2話「……先輩、だいじょぶかな」
「うーん、満腹!」
それから私は、教えてもらったお店でナポリタンとオムライスとグラタンを完食した。まさかかつての消滅地区でこんなものが食べられるとは。時の流れは偉大である。
お気に入りの猫さんリュックは回収されたのか無かったが、こういう時のためにお金を服や靴のあちこちに分布させておいたことも幸いした。ラクヨウやリリーには理解を示されなかったけど、やっぱり庶民の知恵ってのは肝心な時に役立つのだ。
で、現在位置はヤグルマ村。おじいさんに教えて頂いた店でかるーく情報収集をした私は、なんとなく現状を把握しはじめていた。理解が早いって? そう褒めるでない。貧民街では適応能力が無い者から死んでいくのだ。
まず、確定的な事実として。私の予測していた、あの戦いから5年経っているってのはマジのマジらしい。ならなんで私の見た目が一切変わらずあの日と同じ12歳のまんまなの? っていうところはひとまず置いておいて。それならば解ける謎は幾つかある。
ここ、ヤグルマ村。その場所はかつてウロボロス復活の地として選ばれてしまった、最も不幸な地だった。当時600人ほどの人口を抱えそこそこ栄えていたのにも関わらず、この村に住む人間はウロボロスの齎す汚染によって9割が死亡。温度の上昇及び下降、人体に悪影響を及ぼすガスの発生、その他諸々。そんな幾つかの要素によって、ここはウロボロス復活から約一ヶ月で消滅地区へと指定されたのだ。
それが、私が11歳の頃の話。っていうか私からしてみればウロボロスと本格的に戦うことになったきっかけの、1年前位の話。でもでも今私が見ているヤグルマ村には、そんな影は見られない。
っていうか。
「……コーンフラワー」
この村のかつての名産だったその花が、辺りに咲き誇りまくっている。その花畑で子供たちが花かんむりを作る光景を見つめながら、私はきゅっと眉を寄せた。
先程入った食堂、名前は確か……「はらぺこ亭」と言ったか。親近感を覚えるその店のおばちゃんは、私が大盛りに盛られた3皿を完食していくのに目を瞠らせながらも、こんなことを教えてくれた。それはこの地が、かつて消滅地区に指定されたどの地域よりも復興のための援助を受けていたという事実だ。
まぁ順当と言えば順当。一番被害を受けたのだからと金を神竜都が出すのは、人情的に言えば当然のことだろう。しかし世の中は人情じゃ回らない。言っちゃ悪いが、こんな世界の端っこの村に金をかけてもあっちは儲からないのだ。
ならばなぜここに金をかけたかといえば、ここには大切なものがあったから。私はおばちゃんにオススメされたその場所へと来ていた。どこよりもコーンフラワーが密集する場所。真っ青に囲まれた無駄に立派な石碑の前。
「偉大なる功績者ラペ、ここに眠る……ね」
……話は大体読めた。多分ごねたのはリリーで、話を纏めたのは狐くんで、圧で押したのはパイセンだ。ここは私が生きていた最後の地だから、この地の復興を優先させたのだ。ウロボロスを倒した英雄たちならばそれぐらいの我儘をゴリ押しする力がある。
「……んー、」
しかしまぁ、自分の墓を見るのは大分複雑な気分というか。っていうかこのお墓いくらしたんだろう。私の墓なんてそこらの石ころでいいから、その分を神竜都のスラム街の環境改善に回してくれればいいのに。
1本詰んだ花を墓元へ。誰かに聞かれでもしたらやばいので、愚痴は内心のみにしておく。にしても、これからどうしたもんか。
5年経ったってのはわかった、オーケーだ。私がなんで成長してないのかとか、そういうのは知らない。ウロボロスを逆に喰らっちゃえたのは私の容量がバカデカだったからで良し。
……で、どうする? それが1番の難問である。なんせ私は死んだことになってるのだ。っていうかまぁそう思っても仕方ない。死体は上がらなかっただろうけど、私の体は1回は完全にウロボロスに取り込まれたのだ。あの3人はそりゃあ私が死んだと思うはず。
で、そんな英雄様方が彼女は死にました〜なんて言ってて、それが5年経って完全に浸透したところに、「実はラペちゃんは生きてました〜!」って突っ込んでいけるかと言えば? ……うん、無理。英雄だと謀った罪とかで捕まりそう。ほんとなのに。
あれから5年経ってるのが痛い。1年くらいだったら実は生きてました〜!が出来たかもしれないし、大して成長してなくてもそんなもんかなって思われたかもしれない。しかし5年、5年だ。このつるぺったんな私を、一体誰が17歳だと認めてくれるのか。っていうか私的には体感時間がおおよそ3日くらいなので、身も心もぴかぴかの12歳だし。
「ぐぅ……」
いやまぁでも、信じる人達は居るっちゃ居る。その人達に会うのがハードモードなだけで。っていうかその信じるであろう人達の中には、私が会いにいかなきゃならない相手が居る。そりゃもう這ってでも、である。
「先輩……」
そう、先輩。私の生涯に置いてたった一人の先輩、シスイ先輩だ。当時17歳、今は……22歳? やばい先輩が22歳とか想像がつかないな。
長い黒紫の髪を1つに束ねた紫の目が特徴的な、龍族の王子様。……というには、諸々複雑な立ち位置の人なのだけれど。まぁ美形だけど無愛想喧嘩っ早いクール気取りの激辛好きとでも覚えてくれればいい。先輩なんてその程度の情報で十分なのだ。
リリーには……まぁ会いたい、会いに行く。ラクヨウ……狐くんはまぁ、元気に女の子ひっかけてればそれでいいんじゃない? 師匠、師匠は……まぁ私が生きてても死んででもどっちでもいいだろう。あの人に人の心は無いんで。
私とそれなりに関係性の深い人を指折り4つ数えれば、やっぱり最初に数えた親指が1番重く感じた。他の人にはまぁ最悪会わんでも大丈夫。いやリリーには会いたいけども。でもやっぱり最優先すべきは先輩だ。先輩には、何がなんでも会わなければ。
「……神竜都「ぽんぽこ☆スイーツ」のビッグパフェクレープ……!」
なんせ先輩とは、ウロボロスとの戦いの前に私が憧れに憧れを尽くしたあのクレープを奢ってもらう約束をしたのだ!!! あのパフェかのように何段も層が折り重ねられた、甘党垂涎のクレープを!
ああ、思い出すだけで涎が出てきそうになる。サクサクのチョコパイの層から始まり、苺やブルーベリークランベリーなどのベリー類をたっぷりとあしらったフルーツの都。それら全てを生クリームで押しつぶす重量感を、ベリーソースが軽減してくれる。バニラ、チョコ、苺のトリプルアイスが押し込まれ、トドメと言わんばかりにチョコソースが波のように。あれぞまさしくクレープの最高峰。
予約必須! いい所のご身分じゃないと厳しい! そんな壁を先輩が乗り越えてくれる、そんな約束をしたのだ。故に私は何があってもなんとしてでも、先輩に会いに行かなくてはならない。
「……先輩、だいじょぶかな」
あとまぁ、大概に私が大好きだった先輩が心配なのもある。大丈夫かな。ぼっち極まり世を儚んで死んでたりしないかな。流石に自害とかは師匠が許してないと思うけど。
でも懸念要素が一つ、ある。
……うん、取り敢えず方向性は決まった。先輩に会いに行こう。どこに居るかとかはわかんないけど、まぁ神竜都を拠点にはしてるだろう。おばちゃんが駆動馬車が出てるよ~って言ってたし、路銀はまだ残ってる。とりあえず神竜都に向かうのが先決か。
だがそっからどうするべきか。仮に神竜都に着いたとしても、先輩とそう容易く会うためのビジョンが見えない。現状私の手持ちは5万とちょっと。身分を証明するものはあるけど、登録年と容姿が合わないため多分偽物扱いされる。これでは検問すら突破できない可能性があるだろう。
……うーん、ほんとは気ままな一人旅が良かったけど。
「こればっかりは致し方なし、か」
うんまぁ、売り込みは慣れてる。おばちゃんはウロボロスが死んだ後もエネミーやモンスターは残ってるって言ってたし、まぁまぁ栄えているこの村ならば護衛の依頼を探すことは出来るだろう。
よし決めた。旅の小さく可愛い剣士さんとしてどっかの商隊に紛れ込み、それに便乗する形で検問を突破。ギルドへの登録も考えたけど、今持ってないだけで私はとっくに登録済みだし、二重登録で詐称とかそういう罪に問われる可能性もある。本当はギルドの身元保証とか仲介人を通しての依頼とかの方が信頼性が高くて楽なんだけど、後から面倒なことになるならば却下だ。
そうと決まったならば下で誰も眠ってないこの墓の前に居る意味はない。片っ端から外行きっぽい馬車に声かけまくって「お金は要らないんですけど神竜都に入りたくて~? 護衛として雇ってほしいナ」作戦を実行しよう。私はまぁまぁ可愛いので、きっとなんとかなるはず。待っててね! 先輩!