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悪食少女は今日も空腹  作者: 楪 逢月
1章「死の淵から蘇ったら先輩が闇堕ちしてた件」
12/15

12話「ら、ぺ……?」


「ラペは死んだ。俺の無力が殺した。あの男の言葉があいつを殺した」

「……! っ、……! ……!!」


 先輩の片手は、呆気なく私の首に回った。赤子の手をひねるように、なんて表現をそのまま。骨ごと折るような勢いで、私の首を掴んでいる手に力が込められていく。


「死んだんだ。死んだ人間は帰ってこない。兄さんも、あいつも……!」


 狂気的な色が真っ暗な紫を飾る。手に込められた力はどんどんと強くなって、最初はじたばたと動かせていた足にも徐々に力が入らなくなっていった。どうしよ、すごい、苦しい。

 なんとかこの状態から抜け出そうと、私の首を絞める先輩の片手に両手を添えてみる。でも力が入らない指先では添えることしか出来なくて、到底その手を剥がすなんてことは出来そうになかった。


「っ、ラペ……! やめないか幻雲殿! 彼女は本物の……!」

「うるさい」

「っぐ、……!」


 狐くんがなんとか先輩の暴挙を止めようと、こちらへと駆け寄ってきたのが視界に映った。しかし無慈悲な一振のせいでその体はどこかへと吹き飛ばされ。

 ……くっそ、私の首を絞めた状態でこの威力か。バーサーカーめ。狐くんの体格も随分良くなったというのに、それでも先輩の馬鹿力は健在らしい。狐くんがどこに飛んでったかは分からないけど、援軍は望めそうにない。大分痛そうな音がしたし。


「……本物は、死んだ。どこにも居ないんだ」

「…………っ、」


 言い聞かせるような言葉と共に、また首を絞める力が強くなっていく。そんなに苦しそうな顔をするなら、1回話を聞いてくれればいいのに。いや、もうそんな正気もないのかな。


「あいつは帰ってこない。帰ってこない。帰ってくるなら、全部偽物……」


 先輩が、ぶつぶつと何かを言っている。その声も段々と聞き取れなくなってきた。あの時と一緒だ。ウロボロスに喰われた時。最初に聞こえなくなったのは、音だった気がする。

 ……やばいなこれ、息が、続かない。熱くて苦しかったのが一気に全部落ちていって、存在しない空気が口から漏れた。まるで、陸で溺れてるみたいだ。


「……だから、死ね」

「…………!」

「あいつを騙る偽物は、全て」


 そんな中、さらにぐぐっと首を絞める圧が強くなる。窒息とかそういう前に、骨が逝きそうというか。ていうか実際、逝かせようとしているのか。

 生理的な涙でいっぱいになった目に、先輩の顔が映る。酷薄めいた冷たい笑顔。貴方にそんな表情は似合わないと言ってやりたかった。いつもの仏頂面の方が余程良いと伝えたかった。でもその声は届かないから、だから。


「………!?」


 残りの精一杯の力で、私はその頭へと手を伸ばした。


「なに、を……」


 目が見えなくなる。全身から力が抜けていく。それでもどくどくとまだ血管が脈を打っていた。だからその熱だけを信じて、全意識を指先に集中させて。さらりとした感触の中の、たった1つを探した。

 想像よりもはやくそれは指に触れる。つるりとした、髪では無い感触。ああ見つけた。これが原因か。この人に、こんなに優しい人に、こんならしくない事をさせている。


 確かこの角は、魔力で出来ていたはず。昔師匠からそう聞いた。だから、それならば。


「……!」


 私が変換できる(たべちゃえる)はずなんだ。


「……は、」


 ぱりん。そんな高い音が聞こえたような、聞こえなかったような。ただ首を圧迫する感覚が消えていって、何かに腰を支えられたような。……あーあ、やっぱりわかんないや。何にも。


「ら、ぺ……?」

「っ、ラペ! ラペ! しっかりしてくれ……! くそ……!」


 私の一番の得意魔法が発動したかどうかはわかんないまま。ただ急激に肺に飛び込んできた酸素を上手く吸えなくて、もう全部力が抜けてって。

 ただ最後、先輩の顔が視界に映った。思い切り目を見開いた、震える指先で私を抱きとめる先輩の顔が。……ああ、よかった。


 角、消えましたね。






 沈んでいく世界で、夢を見た。遠い昔の夢だ。まだ先輩と会ったばかりの頃。師匠が私を、彼しか居なかった教室に連れて行った時の。


『この子は"ハラペコ"です。名前は私が適当に付けました。いつも空腹ということで、ちょうどいい名前でしょう?』

『…………』


 今思えば、到底人の名前らしくないそんな呼び名。それを聞いた当時15歳の先輩は顔を顰めて、ふいと窓の外へと視線を逸した。

 その態度に私は歓迎されてないんだなって思って。まぁでも神聖ラミリエ学園に通ってるようなお貴族様がスラムの孤児を歓迎するわけがないな、って思い直して。それで1人ご機嫌に去っていく師匠に、本当にこの人には気遣いとかそういうのが存在しないんだって思って。


『……おい』

『え……?』


 でも先輩は、師匠が去って行った後私に話しかけてくれた。


『ハラペコってなんだ。お前、その名前気に入ってるのか』

『……ううん』


 何か難癖でも付けられるのかな、殴られたりするのかな、まぁしょうがないかな。そんな諦念が、蹴っ飛ばされる。

 その時の先輩が私じゃなくて私に付けられた適当な名前に怒っているのは、初対面の私でもすぐ理解出来た。だって顔は怒っていたけど、その刺すような視線は師匠が去って行ったドアの方へと向けられていたから。だから私は、大してその名前は気に入ってないと正直に首を振って。


『……ラペ』

『……え』

『ハラペコよりはマシだろ。……悪いが俺に名付けのセンスはない。気に入らないなら、図書館の場所を教えるから自分で考えろ』


 今思えば、本当にネーミングセンスがない。ハラペコから適当に2文字取っただけ。でもその時の私には、その2文字がとても輝いて見えた。思い悩むような表情からは、彼が苦肉の策としてその2文字を抜き取ったことが理解出来たから。


 そこには少なくとも、師匠には存在しない不器用な思いやりがあった。


『……ううん、それでいい』

『…………』

『それが、いい』

『……そうか』


 ぽわぽわと、胸が温かくなる感覚。生まれて初めて感じたそれに戸惑いを覚えながらも、全く嫌ではなくて。強く頷いた私に、先輩は一言だけ告げた。


『……あの』

『……なんだ』

『貴方のことは、なんて呼べばいいの?』


 私はラペ。数字の番号でも無く、わかりやすい記号でもなく、誰かに考えて付けてもらった名前。それならこの人は、私に名前をくれたこの人のことは、なんて呼べばいいんだろう。最早躊躇いなく落ちていった声に、先輩は何かを考えるように押し黙った。


『……あの?』

『……名前はシスイ、だが』

『…………』

『お前がその名で呼ぶと、お前が面倒な輩に絡まれるかもしれない』

『?』


 当時の私には、わからなかったことだけど。先輩はスラムから出てきた私が彼の名前を呼ぶことで、私に何かしらの障りがあるかもしれないことを懸念していた。その懸念は後に現実になるのだが、その話は今は置いておいて。

 この人はシスイと言うらしい。でもその名前を呼ぶと、私に何かしらのリスクが及ぶかもしれないらしい。それは嫌だなと、私はシンプルにそう考えた。そうしてそれなら、と。


『……じゃあ、先輩って呼んでいい?』

『……せん、ぱい?』

『うん。先に勉強してた人のことを、後から入ってきた人はそう呼ぶって聞いた』


 数少ない、常識を学ぶための本に紛れていた師匠の用意した娯楽本。そこに書かれていた記載を思い出したのだ。初対面ではあったが、私と彼の関係はいわゆる先輩後輩という括りには入るのではないだろうかと。


『駄目?』


 我ながら名案だと瞳を輝かせたその日を覚えている。


『……別に、いい』


 その瞳に、先輩が気圧されたように頷いたのも。


 それが私と先輩の、始まりだった。

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