10話「っ、先輩!!」
「そんで? どう責任取ってくれんの?」
「君からその台詞を聞くことになるとはなんだが感慨深いな……」
「何人のオネーサンに言わせてんだ君」
しかしまぁどうしたもんか。先輩が私(の式)絶対消すバーサーカーモードなら、下手に近寄れない。こういう時は師匠の能力が無駄に働いたな、って思う。せめてもうちょいおブスに作ってくれてたらよかったのに。
涙目で蹲る狐くんを見下ろしつつ、私は考えた。なんかこう、先輩後輩の絆の力でわかったりしない?いやそこまでの理性を先輩に期待するのが酷か?大概あの人は素でもバーサーカーだ。
「……んー。式の私って、喋ってた?」
「そりゃまぁ。君の口調も完璧にコピーしてるからこそ、より幻雲殿の癪に障ったんだろうし」
「マージか……記憶も完コピ?」
「殆どは。とは言っても、あくまでハクサ様が知ってる部分のだ」
君と幻雲殿なら、お互いにしか共有してない秘密もあるんじゃないかな? そういう狐くんは、もう余裕の表情に戻っていた。なんかムカつくが、ヒントをくれたから許してやろう。
ふーむ、精度としては師匠が知る限りの私。で、その穴を突くために私と先輩だけの秘密か。まぁそりゃいくらでもある。いくらでもあるが……ま、無難なのはやっぱりアレかな。
「オッケー、準備できた。先輩のとこ連れてって」
「……もう? いまいち不安が残るんだけど」
「先輩と私の絆甘く見ないでって話」
「見てないから不安なんだよ……」
ブイっとピースサイン。狐くんはまだいまいち不安そうだったが、それでも一応は信じてくれることにしたらしい。溜息を1つ、すたすたと教室の扉の方へと向かった彼は廊下へと出た。私も彼に続く。
「とは言っても多分ある程度攻撃は仕掛けられそう。時空魔術で上手いことずらせる?」
「無茶言うね。言っとくけど幻雲殿の剣技の精度はあの時の比じゃないよ」
「ならラクヨウ殿の時空魔術もあの時の比ではない、と」
「ああ言えばこう言う……」
授業中だからか、学校全体は静かなものだった。時折扉の前を通る度、鉛筆が紙を滑る音と講師の喋り声が聞こえてくるくらい。そんな中を足と話し声を殺しながら2人歩いていく。
先輩とサボった時のことを、ちょっと思い出すな。2人で学校を抜け出して、チュロスを奢ってもらって。欲張りにも10本食べきった私を、あの人は呆れながらも楽しそうに眺めていた。彼は1度だって、私の食欲に引いたりしなかった。
「……どうしたの?」
「……んーん、なんでも」
……そうだね、そろそろ認めるよ。クレープがどうとか言ってたけど、ほんとはそんなんじゃないってこと。なんとなくわかってた。先輩は私が居なくなった世界じゃ笑えないし、幸せになれないって。だからこうして会いに来て、必死に色々考えて。
あーあ、なんて健気な後輩だこと。自分で自分に笑ってしまう。優しくもドライなとこが売りなのに、あの人だけにはそれが上手くいったことがない。まぁそれもしょうがないだろう。だって先輩は、私の人生においてたった1人だけの先輩だ。
色々あったけど、ここまで来れた。私はウロボロスでも、なかった。だからここまで来て殺されるわけにはいかないな。そんな地獄を先輩に味あわせるわけにはいかない、よな。
「……ところでさ、これどこ向かってる?」
「地下」
「……地下?」
「そう、地下」
まぁそんな覚悟を決めたところで。私はエレベーターに乗る一歩手前で、目的地を知ることとなった。とんと背中を押され箱に詰められ、視線は狐くんの押したボタンを追う。……この学校、地下なんてあったっけ?
「ウロボロス討伐後に作られたんだ。主に1名を取り押さえておくための施設として」
「取り押さえる……?」
その疑問への答えは狐くんがくれた。大分不穏な言葉と共に。……1名を、取り押さえておくための施設。そこに誰が居るかなんて、そこで誰が取り押さえられてるかなんて、私達の目的を思い出せば自然と答えは出てくる。
「そう。殺すことは許されなかった。彼は英雄だったから」
下手に正気になることもあったのが、彼にとっては逆に地獄だったかもね。そう呟く狐くんの声色に温度は無い。その目にも、また。
「龍族の"狂化"には、それほどの危険性がある。かつて彼の兄が、彼を本気で殺そうとしたように」
「…………」
「そしてその兄をとっくのとうに超えた彼が本気で狂ったなら、被害はより甚大なものになるだろう。だって彼の殺意が誰かに向かうなら、その先は恐らく……」
彼から大事な者を2人も奪う原因となった、ハクサ様。そして世界に向くだろう。
狭い部屋に、静かな声だけが響いていた。外の世界がどうなってるかなんて、エレベーターに関する知識を持ち合わせない私にはわからないけど。でもゆっくりとこの箱がずっとずっと下にまで落下してることは、わかってた。
……そーいう重いの、後出しにすんなっての。後で狐くんの脛はもっかい蹴っとこう。参ったなほんと。師匠が言うくらいだから、察しは付いてたのに。わかってたようで、わかってなかったな。
先輩、思ったよりずっとずっとずっと、深刻じゃないか。
「……さ、着いたよ」
「……うん」
「……らしくないな、元気がないじゃないか」
チン、と軽快な音が鳴った。だが到底軽快な気分になんてなれない。扉の方を見れずに俯いた私の肩に、誰かの手が触れる。おずおずと視線を上げれば、そこには困ったように微笑むラクヨウが居た。
「君が居るなら幻雲殿は大丈夫だ。彼にかかった絶望の雲こそが君の喪失で、そこに今光が差すんだから」
「……わかってる。指図すんな」
「よろしい。なら、第一声は任せたよ」
……屈辱だ。こいつに励まされるとは。わかったような顔をされるのもムカつく。……ムカつくけど、脛を蹴るのは今度にしてやろう。
そっと背中を押されるがまま、扉の外へと出た。そこに拡がっていたのは広い、とても広い空間。そしてその真っ白な何も無い空間に1つ、影がある。白い死装束みたいな服を纏った黒紫。記憶のものよりもずっと短いそれを見た瞬間、胸がいっぱいになった。
先輩。
先輩、私、帰ってきましたよ。
だからお願いだから、私の手が届かない場所になんて行かないで。
「っ、先輩!!」
「……!」
胸が締め付けられるがまま、声を絞り出した。ここに来ての大1番、今まで出したことがないくらいの大声。それに振り返った貴方の澱んだ目に、光を差し込みに来たんだ。
「クレープ! 奢られに来ました!!!」
だから勝手に闇堕ちなんてしてんじゃねぇですって、それを言いに来たんだ!