魚影
僕の町には大きなお堀があった。昔はそこにお城があったらしいが、今では公園になっており、城跡公園と呼ばれていた。
大きくて広い場所だったので、ガキの時分にはたまらない。僕は幼なじみの智哉と尊と一緒に、下校の際は必ずと言っていいほどそこで遊んでいた。
ランドセルは石のベンチに放り投げ、木々の間を駆け回る。顔を真っ赤にして汗をかいても疲れなど知らなかった。
そのうちに尊がお堀を覗き込んで叫んだ。
「鯉だ!」
僕たちは、みんなしてお堀を覗く。そこには黒いのはもちろん、赤や黄色の鯉が緑色の水の中で美しく泳いでいた。
しかし、僕たちは石をつかんで鯉に向かって投げつける。鯉は身を翻して水の底に沈んでいく。
そうやって遊んでいると、少し離れた場所で『どぷん』と大きな水音が聞こえた。
これは大きな魚が飛び上がりでもしたのだろうと、みんなで数個の石を抱えながら近くまで行ってみた。
すると石垣の近くに大きな魚影が見えたが、なにかがおかしい。
それには人間のような手が付いているようだったのだ。
僕は叫んだ。
「河童だ!」
その言葉に遅れて、石垣にその手がペタリと伸びる。僕たちの総毛が立った。そして手に持っていた石を力一杯投げつけたのだ。
何発も何発も投げ、手元の石が無くなると、近くにある石を拾ってさらに攻撃した。数発が手や頭部に命中したようで、河童は水の中に沈んでいった。
僕たちは自分たちの力で河童を撃退したのだと興奮したものの、相手は化け物なので報復が恐ろしくなり、近くの智哉の家でテレビゲームをして気を紛らわせていた。
そのうちに親の帰宅時間になったので走って帰ると、大騒ぎになっていた。
小2の弟の洋二がまだ家に帰っていないと言うのだ。ランドセルは城跡公園のベンチの上にあったのだが、洋二の姿はどこにもなかった。
事件に巻き込まれたのかも知れない、誘拐されたのかもと、両親は警察に連絡したが、僕は河童に拐われたのだと大泣きした。
きっと河童は、僕たちへの報復のために洋二を拐ってお堀の中に引きずり込んだと思ったのだ。
だからお堀の中を探して欲しいと懇願したのだ。
後日、警察や消防、地元のボランティアの人たちがお堀を捜索してくれた。
やはり洋二の遺体は、僕たちが河童を撃退したところの近い場所から発見されたのだった。