【1杯目】 アラサー三人娘
エルシャール帝国の帝都ラシフェンは、不夜城とも呼ばれていた。
夜が更けても店という店には煌々と明かりが灯り、昼間の喧騒と変わらない賑わいを見せている。もともと、帝都と冠するに相応しい賑やかな街ではあったが、それはここ数年さらに顕著になっていた。――魔王軍の台頭により、帝都附近に出現するダンジョンが増えたためだ。
ダンジョンからは魔獣が湧く。
魔獣を放置しておけば、人や家畜、農作物に被害が及ぶ。
それら魔獣を狩るために、『冒険者』と呼ばれるハンターたちが帝都に数多く集まるようになっていた。
もちろん今までもダンジョンは出現し、魔獣も現れてはいたが、近年はその比ではない。異常事態と呼べるほどの状況だった。巷では、そろそろ魔王軍の一斉蜂起が近いなどとも噂されている。
そして――。
冒険者たちが多くなればなるほど忙しくなるのが武器屋、防具屋、道具屋、宿屋、飲食店、色街に教会、ギルドにそのほか付随する諸々。
ラシフェンはここ数年は、ダンジョン特需で潤っていた。
そんなラシフェンの歓楽街の一画。
路地を入り込んだ場所には知る人ぞ知る――とても一見ではたどり着けない――隠れ家的な店、『ルンウッド』がある。
『ルンウッド』は軽食と酒の店。
広くもない店内は休日の前の夜ともなると、夕方の開店と同時にすぐに満席となる。雰囲気もいいが、酒も肴も手頃な価格の上に美味なのだ。
ラシフェンの中堅ギルドの受付として働く、トリニティ、イングリッド、アプリコットも例外ではない。独身のアラサー三人組は、今夜も日頃の憂さを晴らすべく、『ルンウッド』での女子会に華を咲かすのであった。
「ねえ、ギルドの壁に貼ってある勇者募集の紙。いつまで貼っておくのかにゃ?」
多少酔いが回ったアプリコットは舌足らずだ。三人の中では一番の年長者だが、酔うと童顔に輪をかけて、さらに年齢不詳な幼さが増す。
「さあねえ。自分が勇者です! ってのが現れるまでじゃない?」
イングリッドが琥珀色のグラスを口元に運ぶ。
「だけど、はい!ボク勇者です! なんて名乗り出る人っているんですかね?」
「トリニティ、今の発言は問題にゃ。勇者は男女問わずの募集~」
「あ、そうですね。最近はジェンダーフリー……っていうか、その語尾に『にゃ』ってつけるのやめてくださいよ」
「なんか楽しくなっちゃったにゃ」
「酔うの早すぎです……なんかあざといし」
「にゃに? 聞き捨てならないにゃ~」
「わざとでしょ? わざとやってますよね?」
「でも、そういえば……異世界人を召喚したっていう噂を聞いたけど?」
じゃれる二人を無視して思い出したようにイングリッドが呟く。
「えー? 異世界人! マジですか!? じゃあ……そろそろ本格的に魔王軍と戦う準備を始めたんですかね? チートなスキル持ちな異世界人が冒険者として登録に来るかもですね!」
「それは……神官の推薦で大手のギルドに行くんじゃない? うちのギルドは神官たちに営業かけてないし」
「ああ~っ。やっぱりそうなんですかね。異世界人、見たかった~」
トリニティはがっくりと肩を落とす。
「それにしてもにゃ。神官たちのやることも謎だにゃ」
「なにが?」
「異世界から異世界人を召喚するくらいの神聖術が使えるならにゃ、その力で魔王を倒しに行けばいいにゃ」
「あー、ほら、そこはあれよ」
「なんですか?」
「やっぱりさ、自分たちがかわいいのよ。いくら魔王を倒せるだけの力があったとしても、進んで危険な仕事はしたくないでしょ? 怪我したら痛いし、討伐の旅はキツイだろうし」
「でもですよ、危険手当てが付くだろうし、怪我しても労災認定されるんじゃ?」
「いやぁ、いくら危険手当てがついたって、労災認定されたって、痛い思いなんてしたくないじゃん。しかも家族や恋人を置いて旅立つんだよ。異世界人を呼んで魔王を倒してくれるなら、そっちに神聖力を使うでしょうよ」
「んー。まぁ、そうかもしれないにゃ」
「異世界人を召喚するって、事前に打診してるんですかね? こっちきて魔王を倒してくれる? とか」
「いや、それがさ」と、イングリッドが声を潜める。「ここだけの話、ほとんど拉致同然らしいよ」。
「え!? エグい話にゃ」
「そんな風に連れてこられて、よく異世界のために命をかけて魔王軍と戦ってくれますよね……?」
「ホントそれにゃ!」
「なんかさ、異世界人ってめっちゃお人好しが多いらしいんだよね。うちらはもっと感謝するべきだよ」
うんうんうんと頷く三人。
新しくきたグラスを手に取り、アプリコットが声を上げた。
「それじゃあ、異世界人の冒険者に感謝の意を捧げるために、カンパーイにゃ♪」
「乾杯!」
「カンパイ☆」
それぞれにグラスを高々と上げる。
「ぷはっ。仕事終わりのお酒は美味しいにゅ」
「今度は『にゅ』になってますよ!?」
こうして三人の『ルンウッド』での週末の夜は更けてゆくのだった。