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epilogue II - unchanging everyday-

「その傷跡、治したいとは思わないのか?」


 コーヒーを飲み干し、空になった茶碗を見詰めながら訊く。因みにその茶碗には、クレヨンで『まぁぶる』が描かれていた。


「治せるんだったら、治したいな。でもいいの。あたしは此処での生活が好きだし、それにそんなお金もないわ」


 彼から茶碗を受け取り、それを大切そうに持ちながら眼を伏せて言った。


 そして入り口の階段に腰を下ろし、藍色の瞳の〝魔導士〟を見上げる。


 その視線を感じながら、彼は思う。果たして彼女は、自分が〝魔導士〟だということを知っているのだろうか。


 だがその考えは、すぐに消えた。


 例え彼女が知っていたとしても、それはどうでも良いことだと言うだろう。


「邪魔をしたな」


 彼はそう言うと、少女に背を向けた。


 それを不思議そうに見上げ、立ち上がって頭を下げた。


「何のお構いもしないで、ご免なさい。もうじき神父様が帰ってくる筈だけど……」

「いや、もういい。訊きたいことがあったのだが、どうでも良くなった」


 彼の言葉に首を傾げ、少女は再び頭を下げた。


 そして顔を上げると、目の前に彼がしゃがみ込み、そして少女の顔を見詰めている。


 その藍色の瞳に、彼女は一瞬だけ深い哀しみを見た。


 だがそれを反芻して思案する前に、彼の手が焼け爛れた傷が残る頬に触れる。


「御馳走様。美味しかったよ。これはそのお礼だ」


 微笑んでそう言い、立ち上がるとそのまま背を向ける。そして彼が振り返ることはなかった。


「優しそうな人だね」


 茶碗を片手に持って独白し、


「でも、凄く哀しい思いをした人……私より、ずっと……」


 自分は、左腕をなくして顔半分を火傷した《《だけ》》。


 だけどあの人は、自分の身体は失くしていないけれど、もっと大切な『なにか』を失くして、もしくは亡くしている。


 確証はないが、そんな気がした。


 少女は去って行く彼を暫く見送り、続けて黄昏に輝く緑の大地を見詰めた。


 その先に、子供達を連れて帰って来る不精髭の男が見えた。


 彼こそこの教会の神父にして孤児院の経営者、マーヴェリー。


「神父様」


 そう言い、少女は茶碗を片手に彼とそれに付いて来ている子供達の方へと駆け寄って行く。


 そして彼の前まで来ると息を整え、その顔を上げて神父を見上げた。


「ただいま」


 マーヴェリーはそう言うと、そして首を傾げて彼女の顔に触れた。


「マーニィ、顔の傷はどうしたんだい?」


 そう訊くマーヴェリーを怪訝そうに見上げ、茶碗を傍にいる子供に渡して自分の顔を撫でる。

 いつもの傷でごつごつした手触りではなく、磨かれた大理石の様に滑らかな手触りが伝わってくる。


「あたしの顔、どうなっているの?」


 そう訊き、そしてマーヴェリーが持っている桶に充たされている水を覗き込む。


 そしてそれに映っている自分の顔を見て、驚いた。


 少女の顔の傷跡は、跡形もなく消えていたのである。


「そういうことが大嫌いだと言っていた筈なのに、あの人は……」


 そうすることはただの偽善だと言って(はばか)らなかった彼が、どういうつもりか意外なことをするものだと思うマーヴェリーだった。


 そしてそれが誰の行為か、彼には判っていた。少女に僅かだが残る〝魔導〟の『流れ』が、彼がやったものだと雄弁に語っている。


「私に訊きたいことがあったのですね、副長」


 子供達と共に帰途に着きながら、マーヴェリーは心の中で呟いた。


 きっと、どうして『ウルドヴェルタンディ・スクルド』に自分のコピーが存在しているのか、だろう。


 好きで自分の細胞を提供したわけではない。


 自分は『ウルドヴェルタンディ・スクルド』に行きたくなかった。


 ただそれだけだ。


 だがそう言って納得して貰えるほど、甘い相手でもない。


 だから自分の細胞を提供した。


 此処に――自分を慕ってくれている子供達のいるこの場所に、留まっていたかったから。


 そのことを理解して欲しいとは思わない。誰にも理解されなくても、自分が思う『自分の場所』に留まることが幸せだと思う。


 そして、それによって自分を慕ってくれている子供達を護りたいと思っている。


 例え――文字通り自身を削ろうとも。


「貴方なら、判る筈だ。貴方が自分を拾ってくれた『ギルド』を護りたいと思うのと同じく、私は私を慕ってくれている子供達を護りたい」


 黄昏がやがてその美しい色を失い、そして緑の大地が深い藍色から暗色に染まりつつある大地を歩きながら、マーヴェリーは傍にいる子供達一人ひとりの頭を撫で、そして「自分の場所」へと還って行った。

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