the last battle VIII
自分の周囲に展開しているその〝重力結界〟を見回す。
上下の力場は丁度その重力を相殺する位置にあり、僅かでも動いたのならリケットを引き込み圧死させるだろう。
そして横を取り囲んでいる重力塊は、言うまでもなく触れるもの全てを破壊する。
「何やらマーヴェリー達はお前の機能を欲しがっているらしいが、俺はテメエの機能なんざぁ全く興味がねぇ。そもそもあの野郎共は気に入らねぇんだよ。オリジナルに勝てるわきゃあねぇくせに気位だけ高くてよぉ。ま、今回のことで三人も減ったから暫く大人しくなるだろうかな」
そう言い指を鳴らそうとするが、手が機械仕掛けの為に鳴らず、露骨に眉を顰めるバグナスだった。
だがそれが合図となり、重力塊の一つがリケットへ一直線に向かう。身動き一つ出来ないリケットは、それを躱すことが出来なかった。
だがその代わりに右腕から鞭を打ち出し、それに触れた瞬間切り離す。重力塊は鞭を一瞬のうちに吸い込み、そして爆発した。
その爆風がリケットを包むが、彼はその場から微動だにしなかった。
いや、出来ないし動けないのだ。
爆風が収まり、その中から両腕で頭を庇って入るリケットが姿を現す。
両腕の人工皮膚が破れ、人工筋肉が抉り取られて人工骨が露わになっている。
痛みはない。爆風を受けた瞬間に神経を切り離したから。
だがそうすると、感覚までも無くなってしまう。そして感覚の消失した腕は、使い物にならない。
リケットは持っているブレードをベルトに差し込み、その両腕を切り離した。両腕は上下にある力場の影響でその場に静止している。
「へぇ、そうきたか。どうでぇ、両腕をなくした気分は? なかなか出来る体験じゃねぇぞ」
そう言うと、遊びは終わりと言わんばかりに一斉に重力塊を動かす。
単一だけでも充分な殺傷力を誇るそれを無数に受けたなら、一瞬で消滅するだけでは済まない。
次元が歪み、この一帯全てが消し飛んでしまうかも知れない。
重力塊がリケットを包み、そして膨大な破壊力を発して弾けた。
その破壊エネルギーはリケットを包んだだけでは止まらず、真横にも放出される。だがそれを、上下にある重力力場が吸い込み、そして互いに吸収して押し潰す。
その中にあるもの全てを圧縮し尽くし、対消滅していった。
リケットはそれに飲み込まれ、そして全ての重力塊と共に消滅する筈だった。
だが彼は全くの無傷で、その場に佇んでいる。
その首からぶら下げているネックレスが蒼白い輝きを発し、三日月のペンダントヘッドが脈動していた。
「……え、えーと……」
今のはバグナス必殺の攻撃だったのだが、それが全く効いていないことで動揺していたのか、それともどうしようかと思案しているのか、彼は頭を掻きむしって素っ頓狂な声を上げた。
それを余所に、リケットは天を見上げてぶつぶつと何かを呟いている。
それが呪文であることに、バグナスは気付かない。
彼にはそのような知識がないから。
「まぁ、しゃーねぇな」
あの攻撃が効かなかった程度で戦意を喪失するほど、バグナスは脆弱な神経を持ち合わせていない。
どちらかというと、その逆だ。
再び全身に重力塊を纏い、今度はそのままリケットへと突っ込む。
「とことん面白ぇよ、リケットぉ!」
重力塊を持ち、それをリケットに叩き付けようと振り上げる。
それを、輝く『右手』で受け止めた。
なんと、リケットの両腕が再生している。
そしてベルトに差しているブレードが消えていた。
その腕は、〝サイコ・マター〟で作り出したもの。
そしてバグナスの重力塊を以てしても破壊出来ない、究極の物質。
それの持ち主はリケットとフィンヴァラのたった二人しかいない。
腕が再生しているのを目の当たりにしても全く動揺せず、バグナスは続けざまに重力塊を叩き付けようとする。
戦っているうちに解ったのだ。
理屈どうこうではなく、リケットは『なんでもあり』なのだと。
そしてそれが、楽しくて仕方ない。
邪悪に笑いながら重力塊を叩き付け続けるバグナスから素早く離れようとリケットは後退を続ける。その口は、途切れることなく呪文を紡いでいた。
だがそれを許さず、バグナスは離れない。本能的にそうしたかったから、バグナスはリケットとの距離を縮めている。
焦燥感や危機感などは、彼にはない。
ただ、今が楽しければそれで良いのだ。
そしてその楽しみを与えてくれる人物、それがリケットだったのである。
最初は、憎くて仕方なかった。
彼が贔屓にしている犯罪組織がリケットによって潰され、その敵討ちのつもりだった。
だが最初に戦い、リケットの強さに惚れ込み、自分の手で壊したいと思った。
リケットによって両腕と両足を失ったバグナスは、義肢を調整している間中そのことばかりを願ったのである。
そしてそれが、遂に叶う。
バグナスの放つ重力塊が、リケットの頭部へと迫る。
〝サイコ・マター〟の腕は間に合わない。
その重力塊はリケットの頭を直撃し――そのまま擦り抜けた。




