epilogue V - unchanging everyday-
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12/25/5009
最悪。
ディナ・シーとシーリー・コートが共に出掛けてしまった。
それだけなら問題がないが、その先が98番街だったのだ。
そう、〝ドラゴン・アシッド〝が発生した場所。
フィンヴァラとファウル・ウェザーが救出してくれたが、二人とも酷い状態だ。
このまま再生不能になってしまえば、私の研究は振り出しに戻ってしまう……なんとかしなければ。
そもそも、どうしてあんな場所に行ったのだろうか?
確かに今日は莫迦げたイベントが行われているようだ。
その98番街では莫迦でかいデコレーションツリーがあった。
そんなものを見に行って、一体なんの得になるというのだろうか?
……いや、もしシーリー・コートが行きたいと言ったのだったら、その進化は目を見張るものがある。
だが取り敢えず今は、二人の汚染を除去することを考えなければ――
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12/30/5009
不幸中の幸いだった。
〝ドラゴン・アシッド〟に汚染されていたのはディナ・シーだけだった。
正確にはシーリー・コートも僅かに汚染されていたが、大事に至っていない。
それに、喜ぶべき反応が出た。
ディナ・シーの生体が作り替えられ、神経系と機械が一体化している。
そればかりではなく、その反応速度もフィンヴァラ以上。
更にいうなら〝サイバー〟に汎用として埋め込む機械の演算速度よりもそれが速い。
脳が汚染されていなかったために二つの〝能力〟も消えていない。
これは〝ドラゴン・アシッド〟による変異であると考察するが、それはどういうことなのだろうか?
シーリー・コートのナノマシンも完全に一体化している。
これは偶然なのか?
ともかく、研究を続けるとしよう――
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01/30/5012
……どうしても駄目だ。
シーリー・コートに〝単象能力〟意外全ての〝PSI〟を習得させることは成功したが、どうしても〝魔導〟を組み込めない。
やはり人工的な〝魔導〟の会得は不可能なのだろうか……。
そういう意味ではディナ・シーが一番良い出来なのかも知れない。
所詮シーリー・コートも『出来損い』なのだろうか?
DB、ファウル・ウェザー、ディナ・シー、そしてシーリー・コート。
これらはどれも満足出来るものではなかった。
……私は疲れた……。
私がこの研究を通じて知ったのは、自分の無力さだけだった……。
私はなにも出来ない。
目標である〝完全な人〟も作り出せない。
ギスカーの依頼で診たキョウとかいう娘の治療も出来なかった……。
シーリー・コートのナノマシンがどれだけ進化するか……今後の望みはそれだけだが、私の限界も近い。
これほど早く私に終わりが来るとは思ってもいなかった。
一度脳以外の全てを作り替えたが、それでも大した足しにはならなかったようだ。
私は此処から去ることにしよう。
あの子供達には自由を与え、そしてシーリー・コートは封印する。
この封印は、一度あれの生体が破壊されない限り解けることはない。
この手記を子供達が眼にするときが来るかも知れない。
そして間違いなく私を恨むだろう。
だが、それでも私は言う。
私は私の信じた、正しいと思ったことをしたまで――
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君がこれを読んでどう思うかは、はっきり言って僕は知らない。
だが彼のことを恨んではいないよ。少なくとも、僕は。
彼は塵溜の中で朽ちて行く運命だった僕を拾ってくれたからね。
……こんなことを言ったとしても、きっと君は解ってしまっているんだろうけどね。
それでは、気が向いたときにでも僕の店に顔を出してくれ――
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薄暗い部屋で端末の電源を落とし、彼はソファにその身を沈めたまま動かない。
暫く続く静寂の後、彼は懐から煙草を取り出して火を付ける。
その明りに照らされて、彼の色白の容貌と藍色の瞳が薄暗い部屋に一瞬だけ映し出され、そしてすぐに消えた。
彼は煙草を咥えたまま、その身に着けている黒いシャツの胸ポケットから紙切れを取り出して少しだけ見詰め、そして握り締めた。
その手を再び開いたとき、その紙切れは蒼白い炎を上げて灰も残さず燃え尽きた。
〔D.R 水晶の森美術公園にて待つ〕
(了)




