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悪食少女は今日も空腹  作者: 楪 逢月
1章「死の淵から蘇ったら先輩が闇堕ちしてた件」
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1話「……じゃあね!」

 それは、どうしようもないことだった。


「っ、待つんだ……!」


 いつも気障で鬱陶しい癖、こういうときばかりは笑ってくれない悪友の声。もう息も絶え絶えなはずなのに、伸ばす手の力強さも眼鏡の奥に見える瞳の意思も何一つだって揺らがないまま。口から血をぼたぼたと零してるのに、何が「待て」なのか。察しの良さには恐れ入る。正直君の、嫌になるくらいに聡いところは嫌いじゃなかったよ。


「せん、ぱい……?」


 ちょこちょこと私の後ろを付いて回っていた、可愛い年上の後輩の声。真っ白で笑うとほんのりと赤く染まる肌は、今では可哀想なくらいに青ざめていて。正しく薄幸の美少女と呼ぶに相応しいその姿に、けれど胸が傷んだ。ごめんね、そんなになるまで無茶させて。でももう頑張らなくていいんだよ。生憎ともう、頑張ったねってその角を撫でてあげることは出来ないけれど。


 手と視線を振り切って一歩と進む度、どうしようもなく体が傷んだ。しかし足は止まらない、止めない。例え目の前の存在がどれだけ強大なものであったとしても、このボロボロな体では太刀打ちが出来ないことを知っていたとしても、それでも私には一つの方法があったから。

 ……ふと、師匠(せんせい)の表情が蘇った。心無いで売ってるくせ、この方法を私に教える時だけお美しいご尊顔を少しだけ歪めた彼の顔を。ご期待に答えられない、不肖な弟子ですみませんね。まぁでも貴方は傷つかないだろうし、正直そんな悪いとは思ってないんだけど。


「……!」

「…………」


 けれどあと一歩と言うところで、もう覚悟も決まりきったところで、それでも私の歩みを阻んだ手のひら。見下ろせば、もう瀕死も瀕死のあの人が私の足首を掴んでいた。全身が切り傷に刺し傷、打撲痕だらけ。出血量だってとっくに限界を超えている。かろうじて五体は繋がっていれど、もうまともに動かすことだって難しいはずなのに。

 それでもその人は、私のたった一人の先輩は、私の歩みを拒んだ。もう引き止める声すらも持たないはずなのに、なんて人だ。こんな状況だと言うのに、苦い笑いが込み上げてしまう。貴方は本当に強い人だ。強くて、強くて、寂しがりやな貴方。仲が良いなんて言える相手、私くらいしか居ないんじゃないですか? かつてそうからかった私に、貴方は返す言葉もなく黙り込んで。


「……先輩、ごめんね」

「…………」


 でも、でも、ごめんね先輩。貴方を一人にする私を、どうか恨んでね。そうして平和になった世界で、こんな自分勝手なやつが居たんだって。そうやって新しく出来た大切な人に、笑ってね。もう貴方の愚痴や悩みを茶化して笑う私は、永遠に居なくなってしまうから。貴方に愚痴や悩みを話しては鼻で笑われることに駄々をこねる私は、永遠に消えてしまうから。


「しあわせに、なって」

「……っ!」


 弱々しい指先を、振り切った。目前に広がるのは、禍々しい程に真っ暗な空洞の化け物。私はそいつを……ウロボロスと呼ばれるこの世界の創生の時代から生きている怪物を、真っ直ぐに見据える。すると手も何も持たない悍ましい怪物は、私へとその影を伸ばしてきて。


 ……ラクヨウの時空魔術は、意味を成さなかった。時を止めて攻撃を重ねたところで、こいつの無限にも思える命に終わりは見えなかったから。


 リリーの唱える聖典の音は、全てを消し去るには届かなかった。どれだけ力を注いでも、たった一人の力が何億人の悪意の集合体を消し去れるはずもなく。


 ならばと殺そうとした先輩の、シスイ先輩の繧繝流の剣は、あと一歩と及ばず。全員で心魂を注いで相手を傷つけても、殺そうとしても、それでも力は足りなかった。


 当たり前だ。最初から真っ当な生き物が正攻法で相手に出来るような奴ではないのだ。例え私達のような、百年に一度と呼ばれる逸材が何人と集まっても。


 でもまだ、私の方法は残ってる。本来の正攻法。皆には秘密の、とっておきの反則技。


「《私を喰らえ!(スケープ・ゴート)》」


 瞬間後ろから聞こえたのは、何だっただろう。やめろという咆哮だったか、悲痛な悲鳴だったか、自らの歯を砕かんとばかりの歯ぎしりの音だったか。けれどそれを聞き終えることも出来ないまま、真っ暗で醜悪な悪意の塊は私を飲み込んだ。

 私に残された方法。時空魔術を使える狐族の家系でもなければ、聖典を理解できる特殊な耳を持って生まれた鹿族のお姫様でもない。圧倒的な身体能力を有す龍族の力も剣技の腕も何もなくって。それでも私にはたった一つ、この中に入れる才能があった。この化け物と呼ぶべき天才たちの中に入るに足りる、逸材たる才能が。


 それは、ただ圧倒的な魔力領域(胃袋)を持っている悪食という才能。


「……じゃあね!」


 視界が闇に落ちていくと同時、嗅覚も聴覚も触覚もその全てが機能しなくなっていく。そのくせ自分の中にある容量はじわじわと圧迫されていって。まだ、余裕はあるかな。どれくらい、持つことが出来るかな。答えはどこにもない。ただわかるのは自分の末路のみ。

 私の魔力領域がどこまで広いかなんて、私ですら知らない。なんせ今の技術では測定もできないほどの領域だったからこそ、私はあの天才たちの中に放り込まれたのだから。でもきっと限りのあるこれは、限りのないあいつを飲み込みきることはできないだろう。この身に待つのは死の事実だけ。それが本来の、(いけにえ)の役目。


 どうやって死ぬのかな。内側から弾けて死ぬのかな。そうだとしたら跡形も残らないほうがいいな。そんなことを暗い何もない深淵の中で考えたりして。

 そうしてそのまま私は、深い闇の中で眠りに落ちた。永遠に覚めることのない、次もない夢に。


 ……と、思っていた。


「…………」


 ぱちり、二度と開くはずがなかった目が開いた。起きてすぐ視界に入ったのは、澄み切った青い空。太陽の光を伴って現れたその色に、目が奥から焼かれていく。

 何かが頬を撫でる。顔だけを横に向ければ、今しがた私の頬を撫でたのが風に揺れた草だとわかった。青々としたそれは見るからに健康そうで、何にも汚染されていない。吹きこんで来た風だって悪臭も不快感もなく、ひどく爽やかなものだった。何よりも肌を掠める空気が、熱くも冷たくもない。

 ここは、神竜の庇護下の地? でも私がさっきまでいたのは、消滅地区(ロストエリア)の中でも汚染が進んでいた、ウロボロスのお膝元だったはずで……?


「……ここ、は」


 起き上がって辺りを見渡す。青い花が咲き乱れる花畑に生憎と見覚えはなかったけれど、その向こうの大きな木や反対側の遠くに見える塔には見覚えがあった。間違いない。ここはあのウロボロスと対峙した最後の消滅地区で、私はそこであいつを飲み込んで死んだはずで……。


 ……死んだ、はず?


「……いや、まさか」


 ひゅっと、掠れた息が零れる。まさか、まさかとは思うが。ここラーヴェンヒルデという世界の歴史に置いて最大の人類悪である仇敵、ウロボロス。古代のとある降臨者が生み出した、悪意を集めて化け物にする魔法によって作られた怪物。世界中の悪意と魔力が集まったあいつを、時を駆けても、最大級の浄化魔法でも、千年に一人と呼ばれる剣士でも倒せなかったあいつを、私は飲み込めてしまったのか?

 戦慄だった。人類史において類を見ない、限界が見えない、そんな魔力領域。ウロボロスを追い詰める旅の中でいくら世界中に悪食という浮名を流していたとは言え、まさか自分の体内がそこまで見境がないとは。


「ええ……?」


 これはドン引きというやつである。いつか食堂の超爆悪魔的激辛カレーに、自作の激辛スパイスをかけて食べていた先輩に対して抱いた感情と似ていた。……いや、よくよく考えてみれば私よりも先輩のほうが悪食なのでは。


「おや、お嬢ちゃん。こんなところに寝転がってどうしたんだい?」

「あ……こんにちは。ごめんなさい、迷惑でしたよね」


 悪食なのは私の魔力領域であって私本体ではない! ヨシ!! と自分を慰めていた私。しかしそこで声をかけられる。見上げればそこに居たのは人の良さそうなおじいさん。彼は謝る私に首を振って、持っていた花を花畑にそっと添えた。


「いいや、今の平和を喜ぶ気持ちはわかるからねぇ。儂も一度、あの戦いが終わった後はここに寝転んだものだよ。あの花の種を植える時だって、朝早くからここにきた」

「……?」

「もっとも、儂と同じような考えの人は何人も居たんだけどねぇ」


 ……ええとおじいさん、昔を懐かしむのは良いのだが一体何を仰っている? ていうかここがあの消滅地区なら、なんでこんな明らかな一般人がここを闊歩しているのか。危険すぎないだろうか。

 けれど状況を把握出来ていない以上、下手に口を開くのは危険だ。きゅっと口を噤んで寝転んだ状態から起き上がれば、おじいさんは微笑ましそうに私を見つめてきた。


「……しかしお嬢ちゃん、よくよく見れば話で聞く彼女にそっくりな容姿だねぇ」

「……彼女?」

「そうとも、よく言われないかい?」


 悪食聖女ラペ様に、そっくりだって。


「ははは、でももうあれから5年(・・)も経つ。そんなわけがないか」

「…………」

「すまないね、あんまりにもそっくりだったから」


 それきり、にこにこと口を閉ざしてしまったおじいさん。しかしその笑顔に合わせてニッコリと笑う余裕は、今の私にはなかった。

 ごねん、ゴネン、5年? いや待て待て待て、そんなわけがない。そんなわけがないだろう。しかし先程聞いた名前には、尋常ではない程の聞き覚えがある。だってそうだろう。悪食聖女とかいう名誉なのか不名誉なのかわからない称号は置いておいて。


 ラペという名前は、私の名前なわけで。


「……お嬢ちゃん、具合でも悪いのかね?」

「……イエイエ、アハハ、ナンデモ……」


 心配そうな視線を向けてくるおじいさんに手を振りつつ、私はゆっくりと花畑から立ち上がった。もしかしなくてもなくても、あれから5年が経っている? 4人でウロボロスと対峙した、あの時から?


「…………あの、」

「うん? やはり具合が……」

「いっ、えいえ! 全然元気なんですけども!」


 オーケー、何も分からないことがわかった。事実は衝撃的なものであればあるほど、飲み込むための時間が必要である。大食いチャレンジにはそれなりの時間が必要なように。

 だから私は快活な笑みをおじいさんへと向けて、くるりと後ろ手を組んだ。先輩にはしょっちゅうゲンコツを食らったおねだりポーズ。しかしこれが年配の人間に効果があることは実証済みだ。なんせこれで私は食堂のおばちゃん相手に百戦百勝を決めていたので。


「美味しいご飯が食べれるとこ、知りません?」


  とりあえず腹ごしらえ。事実確認と現状把握はそれからということで!

新連載です。本日1話から5話まで投稿しています。

不定期更新&ある程度の話数をまとめて投稿という形で連載していきますので、気が向いた時にでも読んでいただけたら幸いです。

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