表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/12

【4杯目】 成り上がるための儀式

儀式(イニシエーション)

 


 ここはエルシャール帝国の帝都ラシフェン。

 

 眠らない街と呼ばれるラシフェンの歓楽街の一画に、軽食と酒の店『ルンウッド』は在る。路地を入り込んだ場所に構えた店には、一見客ではほぼたどり着けない。そのために隠れ家的な酒場となっている。手頃な価格で美味い酒と肴が楽しめるそこは、常連客で毎夜賑わっていた。


 そんな『ルンウッド』のいつもの週末の夜には、いつもの光景があった。中堅ギルド勤めのアラサー三人娘、トリニティ、イングリッド、アプリコットの週末女子会が開かれているのだ。



 「この前さ、バッカールとパーティーのメンバーたちがランドルフに会いに、うちのギルドに来てたでしょ?」


 イングリッドは、つまみのナッツ類に手を伸ばしながら、もう片方の手は琥珀色のグラスを持つ。


 「来てたにゃ。ランドルフは会議室を借りてバッカールたちを連れていったにょ。なんか知り合いみたいだったにゃ」

 

 「バッカール……どこかで聞いた名前ですね」


 「エルコール登録の冒険者にゃよ。一時期は羽振りがよかったにゃけど、ここ最近はあんまり名前も聞かなくなっちゃったにゃ」


 「ああ……! 思い出しました。そうそう。いつの間にか名前を聞かなくなりましたね」


 「ランドルフってさ、うちのギルドに来る前はエルコール登録で、バッカールのパーティーのメンバーだったんだって」


 「へぇー。最大手ギルドに登録してたんですか! パーティーメンバーだったなら、なんでまたランドルフだけうちのギルドに鞍替えしたんですかね?」


 ランドルフは剣と魔術を組み合わせた技を使う魔剣士だ。三人娘が勤めるギルドから、ここ一年ほどで名を馳せた冒険者でもある。

 もともとは僧侶見習いだったランドルフの使う魔術は、防御に特化している。攻撃魔術と剣技を組み合わせる派手な技を得意とする魔剣士が多い中で、防御に特化しているランドルフのような魔剣士は貴重な存在だった。


 「ははぁにゃ。つまりはアレにゃ」 

 

 アプリコットが訳知り顔でオレンジ色のグラスを置いた。


 「アレ?」


 「ランドルフはバッカールたちのパーティーを『お前は使えないから』って追放されたんだにゅ!」


 「えぇぇぇぇ……そんなバカな……。しかも『にゅ』」


 「アプリコットが正解だよ」


 「えっ!? マジですか!?」


 うんうんと頷くイングリッドが続ける。


 「防御魔術特化の魔剣士って地味なんだよ。ポテンシャルは高いのに、戦闘では目立たない。派手な技や魔術を繰り出す攻撃のほうが、魔獣なんかにダメージを与えてるのが見てわかりやすいでしょ?」


 「確かににゃ」

  

 「だから下手に戦闘力が高いと過信してるパーティーの中に入ると、防御魔術の恩恵が薄れるわけ。『お前の防御魔術は役立たずだ』って」


 「なるほど……。つまりはランドルフはそれで……。今のランドルフのパーティーは活動も実績も絶好調ですよね」


 「ランドルフはそれをきちんと理解しているいいメンバーに廻り合ったのにゃ!」


 「そうだね。お互いの特性を理解した上で、それを活かして連携できるメンバーとパーティーを組むことは鉄則だからねぇ」


 「ダンジョンに潜るのは命懸けですものね……」


 「ということはにゃ……バッカールたちはランドルフを連れ戻しにきたのかにゃ?」

  

 「そんなまさか。だって追放ですよ? 今さらどんな顔して……」

 

 「ちょっと覗きに行ったらさ、バッカールたちが土下座して泣きながら、ランドルフに戻ってきて下さいってお願いしてた」


 「ええっ!? そのまさかだった!」

 「やっぱりにゃ」


 「うわぁ……。ランドルフはどうするんでしょう?」


 「戻るわけがないじゃん。『役立たずだから追放』されてさ。ギルドまでやめてうちに来たんだよ」

 

 「でも。かつての仲間が泣きながら土下座なんてしたら、ちょっとかわいそうだなぁとか……」


 「にゅにゅ。じゃあ、トリニティは付き合っていた相手にさんざんモラハラされてにょ、挙げ句の果てに浮気までされて、その浮気相手と一緒になって『お前は役立たずだから別れる』って(わら)いながら言われてにゃ、あり得ないけどトリニティがミスコンで優勝して賞金もらった途端に手のひらを返して、やっぱり戻って来てほしいとか言われたらどう思うにゃ?」


 「めっちゃムカつきますね。……想像だけでも(はらわた)が煮えくりかえります。あと、『あり得ない』が余計ですね」


 「にゅ☆」


 「そっか……。ランドルフもきっと同じ気持ちでしょうね」


 「うーん、どうかな? 戻らないって断ってたけど、そっちはそっちで頑張ってって穏やかな口調で伝えてたよ」


 「にゃ!? ランドルフはいいヤツにゃ。どこかのトリニティとは人間の出来が違うにゃ」


 「はい? アプリコットさんがへんな例えをするからですよ!」

 

 「まあ、ランドルフもお腹の中ではどう思ってたかは分からないけどね。パーティーメンバーのスキルをきちんと把握して活かせないようじゃ、バッカールもリーダーの資格はないし、パーティーも頭打ちだろうね」


 「そうだにゃ。鋏とスキルは使いようだにゃ」


 「アプリコットさんがまともなことを言ってる……。大丈夫ですか? かなり酔っちゃいました?」


 「どういう意味だにゃ?!」


 「あ、お姉さーん、ロックのダブルお代わり! ふふふっ。お姉さん可愛いね。今夜、うちと付き合わない?」


 「イングリッドさん! スタッフに手を出しちゃダメですってば!」

 「出禁になったらイングリッドのせいにゃよ~」

 



 こうして今夜も『ルンウッド』での夜は、騒がしく更けてゆくのであった。

 





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  確かに追放されるのは防御系、回復役、あとは支援、索敵など縁の下の力持ち系が追放されることが多いですね。どうしても優秀なのに気づかない……まぁ気づいているパーティは上手くいっているのでしょ…
[良い点]  肴に聞く追放ざまぁも、追放されて辿り着いたギルドだからこそのミカタを話す中、聞き耳に絡んで来る輩が居ない辺りに帝都での評価もうかがえますね。  “あり得ないけど”面白かったです!(笑)…
[一言] めっちゃ真面目な話してますね。 ランドルフさんは戻れませんよね。新しい居場所があるんですもの。地味でも防御は大事ですよね~。 ……と言いつつ、「命を大事に派」でしたが、大昔の二次元のRPG時…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ