【11杯目】 薬草園にしたらいいんじゃない?
ここはエルシャール帝国の帝都ラシフェン。
ダンジョン特需に潤うこの街は、真夜中を過ぎても歓楽街に灯る明かりが消えることはない。
その歓楽街の一画。路地を入り込んだ先には、隠れ家的な酒場『ルンウッド』がある。一見客ではたどり着くことが難しいために、週末の今夜も店内は常連客で賑わっている。
トリニティ、イングリッド、アプリコットの三人娘も例外ではなく、いつもの通りに『ルンウッド』での女子会の真っ最中だった。
豆と挽肉のトマトソースとたっぷりのチーズを、まるごと揚げた皮つきのイモの上にかける。チーズに焦げ目がつくまで焼いたそれを切り分けていたトリニティ。
自分の皿へは、こんがりと香ばしく焼けたチーズを若干多めに取り分けながら「そういえば……」と呟いた。
「薬草採取の依頼ってけっこうありますよね」
ギルドに依頼される駆け出しの冒険者のための仕事。そう云っても過言ではない依頼のひとつに、帝都を囲む壁の外の森に自生している薬草を取ってきてほしいというものがある。
「あるにゃ。今日も新米冒険者パーティーに薬草採取の仕事を紹介したにょ。それがどうかしたのかにゃ?」
フォークに刺したほくほくの芋を口に運ぶアプリコット。唇周りにはすでに赤いトマトソースをつけていた。
イングリッドはトマトソースの中の豆だけを、フォークを使って器用に皿の隅へとはじいている。
「わたし思うんですけど。わざわざ森に薬草を取りに行く依頼をギルドに出さなくても、自分たちで薬草の畑を作ったらいいんじゃないですかね? そうすればいつでも使いたいときに収穫できますし、毎回のように冒険者やギルドに依頼料を支払わなくても済みますよね」
「まあ、一理あるね」
豆だけをはじき跳ばした芋の皿を、イングリッドは満足そうに眺める。
「ですよね! 薬草園を作れば依頼が達成されるのを待たなくても、いつでも必要なときに使えますよね。それに売ることも出来ますし。わたし、ギルドを退職したら薬草園を経営しようかな?」
「にゅ。それはなかなか難しいにゃ」
「どうしてですか?」
「まずひとつ。薬草園を作って経営するには費用がかかるということにゃ」
「コスト?」
「そうにゃ。土地を買ったり借りたりして耕して、種や苗を仕入れて植えて毎日水を撒く。薬草がちゃんと育つように雑草をむしったり虫をとったり、病気に気をつけたり温度を調節したりして管理するにゃよ。相当な資金と手間暇がかかるにょ」
「設備を揃える初期投資や維持費用が必要ってことだね」
「そうにゃ。でも薬草は森に自生しているから、冒険者とギルドに支払う手数料以上では売れないにゃ。それにもし、薬草が育たなかったら売ることもできないにゃ」
「つまり……?」
「つまり、薬草園を作ってもあんまり儲けが出ないんだよ」
「むしろ経費がかかりすぎて赤字の可能性が高いのにゃ」
「……」
「それににゃ。駆け出しの冒険者でもなんとかなる仕事を奪うことになるのにゃ」
「なるほど……」
アプリコットの解説に深く肯くトリニティ。
「いい考えだと思ったのになぁ。でも、なんかちょっと驚きました……! イングリッドさんは別として。アプリコットさんはその歳で天然あざとちゃんキャラだからなんにも考えてないのかなと思ってたんです。でも、ちゃんと社会人並に考えているんですね!」
「にゅ!? トリニティのアプリコットに対する認識はおかしいにゃ! ふふんにゃ。アプリコットはいつでも『能ある鷹は爪を隠す』にゃよ!」
「いつでもなら隠しっぱなしだね」
「たしかに!」
「にゃんだとぉ?!」
ふんすと拗ねるアプリコット。イングリッドの皿の隅に積まれた豆に目をとめると反撃にでる。
「イングリッドはまた豆を残してるにゃ。子どもみたいにゃね」
「ナッツは食べるのにどうして豆は嫌いなんですか? 栄養はたくさんありますよ」
「まあ、トリニティがバスクを嫌いな理由と一緒かな」
「え? 見るだけで虫酸が走るほどなんですか?」
「……あ、いや……そこまでじゃないけど」
「トリニティ。バスクを見るたびに虫を見るような目をするのはやめてあげるにゃ。さすがにちょっと気の毒にゃよ」
「それはムリです」
「……」
「……」
すかさず冷たい声で言い放ったトリニティ。
アプリコットとイングリッドはお互いに顔を見合わせて「やれやれ」と肩をすくめる。トリニティのバスクアレルギーは、思ったよりも根が深そうだ。
とうとうと「真実の愛」の尊さについて麦酒を片手に語るトリニティ。アプリコットとイングリッドは聴いているようないないような、適当な相槌を打ちながら、今夜もルンウッドの夜は騒がしく更けてゆくのだった。
久しぶりの本編更新でした。
エタっていません。エタっていないのです。ただ更新が遅いだけで~(*´□`*。)°゜。
読んでくださってありがとうございます。




