【2杯目】 伝説の防具
エルシャール帝国の帝都ラシフェンは眠らない。
ここは帝都ラシフェンの歓楽街の一画。路地を入り込んだ場所にある隠れ家的な酒場『ルンウッド』。一見客ではたどり着くことが難しいために、店内は常連客で賑やかだ。
トリニティ、イングリッド、アプリコットの三人組も、いつも通りに『ルンウッド』での週末女子会の真っ最中。
「そういえばにゃ。この前、見ちゃったのにゃ」
「なにをです?」
トリニティは串焼きの串から外した肉を、すでに酔いが回っているアプリコットの皿に取り分けながら訊く。苦手な脂身の肉は、さりげなくアプリコットの皿へと回している。
「あれにゃ。伝説のアーマーにゃよ!」
「え!? うそっ!? アプリコットさん見たんですか!? えっー。見たかったぁ」
「トリニティは見たことないの?」
「ないですよ~。だって『伝説』のアーマーですよ? そうそうお目にかかれませんって。っていうか、イングリッドさんも見たことあるんですか?」
「あるある」
「え~。二人ともずるいです~。羨ましい~」
「そんなに見たいならユーリッヒに頼むといいにゃ」
「なんでユーリッヒさん……え!? まさかユーリッヒさんが着てたんですか?」
ユーリッヒは三人の勤めるギルドに登録している上級魔術師だ。すらりとした長身なのでかなり目立つが、シャイな性格の恥ずかしがり屋のために、魔術師が好む黒いローブのフードをいつも目深にかぶっている。
たまにフードを外すと、さらさら艶々な紫色の髪がこぼれる。その髪をかきあげる仕草がセクシー……と評判の男性である。
「そうにゃ! 真っ赤なビキニアーマーにゃ! ユーリッヒはシャイだからローブをちらっとはだけて見せてくれたにゃ。もちろんブラも付けてたにゃ」
「……えぇぇぇ……」
「そういえばこの前、ユーリッヒは助っ人でダンジョンに潜ったんだっけ?」
「そうにゃ。そのときに見せてくれたにゃ」
「あのアーマーは布地最低限の面積しかないからめっちゃ軽いし、そこらの防具と比較にならないくらい魔術防御と物理防御が強力なんだよね。大型魔獣や上級魔族が出るダンジョンを攻略するなら、装備しておいて損はないね」
「あの、性能は……凄いのは解るんですが……。……でも、ユーリッヒさんが……着てるんですか?」
「トリニティ。それは問題発言だにゃ。現代はジェンダーフリーの多様性社会にゃ。性別で語るのではなく、人間として語るのにゃ~!」
「はっ! ……すいません。そうですよね。なんか先週も同じようなことを言われたように思いますが。え、でも、ごめんなさい。ちょっと衝撃が大きくて……ユーリッヒさん……ビキニなんだ……」
「ビキニじゃないよ。ビキニアーマーだから」
イングリッドが訂正するも、トリニティは何を考えているのだか、口の中でぶつぶつと呟いている。
「それにしても、シャイが過ぎて挙動不審なユーリッヒがよく見せてくれたねー」
「仲良しだからにゃ」
「アプリコットとユーリッヒってそんなに仲良かった?」
「実はにゃ、ユーリッヒのお友だちの魔術師を紹介してもらおうと思って仲良くなったのにゃ」
「うわぁ……やっぱりあざといですね」
「黙れにゃ! そんなこと言うと上級魔術師の合コンに呼んでやらないにゅ」
「あー、ウソです、ウソです。呼んでください! それにまた『にゅ』になってます」
「にゅにゅにゅ☆」
「アプリコットさん。私たちの前ではいいですけど。合コンではそれ、絶対にやらないでくださいよ」
「なんでにゃ。真のアプリコットを知ってほしいにゃ」
「アラサーの不思議ちゃんは、知る前に引かれます」
「にゃんと!?」
トリニティとアプリコットの下手な漫才もどきを眺めつつ、イングリッドは注文した丸い氷の入った琥珀色のグラスを受け取った。
「そうそうトリニティ。なんで『伝説のアーマー』って呼ばれてるのか知ってる?」
「? それはアレですよね。性能が優れているし、数が希少だから……『伝説のアーマー』なんですよね?」
「あー……そっちで考えてたか」
「違うんですか?」
「トリニティはまだまだ世間知らずだにゃ」
「アプリコットさんにだけは言われたくないです~」
「にゃにおう!?」とイキるアプリコットを無視して続けるトリニティ。
「イングリッドさん、なんでですか?」
イングリッドはニヤリと口角を上げた。
「肌の露出が半端ないでしょ? 性能はめっちゃ素晴らしいんだけど、恥ずかしくて着る人がほとんどいない……だから『伝説』なのよ」
こうして今夜も『ルンウッド』での夜は更けてゆくのであった。