発動する実技があったと思う。だけど、これからは自分で構成――つまりは魔法陣そのものを考えないといけなくなるわけだ。いいな?」
「……。うん、多分」
「不安にさせる返答をしないでくれ。こっちが自信を失くす」苦い顔で言ってから、セブンが羊皮紙に魔法陣の図式をまた描く。「魔法陣の描き方は覚えてるな? 外円を描き、その中に紋様。必要に応じて、発展的に外円の外側にストリュース文字を描き、それをさらに円で囲む。ストリュース文字を書く上では絶対にスペルミスをしないように。どんな優れた魔術でも、一箇所のスペルミスがあったせいで暴発したり、注ぎ込んだ魔力が全部無駄になって不発するなんてこともある」
「……」
「魔法陣を自作する上で大切なのは、具体的なイメージを持つことだ。順番を追って、決めていき、それを図式化すればいい。属性や、形態。展開方法。持続時間。これらのことを総合的に考えて、外円の中に書き込んでいく。シュザリア、実際に決めてみろ」
言ってセブンがシュザリアを向く。
「Zzz……」
こっくり、こっくりと首が上下に動く。すーすーと静かな寝息が聞こえ、セブンは盛大にため息をついた。それから人差し指を立てて、目の前、何もない場所に何かを描き始める。指先の動きを辿るように光が溢れて、描かれていくのは魔法陣だった。
「属性は水。効果は水鉄砲。持続時間は3秒。対象が眠っている場合に、何度でも発動される。――不眠要求」
発動した瞬間、シュザリアへ向けて直径10センチほどの水が魔法陣から吐き出された。突然の水責めにシュザリアが椅子から転がり落ちて目覚める。
「あ、懐かしのお仕置き魔術……!」
ホワイトウイングに来る以前、王族として王城で教育を受けていたことのあるシュザリア。その成果は芳しいものではなかったが、よく居眠りをする彼女用にセブンが手がけた魔術だった。他に類を見ないであろう魔術だ。
「懐かしいとか言うな。……ったく、いいか、魔法陣を作る時には――」
「ねえ、セブン。あたし、この魔術がいい」セブンの言葉を遮ったシュザリアが、空中に描かれている魔法陣をしげしげと眺める。「これは眠ったら、っていう発動条件があるでしょ? だから、これを相手が攻撃しようとしたら、とかってやれば無敵じゃない?」
彼女にはしてはいい閃きだ。そう、誉めてやりたい一方で、セブンは少しだけ呆れる。
「発動条件をつけられるほど、お前は魔法陣を上手く作れるのか? それに、相手が攻撃しようとしたら、なんていうのは適用されない。傍目に見た状態で判断出来ないとダメなんだ。それにこの魔術は完全な後攻。一発でやられたら、それで終わりだ」
「あ、そっか……。でも、何だか、これっていいなあ。ほら、面白いじゃない? 勝手にやってくれるっていうのが」
「勝手にやってくれる、か……。それなら、自立命令魔法陣っていうのがある」
言って、セブンが立ち上がった。後ろの本棚に向き合い、梯子を登って高い位置にあるぶ厚い本を取り出す。
「自立命令……?」
「魔力伝導率の高い、骨組みの組まれた媒体にコアとなる、魔力を含有した鉱石を組み込む。コアに命令内容を刻めば、あとは魔力さえ充填してやれば骨組みかコアが朽ちるまでは永続的に動き続ける。夜中に学院の敷地内をうろついてる、変な人形みたいのは見たことないか?」
「……あるかも」
「あれも自立命令魔法陣によるものだ。きっと、あれは不審者がいないかどうかの警備だろうな」
「セブン、それ教えて!」
シュザリアが目を輝かせると、セブンは彼女の前に取ってきたぶ厚い本を出した。その表紙には「魔法陣構成 -上級編-」とされている。目次を開いて、セブンがとある項目で指を止める。
「難易度A……。自立命令魔法陣……」
「どのくらい難しいかって言うと、そうだな。一本の重量が80キロの鉄骨でジェンガをするくらい難しい」
「無理じゃない、そんなのっ!」
「手伝ってやるから、安心しろ。ただし、覚悟はしろよ。自立命令魔法陣は複雑だからな」
言うなり、その場でセブンによる「対象年齢15歳以上の難関魔術理論講座 -自立命令魔法陣編-」が始まるのだった。