the last battle VI
予定外の出来事が発生し、司会のDJロッディは慌てていた。
自分は先程の戦闘――マーヴェリーとの戦闘までしか聞いていない。
そしてそれ以上はなにも起きないと、他でもないマーヴェリーに言われていた。
それがどうだろう。その彼は無惨に切り裂かれ、そればかりか予定外の人物まで現れてリケットと対峙しているのだ。
今まで予定外の出来事は数知れず遭遇してきたが、これほど予定が狂ったことはない。
「一体……どうすれば……」
そんなことを考え、なんとか滞りなく次に繋げようとしている彼の努力を余所に、空中にいるバグナスを静かに見上げているリケットは、自分の中にあるエネルギー残量を計算していた。
だがその行為をすぐに中断し、持っているブレードを握り直して集中する。
b彼の中に埋め込まれている〝タイム・チャージ〟が唸りを上げ、そしてその全身が白色に輝いた。
「おっほう、凄ぇ凄ぇ。エンジンが出すエネルギーが膨大過ぎて、バックロードしたヤツが体外に放出されているのか。面白ぇ」
言い放ち、バグナスは自身の周囲に重力塊を無数に発生させる。
何故リケットがそれほどのエネルギーを生成させることが可能なのか、そんなことは気にしない。
彼にとってそれはどうでも良いことであり、そして楽しめればそれで良いのである。
それがバグナスとマーヴェリーの決定的な違いだ。
「お前ぇが出すエネルギーと俺が出すエネルギー、果たしてどっちが上だろうなぁ!」
その発生した重力塊は無差別に飛び回り、結界壁に当たって爆散する。
極限以上に収縮された全ての物質は、その収縮が消失すると元に戻ろうとして自壊し、このとき膨大な破壊力を生む。
そしてそれは、この世界にある殆どの物質を破壊し尽くすほどのエネルギーを持っているのだ。
それは物質である限り、例外はない。
結界内に展開される破壊の連鎖を躱しながら、リケットは素早く周囲を見回した。これほどの破壊力をもってしても、この〝結界〟は全く揺るがない。それどころか、傷一つ付いていないかのようである。
そしてそれはバグナスも解っている。この結界が破られることなど有り得ない。多寡が〝サイバー〟如きが破れるほど、安っぽいものではないから。
続けざまに繰り出される破壊のエネルギーにより、徐々にではあるがリケットは隅に追いやられて行く。
それでもリケットは結界壁の全面に眼を向け、そして気付いた。
天井の角に、僅かだが歪みがある。
その瞬間、リケットの下腿が三方に開く。
其処から圧縮された空気が排出され、彼は床を蹴って跳躍した。
いや、跳躍というより飛翔したという方が正しいのかも知れない。
リケットはその左手に持っているブレードを逆手に持ち替え、そしてその歪みに突き立てた。
結界を構成しているエネルギーが悲鳴を上げ、その余波が刃となってリケットを襲う。
血飛沫が飛び、だがそれが結界のエネルギーによって焼け爛れ、嫌な臭いを発して蒸発した。
それでもリケットは、下腿から圧縮空気を排出し続けた。
そのリケット目掛けて、バグナスは腕に仕込まれているガドリング・ガンを出して斉射する。
この程度ではリケットに何の効果もないということくらい、解っている。
だがあの状況で重力塊をぶつけると、結界のエネルギーとそのエネルギーが衝突して結界が自壊する可能性もあるのだ。
飛来する弾丸に気付き、振り返りざまにリケットの肩が開く。そして其処から発せられる音響が、その弾丸を塵に変えた。
「〝フォノン・メーザー〟。そんなノもあるのかぁ!」
楽しげに笑い、しかしそのことでバグナスは開き直った。
もう結界がどうなろうと、此処にいる莫迦どもがどうなろうと知ったことではない。
もっとも、最初からそう思っていたが。
「折角だから、もっともっともっと! 楽しもうじゃねぇか!」
大声で叫び、自身の周囲に無数の重力塊を発生させる。そしてそれを、結界壁にブレードを突き立てているリケットへと一斉に放った。
「〝Equipment of Molecule Collapse by a High-pressure Electric Current〟」
リケットは呟き、そして〝タイム・チャージ〟が高速稼動する。
彼の全身を包んでいる光が増大し、左腕から打ち出された鋼の鞭がブレードに絡み付く。
光が鞭へと移動し、更にブレードに移る。
鋼の鞭は膨大なエネルギーに耐えきれずに溶解し、それでも続けて流され続けるそれによって蒸発した。
展開されている〝結界〟を破るためには、膨大なエネルギーを使わなければならない。
そして今リケットが持っている武器の中で最大のエネルギーを放つもの、それが〈EM-C-HEC=Breaker!=〉。
そして次の瞬間、ブレードが結界壁を突き破り、結界に無数の亀裂が走る。
そしてリケットは、既に結界の外にいた。
リケットが見た結界の歪み。それは魔導士ハズラット・ムーンが付けた傷に他ならない。
リケットにはそれが解っていた。
傷の付け方やその場所、そして残存する魔導による『流れ』に至るまで、全てが彼がやったものだと語っている。
ちなみに魔導には『流れ』というものがあり、それを行使する魔導士よって独特の個性があるのだ。
それは癖と定義してしまっても良く、熟達している者ならばそれを感じただけで、誰の魔導かが解るのである。
崩れ落ちる結界の破片に重力塊が当たり、弾け、そして発生した膨大なエネルギーはバグナスを包み込んだ。
だがそれは、続けて発生した巨大な重力力場に吸い込まれる。
それでも流石に完全に無傷という訳にはいかなかった。彼の戦闘服は弾け飛び、そしてその四肢に巻いてある包帯は既に意味を成していない。それどころか、左足は直角に折れ曲がっていた。




