No.1 「対象年齢10歳児以上の簡単魔術理論講座」
「魔術とは、魔法陣に魔力を込めて発動する力のこと。その理論を学ぶのが魔術理論という学問であり、この魔術理論を究めるというのは、魔術を極めるのと同義のことだ」
若草色の髪は短めで、端整な顔立ちと相まって少年は爽やかに見える。背が高く、薄手の袖がないローブを着ている。インナーは身体にフィットしていて、そのしなやかな筋肉を浮き出させている。セブン・ダッシュ。17歳で、王立魔術学院ホワイトウイングの3年生主席である。座学、実技、演習、どれをとっても学年ではぶっちぎりで一番という超成績優秀者であり、この王立魔術学院ホワイトウイングにこれまで在籍した生徒の全てと競っても、その能力は他を寄せ付けない。
「そんな基本はどうでもいいのっ」
不満そうに頬を膨らませて言い返したのは、2年生のぶっちぎり劣等生。シュザリア・S・グヴォルトという女生徒。美しいブロンドの髪は長く、美しい顔は小さい。スタイルも、少し物足りないところはあるかも知れないが、それでもバランスが取れている。今は机の上で頬杖をつき、セブンをじとりとした目で睨みつけているのだが、それでも彼女の美貌は損なわれない。
「劣等生のくせに基本を疎かにするな。徹底的に補修授業してやるから、とりあえず説明を最後まで聞け」
「セブンの言い方が堅苦しいんだもん。もっとさ、こう……ポップにキュートな感じで出来ないの? 語尾に☆とかつけたりしてさっ」
「却下」
言い放ち、それからセブンが黒板に向かう。背を向けられ、シュザリアはまたぶすっと頬を膨らませた。優秀な人材ばかりが集められる王立魔術学院ホワイトウイング。先週はずっと試験で、生徒全員が最良評価を目指していた。――が、シュザリアだけは教官に呼び出されて告げられてしまったのだ。長々と説教をされたのだが、それを要約すればこういうことになる。曰く、「明日の追試で成績不振だった場合、即刻退学」と。それを告げられたのが15分前。慌ててシュザリアはセブンに追試対策補習授業を頼み込んだ。そして授業中以外は開放されている空き教室で、こうしてセブンによる「対象年齢10歳児以上の簡単魔術理論講座」が始まったのだ。
「魔術を使用するまでには大きく分けて3つの段階がある。シュザリア、これくらいは分かるな?」
「もちろん、そこまでバカにしないでよね。まずは構成でしょう。それから、展開。それで発動」
そう答えると、セブンが頷いた。それからチョークを手に取り、黒板に魔法陣を描く。円の中に逆三角形。それからシュザリアに向き直り、セブンが手の平を開いて見せるとそこに同じ魔法陣の文様があった。淡く輝いている。それから、セブンが魔力をそこへ流し込むとシュザリアへ向かって緩やかな風が吹く。セブンの手の平に現れた魔法陣からだ。
「この魔法陣は基本中の基本だ。丸の中に、逆さまの三角形。風を起こす効果。そして、今、実際にこれを発動しているわけだが……」そこでセブンが一旦言葉を切ると、魔法陣が消えて風もなくなった。「シュザリア、構成と展開と発動。順番に言葉で説明してみろ。ちゃんと習ったはずだぞ、1年生の頃に」
「え? 説明って言われても、そのまんまじゃない。構成は、構成で。展開は展開で。発動は、発動で……。ダメなの?」
「ダメだ」
「あうっ」
シュザリアにデコピンをし、セブンがため息をついた。デコピンされたシュザリアは額を片手で押さえて、怨めしそうにセブンを睨みつける。だが、セブンは少しも気に留めないで再び黒板に向かっていた。
「構成とは魔法陣の文様を描く作業のことだ。頭の中に精密な魔法陣のイメージがあれば、それは手の平であろうが、手で触れた物体にであろうが、どこにでも魔法陣を敷ける。ちなみにこの魔法陣の文様が複雑なほどに威力があると勘違いする輩もいるが、本当に腕のいい魔術師ならばシンプルな文様で山一つくらい消せる魔法陣を出せる。もっとも、これは相応の魔力も必要になってくるが……今は、置いておこう。それは3年の範囲だ。そして、展開だが――」
「そう、その展開がダメなのっ。訳分かんないんだもん! 上方配置とか、下方配置とか、相関関係とか、そういうのが!」
セブンの言葉を遮ってシュザリアが言った。黒板には要点をまとめたメモが書かれていて、簡単に説明したことがまとめられている。
「ちゃんと、落ち着いて考えればそう難しくもないから、頑張れ。この展開というのは魔法陣を出現させることを言う。例えば、さっきおれが魔法陣を展開した場所は手の平だ。きちんと構成された魔法陣があって、初めて、自由自在に発動場所を選べる。対象の頭の上に発動すれば、上方配置」
言い、セブンが右手を握るとシュザリアの頭上に直径1メートル程度の魔法陣が現れた。円の中に逆三角形などという単純なものではなくて、円の中には複雑な文様が書かれている。さらにその円を、もう一つの円が囲んでいて、円と円の間の線の中には魔術に使われる、魔力を持った古代文字――ルーン文字――が書かれている。一瞬で頭上に現れたそれをシュザリアが感心しながら見上げていると、セブンに引っ張られて脇に立たせられた。
「そして、対象の真下に発動すれば、下方配置」今度は上方配置された魔法陣の真下に、同じ文様の魔法陣が現れる。「こうして上下で対象を挟んで発動した魔法陣には、ある関係が生まれる。これを相関関係と言って、この相関関係も種類はあるが今は試験に出そうなのを覚えておけばいいだろう。上と下の魔法陣。この相関関係は見たまんまの上下相関関係」
「上下相関関係……。上と下に配置されてるから?」
「そうだ。簡単だろ? そして、魔法陣自体の効果は激しい雷を落とすもの。これを上下相関関係で発動すると、その威力が3倍にまで高まる」
パチッとセブンが指を鳴らした。瞬間、上下相関関係の魔法陣から紫電が迸って激しい轟音と、網膜を焼き尽くすような閃光がシュザリアの座っていた椅子と、その机を消し炭にする。音と閃光がやみ、シュザリアが再び目を開けると、綺麗に机と椅子がなくなっていた。床にも、天井にも、何も痕跡はない。だが、魔法陣の間に挟まれている形だった机と椅子がごっそりなくなってしまった。
「ここまで、大丈夫だな?」
「えっと……上に発動した魔法陣は上方配置で、下に発動した魔法陣は下方配置で、これが上下相関関係で、その威力は3倍……だよね?」
「そうだ。上下は3倍で、同じ場所に2つ魔法陣を重ねるのを重複魔法陣と言うんだが、この場合は2倍になる」
「上下が3倍、重複は2倍……」
自分の頭の中に刻み込むように念入りに呟くシュザリア。そんな彼女を見ながら、セブンは小さく笑った。それに気づいて、シュザリアがまたむっとする。
「人が一生懸命になってるのに……」
「いや、いつもそうやって真剣にやっていればこうならないのにと思っただけだ。2年生のこの時期の試験ならば、この程度で大丈夫だ。夕食でも行くか?」
教室には夕陽が差し込んでいる。セブンの誘いにシュザリアがぱっと顔を明るくさせて、頷いた。
「行こ、行こっ! セブンの奢りでしょ? がっぽり稼いじゃってる天才魔術師なんだし」
「何を言ってるんだ。そんなことを持ち出すのなら、お前はこの国の大切な姫君じゃないか」
「でも、今月のお小遣い、もう使い切っちゃったんだもん。ね、ね、セブンの奢りでいいでしょ?」
シュザリアがセブンの腕に抱きつき、おねだりをする。ため息をついてから、セブンは分かった、と返した。
「世界中探したって、お前みたいな姫様はいないぞ?」
「やーん、そんなに誉めないでよ☆」
「誉めてるわけじゃないんだがな。……まあ、いいだろう」
これが自分とシュザリアの関係なのだ。――そう自分に言い聞かせて、セブンはシュザリアを引き剥がしてデコピンをくれてやった。






