epilogue I - unchanging everyday-
〝結界都市〟の影響を受けていない場所、『郊外』。
其処から更に数十キロメートル離れた所に、その教会はある。
築百年は超えているであろう木造その教会は、本来のあるべき目的の他にもう一つの顔を持っていた。
この教会に併設されている、やはり築百年は超えるだろう二階建ての建物。其処は孤児院なのである。
それも只の孤児院ではない。
〝ハンター〟と賞金首との戦いに巻き込まれて両親を失った、またそれによって身体の機能を所々失った、更には先天的に様々な障害を持って生まれた子供達が、其処で生活している。
生活は決して楽なものではない。
両親がいないことや身体の一部が欠損している、そして障害を有しているという時点で既にそうなのだが、更にこの教会は自給自足でしか子供達を養えないのだ。
その他の収入は――主に寄付寄進などによるものだが、それも無いに等しい。
だが其処で生活している子供達は、自分達のことを不幸だとは思わなかった。
例え赤貧に喘ごうとも、身体が多少不自由でも、此処では自分達の全てを認めて貰え、そしてなんの差別もなく生活が出来る。
なんの不自由がなくても殺伐としている生活と比べると、これ以上の幸せはない。
そして子供達はその『不自由のない殺伐とした生活』を、此処に来る以前に送っていたのである。
自給自足でしか生きていけない、不自由な生活。それが子供達の心を豊かにし、そして満たしていく。
そんな生活が実は当たり前で、そして本来あるべき姿なのかも知れない。
他者を羨み、妬み、そして限りない欲望を満たしていくことが愚かな行為でしかないのを、この子供達は知っている。
その満たされた生活を与えてくれる人――この教会の神父を子供達は慕い、そして自分達と共に泥と土に塗れて畑を耕し、農作物を愛でる彼を尊敬し、このような人物になりたいといつしか思うようになっていた。
――その神父の名は、エリック・マーヴェリーという。
ダークグレーの短く切り揃えた髪と藍色の瞳の〝魔導士〟が教会を訪れたのは、既に日が傾き周囲が黄昏色に輝き始め、だがそれすら過ぎて色濃い藍色に染まり始めた頃だった。
彼は眼を細めてその沈む夕日を一瞥し、顔を顰めて羽織っているマントを靡かせて教会を見上げた。
〝結界都市〟では絶対に見ることのではないその美しい夕日は、日々殺伐とした生活を送っている彼にとっては眩し過ぎたのだろう。
教会の扉は開け放たれており、そして中へと通じる三段しかない古びた木製の階段を、まだ幼い片腕のシスターが掃き掃除をしていた。
彼女は彼に気付き、頭を下げる。その顔は左半分に酷い火傷を負っていたのか、焼け爛れた跡がある。
それは自然に出来る傷ではない。きっとなにかの兵器によって付けられた傷だ。
彼はそれを見ても眉一つ動かさずに、彼女に神父の所在を訊いた。
彼女は微笑み、そして今は畑に行っている筈だと言った。
その笑顔を見せる彼女を、彼は心から美しいと感じた。
醜く焼け爛れた顔を隠すことなく、そしてそれを恥とも思わない。
その全てを受け入れている心が美しく、そして彼には眩し過ぎた。
中へ入るように促す彼女に此処でいいとだけ答え、彼は教会の前でじっと立ち尽くしていた。
するとそのシスターが、端の欠けた茶碗にコーヒーを煎れて来てくれた。
香りからして、とてもではないが上等なものではないのが解る。だがそれを無下に断るほど、彼の心は荒んでいない。
一礼してそれを受け取り、一口飲む。
「旨いな」
そう言うと、彼女は満面の笑顔を浮かべて彼の傍に立ち、彼方に広がる緑色の大地に目を向ける。
旨いと言ったのは、嘘ではない。片腕の彼女が、来客である自分に一生懸命煎れてくれたのだ。不味いわけがない。
「一つ、辛いことを訊いて良いか? 答えたくなければなにも言わなくても良い。そして気に障ったのなら罵っても構わない」
彼女の見詰める先を同じく見詰めながら、彼は訊く。シスターはその彼を不思議そうに見詰め、頷いた。
「その顔の傷、どうしたのだ?」
その問いに微笑み、彼女は首を振った。言いたくないのだと彼は思い、そして「済まない」と言った。
だが彼女は再び首を振り、
「謝らないで。別に言いたくないわけじゃないの。ただ、このことはもう良いの。思い出したくないわけじゃないけど、もうこうなってしまった今、色々言っても仕方ないの。それに、これからのことを考えなくちゃ先に進めないから」
その心が、彼には眩し過ぎる。
自分はそう思う気持ちを失くしてしまっているから。
そして失くしたものは、もう二度と還ってこない。




