the last battle IV
「何だ、その巫山戯た物体は!?」
どうやら面食らったのは、リエだけではないらしい。アスファルトを陥没させたその女が逆上してそう言う。あれほどの衝撃と打撃を受けたのに、そのダメージは無いようだ。
そうなるのも無理もない。思わずそう思ってしまうリエである。
体が半回転したばかりかアスファルトが陥没するくらいの衝撃を喰らわせた相手が『まぁぶる』だったとしたら、きっと自分でもそう思うだろう。
ダメージが無さそうなのは釈然としないが。
そんなことを考えつつ頷き、ひとりで勝手に納得していると、
「寒冷地仕様『まぁぶる』だ。どうだい、面白いだろ? HA! HA!」
そんな声がした。
言われてみれば、この『まぁぶる』はふかふかの帽子を被り、マフラーをしてコート――いや、マントか?――も羽織っている。これはなかなか斬新だ。次の商品の参考になるかも知れない。
「じゃなくって」
独白し、リエは声の方を見た。其処にはバックルが何故か無数に付いた革のズボンを履いて、コートをだらしなく羽織った白髪の男がいる。
その口元には笑みが浮かんでおり、そしてその双眸を隠すように大きなサングラスを掛けていた。
男はゆっくりとリエの前に立ち、コートのポケットに手を突っ込んだまま振り返りもせずに、自分を睨んでいる女を見た。
そしてその足に、『まぁぶる』が頬摺りをしている。
「貴様……何者だ!?」
その質問に肩を竦め、上を見上げて深く溜息を吐く。
「……やれやれ、滅多に外出しないからこんなことになるんだろうね。でもまぁ、ファウルやリケットみたいに有名じゃないとは解っていたんだけどねぇ」
そう呟き、自分に向けられている銃口を指差す。その指先から触手がゆっくりと生えてくる。
その不可解なものがその銃口に触れた刹那、高圧電流が流れてその女性が炎に包まれた。
「俺様はDB。覚えておきな」
再びポケットに手を突っ込み、口元に笑みを浮かべて鼻で嗤う。
だがそれになんのリアクションも見せず、残った二人の女は一斉にDBへ銃口を向けた。
この至近距離で斉射されたら、彼の傍にいるリエとミリアムもただでは済まないだろう。
「DB――【Vの子供達】の長兄。その〝能力〟は〝エレクトロキネシス〟。……だが同時に〝サイ・デッカー〟であるという非常識な人物でもある」
女性の一人が、棒読みで独白する。その瞳が、電子機器の様に点滅していた。
何故非常識かというと、〝サイ・デッカー〟は〝サイバー〟に限りなく近いからだ。
いや、近いどころかコンピューター制御を目的とした〝サイバー〟だと思ってしまっても良い。
つまり、〝サイ・デッカー〟は〝PSI〟を残存させられないのだ。
よって〝PSI〟を残存させているDBは、非常識以外の何者でもないのである。
「へぇ」
サングラスを中指で僅かに下げ、爬虫類の様な瞳孔を二人の女に向ける。
その鋭い視線が、二人を射抜く。だが二人はそれに、全く気付いていない。
「〝サイ・デッカー〟としての実力は〝結界都市〟随一。だが戦闘能力は【Vの子供達】の中で最低ランク」
「……まぁ、一般的な評価はそんなトコロだろうねぇ。そもそも引き籠りだし」
サングラスを戻し、肩を竦める。そしてその口元は皮肉っぽく嗤っていた。
「確かに俺様は戦闘向きじゃないなぁ。面倒臭いし。どちらかというと、事務職向きだね。だけど、お前ら如きに後れを取るほど莫迦でも間抜けでも無能でもないよ。それに、戦闘向きじゃないヤツが戦えないって誰が決めた?」
その言葉を聞いても全く反応せず、その女性達はDBとリエ達の回りに六角形のものを放り投げる。それは街明かりを反射し輝きながら、だが重力に従わずにその場に静止した。
「……鏡?」
そう呟くリエの言葉を遮るかのように、向けられた銃口が輝き高圧レーザーが打ち出された。それはDBやリエではなく、空中に静止しているもの――鏡に向けられたものだ。そしてその結果、レーザーが反射して三人を囲んだ。
続けざまに打ち出されるレーザーを見て、リエはミリアムを強く抱き締めた。
その傍らには『まぁぶる』がいて、リエをじっと見詰めている。
『まぁぶる』はリエと目が合うと、その愛らしい瞳を細くして「にぱっ」と笑った。




