the last battle IX
「……あン?」
何が起こったのかが理解出来ないバグナスを、リケットの青い瞳が射抜く。
そしてその背後に、輝く蒼白い球体が現れている。
そしてそれを見た瞬間、バグナスは身の危険を感じてリケットから離れた。
その球体から光の帯が延び、バグナスを襲う。
それ目掛けて重力塊を放つが、光に触れると消滅しまった。その『効果』を、彼は知らない。
本能のみで戦う彼にとって、そのような知識はかえって邪魔になるから。
だが今はそれが災いした。
その光の帯は穏やかな曲線を描き、休むことなくバグナスを襲い続ける。
「拙ぃな……」
呟き、光の帯を操っているリケットを見た。彼は眼を閉じ、何やら呟いているだけだ。そしてその背後にある球体も変わらずある。
「どうしたモンかな?」
そう思いつつ、今度は巨大な重力力場を作り出した。それは全てを吸い込み、押し潰すもの。
その影響で周囲にある全てが吸い込まれ始めが、肝心のリケットは微動だにせず、その光の帯も全く影響を受けずに漂い続けていた。
取り敢えず、あの野郎を消すしかないか? そう考え、作り出した重力力場に自ら入り込む。
そしてリケットの背後にもう一つのそれが現れ、ゆっくりとバグナスが顔を出した。
それに気付き、光の帯をその方向へと放つ。バグナスはそれでも構わず重力塊を叩き付けようとした瞬間、その腕が掴まれ、リケットが放った光の帯も消滅した。
二人の間に、黄金色の長い髪とエメラルドグリーンの瞳の男が割って入っている。
その男を見て、バグナスは眼を大きく見開いた。
それが意味するものは、驚愕。
「社長……どうして此処に?」
「……どうしたもこうしたもあるか」
その男は深い溜息を吐き、バグナスの手を離した。そしてリケットに眼を移して一礼する。
「お初に御目に掛かる。私は『ウルドヴェルタンディ・スクルド』の社長、ギスカー・スルーバックだ。噂はかねがね聞いているぞ、D・リケット君」
その表情と口調は落ち着いており、だが絶対に抵抗を許さない強さがあった。
リケットはその彼――ギスカー・スルーバックを無表情に見詰めた。
「部下が迷惑を掛けたな、その非礼は詫びよう。そして今後二度と君には手を出さないと誓う。だから、君もこの件から手を引いて欲しい」
「それは無理だ」
リケットは、呟くように言った。
「これは『依頼』だ。〝ハンター〟である以上、それは曲げられない」
「何故、そのようにハイリスクなことをする。もしこれ以上戦えば、君はバグナスと相打ちになってしまうだろう。君の言う『依頼』というものはそれほどの価値があるものなのかな?」
「価値云々ではない。〝ハンター〟にとって『依頼』は、どのようなことがあっても遂行せねばならないこと。それを解除出来るのは依頼主だけだ」
「どうあっても戦うつもりか。……ラッセルの言う通り、言い出したら聞かないな、ディナ・シー」
このとき初めて、リケットの表情に動揺が走った。
それは、自分とその兄妹――【Vの子供達】しか知らないもの。
ラッセル・Vが、彼に与えた名。
「これが最後の忠告だ。戦いを止めるんだ」
静かにそう言うギスカー・スルーバックに、光の帯を放つ。
だがそれは彼の差しだした手によって消滅してしまう。
それを気にせず、左腕を振り上げた。その手にはブレードが握られている。
だがその左腕が振り下ろされることはなかった。
リケットの正面に銀色の長い髪の女性、シーリー・コートが現れてリケットに抱き付いている。
「もう、いいの……もういいの、リケット」
その耳元で囁き、彼女はリケットを強く抱き締める。
「私のために、もう傷付かないで……私はもう大丈夫だから、もう、忘れたりしないから……だから、だから貴方は、これ以上戦わないで」
それが引き金となったのか、リケットの身体が機能停止する。
そしてその両腕を形作っていた〝サイコ・マター〟が元の球体に戻って光を失い、そのまま落ちていった。
「済まないな、シーリー」
バグナスの肩を叩いて「帰るぞ」と声を掛け、ギスカー・スルーバックは彼女にそう言った。
そして彼は、その場から消え去った。
「よぉ、姐ぇちゃん」
頭をボリボリ掻きながら、バグナスは背を向けたまま言った。視線が泳ぎ、なにやら気恥ずかしそうでもある。
「そいつに『悪かったな』って伝えといてくれ。まぁ、落ち着いたら一緒に一杯引っ掛けようぜ」
「伝えておきます」
でもそれは絶対に断るだろうな……。そんなことを考えつつ、だが表情は微笑みながら答える彼女を振り返り、もう一度溜息を吐く。
こいつはとことん反則だな。
バグナスは独白した。
こんなに綺麗な――吸い込まれそうに綺麗な女に「大丈夫」と言われたら、なにも出来なくなるじゃないか。
しかも抱擁のオマケつきだし。
こういうのを見ると大抵は羨望と嫉妬を覚えるが……まぁ、リケットが相手だったら仕方ないか。
男女とも美し過ぎると、それに相応しい相手に苦労するもんだ。
「俺様みたいにな」
そしてバグナスは、自身が作り出した重力力場の中に消えていった。
それを見送り、彼女――シーリー・コートは動かなくなったリケットを見詰めて優しく微笑んだ。
そして壊れた戦闘服から覗く左胸に眼を移し、今度はその空色の瞳を濡す。
リケットの左胸には、懐中時計と重なる月の刺青が施されていた。




