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【8杯目】 虐待裁判



 ここはエルシャール帝国の眠らない帝都ラシフェン。その歓楽街の路地を入り込んだ一画にあるのは、酒も肴も美味な酒場『ルンウッド』。一見客ではたどり着くことが難しいために、常連客で賑わっている隠れ家的な酒場だ。

 

 トリニティ、イングリッド、アプリコットの三人娘は、今週末も『ルンウッド』での女子会の真っ最中である。




 「今週号の週刊クラッシュ読みました?」


 トリニティは松の実が入ったバジルソースをかけたヒレ肉を切り分けていた。小麦粉をはたいてパリッと焼いた肉の表面からは、香ばしい匂いが立ち上ぼり食欲をそそる。苦手な脂身が端にくっついている肉は、アプリコットの皿へとさりげなく取り分けている。


 「にゃ? 今度はどんなネタを拾ったのにゃ?」


 「アレでしょ? グラースシューズ侯爵家のお家騒動」


 「なんにゃそれ?」


 「アプリコットさん、知らないんですか? もっとアンテナを張らないと世間に取り残されちゃいますよ」 

 

 「にゅ!? 最近のトリニティは生意気だにゃ。新人のときに手取り足取り優しく仕事を教えてあげたのを忘れたのかにゃ?」


 「それはそれ。これはこれです」


 「トリニティの言うことも一理あるかもね。アプリコットも知っておいたほうがいいよ。もしかしたら裁判絡みの求人がうちのギルドにも入るかもしれないから。上が言ってた」


 「護衛とかですかね?」


 「だろうね。双方ともかなり熱くなってるみたいだし」


 「ちょっと待ってにゃ。解るように説明してにゃ!」


 「あのですね。グラースシューズ侯爵のラレデンシ卿が四ヶ月前に亡くなったんですよ」


 「そのことなら知ってるにゃ」


 「ラレデンシ卿は最初の夫人とは死別してるんですけど、その夫人との間に娘さんがひとりいます。数年後に再婚して、今の夫人は平民出身の後妻なんです。夫人には連れ子がいて、その娘さんも一緒に侯爵邸で暮らしてたんですよ」


 「にゃにゃ」


 「ラレデンシ卿が亡くなるまでは、表向きはなにも問題はなさそうなご一家でしたが……」


 「が? なんにゃ?」


 「実は継母とその連れ子が、ラレデンシ卿に隠れてラレデンシ卿の実子のご令嬢――エラ様を虐待していた……らしいんです」


 「にゃんと! ……ん? らしい、とにゃ? 」


 「エラ様は、継母と義妹が自分を虐待したとして二人を訴えたんです。それに対して継母と義妹は、エラ様が自分たちを追い出そうとして嘘を吐いているって」


 「なかなかの修羅場だよねぇ」

 

 グラスを口に運んだイングリッドの口角は、わずかに上がっている。


 「なんかイングリッドが楽しそうにゃ。それで虐待とは具体的にはどんなことにゃ?」


 「エラ様によると実のお母様の形見を無断で売却したとか、食事を与えられなかったり腐った物を食べるように強要されたとか、召し使い同然に扱われたとか、夜会に着ていくドレスをわざと破られたとか、義妹を侯爵家の当主にしようとしているとか……いろいろです」


 「……エグいにゃ」

  

 「もともとエラ様は後妻と連れ子とは折り合いはよくなかったみたいだけどね。ラレデンシ卿が亡くなったら一気に表面化したね」


 「そうなんです。それにこの裁判は長引きそうなんですよ。エラ様は侯爵の実子。後妻と義妹は今は侯爵籍に入ってますけど、元は平民。帝国民からの声は後妻派支持が大きくて。かたや貴族はエラ様派支持がほとんどなんですって」


 「にゃ~……」

  

 「真実はいつもひとつ! なら世の中は簡単なんだけどね。そう単純なものでもないし。『事実』はあるけど、どっちの側から見るかによって『真実』は変わるから。司法権は独立しているとは云え、裁判官も慎重に証拠を精査しないとね。どんなとばっちりがくるか分からないよねぇ」


 「にゃるほど……。でもなんでイングリッドはそんなに楽しそうなのかにゃ?」


 「ふふふっ」


 「にゃんだか殺伐とした話にゃね。イジワルなんかしないで皆で楽しく暮らせばいいのににゃ~」


 「そうですよね~。アプリコットさん、良いこと言いますね! そういうところ大好きですよ♡ でも、もう少し世情を知りましょうね~」

 

 「そうそう。単純素直なところがアプリコットのいいところだけどね」


 トリニティとイングリッドに頭をぐりぐりと撫でられるアプリコット。


 「にゅ。子ども扱いされてる気がするにゃ~」


 アプリコットはその手をパタパタと払い除けると、ぐしゃぐしゃになった髪を手櫛で直す。


 「そんなことはないよ。確かにアプリコットは童顔だけど、ね。一応最年長な訳だし……」


 そこで言葉を切ると、顎に指を置いてなにやら考え込むイングリッド。


 「いや……やっぱり……精神年齢もけっこう低い、か……」


 「にゃんと!?」


 「見た目は大人、頭脳は子ども! ですね!」


 「それもどこかで聴いたようなフレーズだにゃ?! 既視感(デジャブ)が半端ないにゃ!」


 「そう? 気のせいじゃない? あ、お姉さ~ん、今度はジンのお代わりちょうだい!」


 「あ、わたしも今日はシェリーを頼んじゃおうかな」

 

 イングリッドとトリニティの注文を聞いたアプリコットも、なぜだか今夜はいつものオレンジ酒ではなく……。


 「にゅ! じゃあアプリコットもお代わりはベルモットをお願いするにゃ!」


 

 100万ドルの……とまではいかなくとも、不夜城と呼ばれる帝都ラシフェンの夜。今夜も騒がしく『ルンウッド』で更けてゆくのであった。

 


 

 


グラースシューズ侯爵 = ラレデンシ卿(ラレデンシ侯爵)


グラースシューズはラレデンシ侯爵家が治める領地の名前です。


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― 新着の感想 ―
[気になる点]  やはり魔法であっても便利は人を不便にするものなのかもしれませんね。  きっと真か嘘かを調べる魔法も、その当時の行いを覗ける魔法もあるのでしょうけど、便利さ故に真相を隠す魔法や更にはそ…
[良い点]  後妻が家を乗っ取るはあるあるですが、描かれている通り元から家にいる娘の性格が悪い可能性もありますよね。司法が独立しているなら良いのですが、中世の世だと身分や家柄が優先されそう……なので公…
[良い点] こ、これはまた!面白い。 新しい切り口!笑 で、ここで重要なのはラレデンシ卿が、後妻の子どもと養子縁組をしていたかどうか…で決まります。 あっ。 私は目隠しではなく、お口チャックですね…
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