【4杯目】 成り上がるための儀式
儀式
ここはエルシャール帝国の帝都ラシフェン。
眠らない街と呼ばれるラシフェンの歓楽街の一画に、軽食と酒の店『ルンウッド』は在る。路地を入り込んだ場所に構えた店には、一見客ではほぼたどり着けない。そのために隠れ家的な酒場となっている。手頃な価格で美味い酒と肴が楽しめるそこは、常連客で毎夜賑わっていた。
そんな『ルンウッド』のいつもの週末の夜には、いつもの光景があった。中堅ギルド勤めのアラサー三人娘、トリニティ、イングリッド、アプリコットの週末女子会が開かれているのだ。
「この前さ、バッカールとパーティーのメンバーたちがランドルフに会いに、うちのギルドに来てたでしょ?」
イングリッドは、つまみのナッツ類に手を伸ばしながら、もう片方の手は琥珀色のグラスを持つ。
「来てたにゃ。ランドルフは会議室を借りてバッカールたちを連れていったにょ。なんか知り合いみたいだったにゃ」
「バッカール……どこかで聞いた名前ですね」
「エルコール登録の冒険者にゃよ。一時期は羽振りがよかったにゃけど、ここ最近はあんまり名前も聞かなくなっちゃったにゃ」
「ああ……! 思い出しました。そうそう。いつの間にか名前を聞かなくなりましたね」
「ランドルフってさ、うちのギルドに来る前はエルコール登録で、バッカールのパーティーのメンバーだったんだって」
「へぇー。最大手ギルドに登録してたんですか! パーティーメンバーだったなら、なんでまたランドルフだけうちのギルドに鞍替えしたんですかね?」
ランドルフは剣と魔術を組み合わせた技を使う魔剣士だ。三人娘が勤めるギルドから、ここ一年ほどで名を馳せた冒険者でもある。
もともとは僧侶見習いだったランドルフの使う魔術は、防御に特化している。攻撃魔術と剣技を組み合わせる派手な技を得意とする魔剣士が多い中で、防御に特化しているランドルフのような魔剣士は貴重な存在だった。
「ははぁにゃ。つまりはアレにゃ」
アプリコットが訳知り顔でオレンジ色のグラスを置いた。
「アレ?」
「ランドルフはバッカールたちのパーティーを『お前は使えないから』って追放されたんだにゅ!」
「えぇぇぇぇ……そんなバカな……。しかも『にゅ』」
「アプリコットが正解だよ」
「えっ!? マジですか!?」
うんうんと頷くイングリッドが続ける。
「防御魔術特化の魔剣士って地味なんだよ。ポテンシャルは高いのに、戦闘では目立たない。派手な技や魔術を繰り出す攻撃のほうが、魔獣なんかにダメージを与えてるのが見てわかりやすいでしょ?」
「確かににゃ」
「だから下手に戦闘力が高いと過信してるパーティーの中に入ると、防御魔術の恩恵が薄れるわけ。『お前の防御魔術は役立たずだ』って」
「なるほど……。つまりはランドルフはそれで……。今のランドルフのパーティーは活動も実績も絶好調ですよね」
「ランドルフはそれをきちんと理解しているいいメンバーに廻り合ったのにゃ!」
「そうだね。お互いの特性を理解した上で、それを活かして連携できるメンバーとパーティーを組むことは鉄則だからねぇ」
「ダンジョンに潜るのは命懸けですものね……」
「ということはにゃ……バッカールたちはランドルフを連れ戻しにきたのかにゃ?」
「そんなまさか。だって追放ですよ? 今さらどんな顔して……」
「ちょっと覗きに行ったらさ、バッカールたちが土下座して泣きながら、ランドルフに戻ってきて下さいってお願いしてた」
「ええっ!? そのまさかだった!」
「やっぱりにゃ」
「うわぁ……。ランドルフはどうするんでしょう?」
「戻るわけがないじゃん。『役立たずだから追放』されてさ。ギルドまでやめてうちに来たんだよ」
「でも。かつての仲間が泣きながら土下座なんてしたら、ちょっとかわいそうだなぁとか……」
「にゅにゅ。じゃあ、トリニティは付き合っていた相手にさんざんモラハラされてにょ、挙げ句の果てに浮気までされて、その浮気相手と一緒になって『お前は役立たずだから別れる』って嗤いながら言われてにゃ、あり得ないけどトリニティがミスコンで優勝して賞金もらった途端に手のひらを返して、やっぱり戻って来てほしいとか言われたらどう思うにゃ?」
「めっちゃムカつきますね。……想像だけでも腸が煮えくりかえります。あと、『あり得ない』が余計ですね」
「にゅ☆」
「そっか……。ランドルフもきっと同じ気持ちでしょうね」
「うーん、どうかな? 戻らないって断ってたけど、そっちはそっちで頑張ってって穏やかな口調で伝えてたよ」
「にゃ!? ランドルフはいいヤツにゃ。どこかのトリニティとは人間の出来が違うにゃ」
「はい? アプリコットさんがへんな例えをするからですよ!」
「まあ、ランドルフもお腹の中ではどう思ってたかは分からないけどね。パーティーメンバーのスキルをきちんと把握して活かせないようじゃ、バッカールもリーダーの資格はないし、パーティーも頭打ちだろうね」
「そうだにゃ。鋏とスキルは使いようだにゃ」
「アプリコットさんがまともなことを言ってる……。大丈夫ですか? かなり酔っちゃいました?」
「どういう意味だにゃ?!」
「あ、お姉さーん、ロックのダブルお代わり! ふふふっ。お姉さん可愛いね。今夜、うちと付き合わない?」
「イングリッドさん! スタッフに手を出しちゃダメですってば!」
「出禁になったらイングリッドのせいにゃよ~」
こうして今夜も『ルンウッド』での夜は、騒がしく更けてゆくのであった。