【10杯目】 巻き込まれて……召喚
ここはエルシャール帝国の帝都ラシフェン。
近年のダンジョン特需に潤うこの都は、さながら不夜城のようだ。歓楽街に煌々と灯る明かりは真夜中を過ぎても消えることがない。
その歓楽街の一画。路地を入り込んだ先には、隠れ家的な酒場『ルンウッド』がある。一見客ではたどり着くことが難しいために、店内は常連客で賑わっていた。
週末の今夜はトリニティ、イングリッド、アプリコットの三人娘も、いつもの通りに『ルンウッド』での女子会の真っ最中だ。
「いやー、だけど、まさかのまさかですよね!? びっくりしました!」
「にゃにゃ。本当にお手柄にゃ~!」
「ラムドが連れてくるとはねぇ」
感心したように呟くイングリッド。傾けた琥珀色のグラスからは、氷がカランと音を立てた。
「初めてあんなに近くで異世界人を見ましたよ! あんまりわたしたちと変わらないんですね~」
「珍しいのは髪と瞳の色が黒ってところかにゃ」
「よく見ると瞳の色は焦げ茶色だったよ」
「そんなにまじまじといつ見たのにゃ?」
「内緒♡」
「うわぁ、怖い怖い。ダメですよ、イングリッドさん。さすがに未成年には手を出さないでくださいね。条例違反ですからね!」
「はいはい。分かってるって」
三人娘が話題にしているのは、ダンジョン内で一瞬にして魔獣を斬り伏し、圧倒的な強さを周囲に見せつけたものの、それなのに本人は「なにかやっちゃいましたか?」などと宣った冒険者――トリニティ曰く「天然さん」の件だった。
先月のライラで起こったスタンピードを伴う大規模ダンジョンの攻略は、数日前に方がついていた。心配されていた魔王軍の一斉蜂起というわけでもなかったようだ。
追加調査で再びライラに入っていたラムドは、一人の冒険者を連れてギルドへと戻ってきた。小柄で細身な年の頃は15~16歳くらいの少年。大人しそうな見た目とは反して、背筋はぴんと伸びていた。
少年は「ヨシヒコ」と名乗った。なんでも勇者召喚に巻き込まれて、数ヵ月前にこちらの世界にやってきたということだ。
しばらくは勇者と見做された少年少女数名と神殿で保護されていたが、神官に「使えない」と判断されて神殿を放逐されたという。
「巻き添え召喚からの追放……エグい話だにゃ」
「使えない……ってなんですかね? だって、めっちゃ強かったんですよね?」
「こっちの世界に渡るときに付与されるっていうチート能力の使い方がよく解ってなかったのかもしれないね」
「そうかも知れにゃいにゃ。……それにしても拉致同然に連れてくるなら、その後のことにもう少し責任を持ったほうがいいにゃ!」
「ですよね!」
「まあ、そのおかげで、神官と懇意のエルコールの勧誘を蹴って、ヨシヒコはうちのギルドに来たわけだけどね」
「そうなんですけど~。なんかモヤモヤしますぅ」
「にゃにゃ」
オニオンとポテトとチキンとハーブを細かく刻んだものを、小麦粉や油、メレンゲ状にした卵白などで作った生地に混ぜ合わせて、丸く揚げたフリッターにフォークを突き刺すトリニティ。
「それにしても、ギルドから派遣されたわけでもないのに、ヨシヒコはなんでライラにいたんですかね?」
「ああ、ラムドが言ってたけど、ライラにヨシヒコがいたのは偶然だったんだって。リネイラの神殿からラシフェンに来る途中だったって」
リネイラの神殿とは、ライラよりさらに南の都市にある。エルシャール帝国に存在する数々の神殿の総本山だ。
「ルシフェンならダンジョン特需で潤ってるから、何かしら仕事はあるだろうって。食いっぱぐれはないと思ったらしいよ。その途中で自分でも役に立てるならって討伐に参加したみたい」
「ヨシヒコ……! なんてお人好し……じゃなくて、いいコにゃ!」
「そうですよね……。巻き込まれて召喚されたばかりに、辛い目にあったっていうのに……。わたしなら魔王軍に参加して世界を滅ぼしちゃうかもですよ……」
「トリニティ、意外と過激だにゃ……」
「はいっ! わたし、今決めました!」
手を挙げて意気揚々とした表情でイングリッドとアプリコットを見るトリニティ。
「なにを?」
「ヨシヒコがこの世界でこれ以上の苦労をしないように、全力でサポートします!」
「いいこと言うにゃ! アプリコットもにゃ!」
「ふふふっ。それはかなり頼もしいね」
さまざまな思惑が渦巻く中、トリニティとアプリコットの決意も熱く燃える。
こうして今夜も『ルンウッド』での夜は、騒がしくも更けてゆくのであった。