【3杯目】 酒と泪とハーレムと
「ちょっと聞きました!?」
「なにを?」
ここはエルシャール帝国の帝都ラシフェンの歓楽街。その一画の路地を入り込んだ場所にあるのは、隠れ家的な酒場『ルンウッド』。
トリニティ、イングリッド、アプリコットの三人組は、いつも通りに週末の女子会を始めようとするところ。
駆けつけ一杯とばかりにグラスを呷り、泡の出る麦色の液体を喉の奥に豪快に流し込んだトリニティが勢い込む。
「バスクのことですよ!」
「あー……」
イングリッドはなにかを察した様子で頷いた。
「バスクがどうかしたのかにゃ?」
グラスに一口か二口つけただけのアプリコットの語尾変化にチロリと視線を向けるが、それを無視して話し出すトリニティ。
「パーティーメンバーを入れ替えたんですよ」
「はにゃ?」
「……」
バスクとは三人組が働いているギルドに登録している冒険者だ。すでに初心者を脱して中堅の域に足を突っ込みつつある。魔獣のハンターとしても、ダンジョンの攻略者としても、そこそこの実績を上げ始めていた。
「メンバー全員を入れ替えたんです!」
「んにゃ? メンバーの交代自体はそう珍しいことでもないにゅ」
「……」
「ただの交代なら……ですよ。ちょっとアプリコットさん。気になるんで『にゃ』か『にゅ』かどっちかにしてください」
「ん~にょ?」
「ムリくりに語尾をかえないでもらえますか?」
「てへっ♡」
「てへっ♡ じゃない!」
「今日はトリニティがなんだか怖いにゃ!」
アプリコットはイングリッドへと身体を擦り寄せた。
「まあまあ。トリニティもちょっと落ち着きなって」
イングリッドはアプリコットの頭をよしよしと撫でている。
早々に運ばれてきた2杯目のグラスを、またもや無言で呷るトリニティ。
「バスクのパーティーのハーレム化のことでイライラしてるのはわかるけどさ」
「ハーレムにゃ!?」
「あれはどうみても、ね」
「でもバスクがパーティーをハーレム化したからって、なんでトリニティの機嫌が悪くなるんにゃ?」
「トリニティはさ、バスクに口説かれてたんだよ」
「にゃに!? 我々を差し置いて抜け駆けする気だったのかにゃ!?」
「べ、別に抜け駆けする気はありませんけど……。わたしは真実の愛を探してるだけです!」
「真実の愛……ねぇ」
「そうですよ! お互いを尊敬し合い、高め合う関係です」
「うーん……でもさ。相手のことをなにも知らないで好きになる一目惚れもあるわけだよね? トリニティの考えだとそれを否定することにならない? だって相手のことを知らないんだからお互いに高め合い、尊敬できるかもわからないでしょ」
「……一目惚れは否定はしません。でも、お付き合いをするならよく知り合ってから……」
「じゃあさ、よく知り合ううちにますます好きになっちゃって、でもどう考えてもお互いに高め合えない関係だったらどうするの?」
「そ、それは……」
「ってか、そもそもさ。愛に嘘も真実もあるわけ?」
「ありますよ!」
「まあまあふたりとも、話の軸がずれてるにゃ。問題はバスクのパーティーのハーレム化のことにゃ。つまりトリニティはバスクが好きだったのかにゃ?」
「……別に好きじゃないです」
「本当かにゃ?」
「本当です!」
「じゃあ、なんでそんなに機嫌が悪いにゃ?」
「だって……。わたしのことを口説いてたんですよ? それなのにハーレム創るって……! 頭にくるじゃないですか!?」
「バスクの肩を持つわけじゃないけど。トリニティもさ、返事を保留にして焦らしまくってたじゃん」
「それはバスクのことをまだよく知らないからで……」
「ははぁにゃ。バスクは崖の上の花を見限って、摘みやすい花壇の花を選んだんにゃね」
「おおっ! アプリコットにしては上手いこと言うね」
「上手くないです!」
「まあさ、バスクがそういう奴だってわかってよかったじゃん」
「それは、そうですけど……」
「今の時代、皇族だって貴族だって婚約者に婚約破棄を突き付けたりする世の中なんだからさ。難しいこと考えてないで恋愛を楽しめばいいんだって。無理にひとりに絞ることはないんじゃない? 男も女も星の数。トリニティは『愛』を求めるハンターでしょ。そのうち、真実の愛とやらにもたどり着くかもしれないよ?」
「そ、それは……でも……だけど……」
頭を抱えてしまうトリニティ。見かねたアプリコットはため息を吐く。
「イングリッド。それは深いことを言っているようで究極に浅い、浮気者がよく使う言い訳にゃよ……」
「ふふふっ。……だけどさ、そのパーティー、ヤバくない?」
「そうにゃ。長くは保たないと思うにゃ」
「……やっぱり……そう思いますか? ハーレムとか逆ハーレムって……」
「嫉妬は女でも男でも、下手したら魔王よりも恐ろしいからね」
「解散……だけで済めばいいにゃ」
ニヤリと不気味に笑うアプリコット。
「怖い! アプリコットさん怖いです」
「にゃにおう? 今のはトリニティの気持ちを代弁してあげたのにゃ~。自分だけいいコになろうとしてもそうはいかにゃいにゃ!」
「まあまあ。ふたりとも。あ、お兄さん、シングルのロックおかわりちょうだい! あれ? 新人? かわいいじゃん。今度、うちとどお?」
「ちょっとイングリッドさん! スタッフを毒牙にかけないでくださいよ。出禁になっちゃうじゃないですか~」
「はぁ~。イングリッドの悪いクセだにゃ」
こうして今夜も『ルンウッド』の夜は、喧騒の中で更けてゆくのであった。