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悪食少女は今日も空腹  作者: 楪 逢月
1章「死の淵から蘇ったら先輩が闇堕ちしてた件」
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4話「……ファン?」

 まぁ到着したと言っても、私はそこからが問題なわけで。


「それでは身分証の提示をお願いします」

「……え、っと……」


 私は失念していた。今の世が平和で、それ故に人間が悪さ出来るだけの余裕があるということを。それつまり、昔のように身分証なしで護衛なら通ってよし!という理屈は通じなかったということである。

 衛兵に無慈悲にも身分証の提示を求められた私は、笑顔の裏でだらだらと滝汗を流していた。やっべどうしよう。5年前の常識が通じない。先輩にも「お前はたまに浅慮過ぎる」と言われていたが、こんな大事なところで大ポカをやらかすとは。

 このままじゃ街に入れないし、怪しまれて取調室に連行される恐れもある。そうなった場合、現状身元保証人が居ない私はそのまま拘束されることになるだろう。衛兵がこんなキュートな子供相手にそんな暴挙に出てくる可能性は薄いが、世には万が一という言葉があるのだ。


 さぁて、どう切り抜けたものか。


「……実はこの子は、消滅地区から私が保護した子でして」

「……えっ」


 しかしそこで切り出したのは私ではなく、ジョーンズさんだった。彼はなんと私の肩を優しく叩くと、衛兵に柔らかな笑顔で話しかけたのである。


「今回はこの子の身分証明書を作るために来たのです。確か一時身分証には保証者と保証金が必要でしたよね?」

「ええ、その通りです。それではまず貴方の身分証を……食品商のジョーンズ・ターナーさん、ですね。彼女の名前は?」

「ペコといいます」

「ペコさん……ですね。こんなに小さいのに、なんとも不憫な身の上で……」


 え? え? どういうこと? 事実無根である。唯一合っているのと言えば、つい最近まで私が消滅地区に居たことくらいだが……今となってはヤグルマ村とその付近は、消滅地区ではないし。なのに衛兵さんはあっさりと納得し、ジョーンズさんは私が止めるよりも前に保証金を支払った。


「では行きましょうか、ペコ」

「……は、い」


 ……どういう、つもりだろうか。穏やかな笑顔の真意を探るように見つめても、裏は探れそうにない。感じるのは悪意よりも好意だ。後ろにも人が並んでいる状況で立ち止まるわけにも、そんな事情はないと衛兵に唱える事もできず、私は彼に付いていった。後ろから聞こえてきた、衛兵と思わしき「……それにしてもよく似ていたなぁ」という感心するような声に首を傾げながら。


 しかし私はその言葉の意味をすぐに理解することになる。


「……えっ」


 神竜都ルキナの、その門をくぐった私。1年ぶり、……いいや5年ぶりなのか。そんな私の故郷は、なんというか様変わりしていた。めちゃくちゃに予想外な方向で、である。


「『神竜都ルキナへようこそ! ラペちゃんだよ!』」

「…………」


 門の先の広場。そこに居た存在を、私は真顔で見つめた。そこに居たのは人間にしては些か愛嬌がすぎるフォルム……つまるところ全体的に丸っこい、けれどメタリックな輝きを放つ生き物。いや生き物ではないなこれは。

 昔狐くんに見せてもらった機械人形。たしかロボットだっけ? 古代の降臨者たちが残していった文献を復元させたことで生まれた、それに酷似していた。問題点は昔見せてもらったそれよりずっとクオリティが高いところと、そのロボットがどうあがいても私をモデルにしたとしか思えない部分である。


「……驚きましたかな?」

「……はい、色々」


 さっきのよく似ていたって、そういうことか。よくよく周りを見渡せば、私の顔っぽいものが書かれた風船やらミニマム化したぬいぐるみやら。子供たちがそれを嬉しそうに持ってるのを見て、私は思わずフードで顔を隠した。その行動をジョーンズさんは優しい目で見守る。


「……なんで保証人になってくれた上、保証金まで払ってくれたんですか? しかもあんな嘘まで付いて」


 フード越し、私は怪訝な表情で彼を見つめた。正直、混乱してる。ジョーンズさんのさっきの件は勿論、私が神竜都でアイドルっぽい扱いを受けてることにも。いや、アイドルとかではなくマスコットか? まぁどちらでもいいか。優先すべきは私の事情を察して、なんでか助けてくれたジョーンズさんの目論見だ。

 私はあの時、ただ護衛を求めていそうな人を探していて。ヤグルマ村から駆動馬車で単身で出ていこうとした彼を引き止めただけ。乗せてもらえれば護衛をしますよって。彼はそれに今みたいな穏やかな笑顔で頷いて、「助かります」とだけ言った。

 つまり、事情の説明とかは一切していない。彼を守りはしたが、それはあくまで護衛としての仕事の一環だ。つまりこんな風に施しを受ける理由が、ないのだ。


「……そんなに疑り深い目で見られても、困りますな」

「…………」

「はは、単純な話ですよ。私は彼女……ラペ様のファンという奴なのです」

「……ファン?」


 果たしてどんな魂胆で私を助けてくれたのだろう。けれどそんな疑念は、大分年配らしいジョーンズさんには似つかわしくない「ファン」という言葉で一気に困惑へと陥った。ファン? 私の? 私は別に一般庶民で、ウロボロス討伐の功労者と言えどファンが付くような身分ではないのだが。


「彼女は私の故郷であるヤグルマ村を取り戻してくれた英雄で、あの災害で亡くなった娘の敵を討ってくれたヒーロー。しかし彼女にどれだけお礼をしたくても、死者には何の恩も返せません」

「……ジョーンズさん」

「……貴方はとてもよく、ラペ様に似ている。そうして何か信念があって、この神竜都に向かっているようにも見えた。きっと何かしらの事情があるのでしょう」


 成程彼は、あの災害の生き残り。故郷と言っていたから当然のことなのに、今更私はそれに気付かされた。私の記憶では2年前、この世界では多分7年前。ウロボロスはヤグルマ村で蘇り、その地に災厄を撒き散らした。師匠曰くそれは周期に合わずかなり早期の復活で、そのせいで犠牲者もかなりのものになったとか。

 地震だとか、噴火だとか、そんなのが重なりに重なって巻き起こるような大災害。それに直面し大切な人を失ったジョーンズさんが、私のファンだと言うのは理解出来た。私が神竜都に向かっているのが信念なんて、そんな大袈裟なものに見えたのはちょっと申し訳ないけど。だってただクレープを食べたいだけなのに。


「私は貴方を通して、ラペ様に恩を返した気になりたかっただけですよ」


 ……私がそのラペちゃんですよ、なんて。彼にそう言えないのが少し残念だ。


「……助けていただき、ありがとうございました。そのうちお金、返しに行きますね」

「いえいえ。家族も居ない爺からの、若者へのちょっとした投資です」

「投資なら尚更。倍にして返さなきゃ」


 オーケー。ジョーンズさんには何の裏もないらしい。もしかしたら私を護衛として拾ってくれたのも、その恩返しの一環だったのかな。それなら私が告げるべきは感謝の言葉だ。深く頭を下げて礼を告げれば、ジョーンズさんは困ったように笑った。そんな彼に得意げな微笑みを返してみる。


 それ以上言葉は要らなくて。ジョーンズさんはゆっくりと私に背を向け、そうして去っていった。


「……さて」


 さてはて。これで一番の難関は突破できた。神竜都ルキナへの潜入? 帰還? は見事成功である。私はあちこちから合成音声っぽい「ラペちゃん」の声が聞こえる中、ゆっくりと大通りへと向かっていった。勿論、フードを深くしっかり被りながら。

 ……これ、作ったの誰だ? いや制作に携わったのが彼であることはわかるのだけど、原案者は一体誰なのか。本命リリー対抗先輩、大穴で狐くんが全部やっちゃいましたパターン? どちらにせよやりにくいことこの上ない。恨みたい気分だ。


 まぁそんな事情も全部、これから聞きに行けばいいことである。先輩に会うために必要なステップ、その一番の近道。それは私の母校……いや卒業できなかったからこの表現はおかしいか。とにかく。私が通っていた神聖ラミリエ学院にコンタクトを取ることだ。

 しかしその手段はまた難関極まる。一時的な身分証明書では、ラミリエ学院のある貴族街には入れないだろう。何かしらの後ろ盾が必要になるというわけだ。しかしそのための鍵は、私のポケットの中にあった。


「…………」


 人を避けるように歩きながら、真っ白なケープのポケットを探る。そうすれば記憶通り、その紙切れはそこにあった。谷折りに折りたたまれたそれを開けば、現れたるは横長の長方形。そこに記されていたのは「コンコンコン、コーンコンコン、コンコーンコン。狐は花を345本摘んで、狸は木の実を812個取る」なんてなんとも間抜けな文言。しかしこれがまぁ、強力な武器になるのだ。


 なんせこれは狐くん……私の悪友のラクヨウが、私限定の連絡先として渡してくれたおきつね呼び出しダイヤルの番号なのである。

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