the last battle II
暫くリエに頭が上がらなくなりそうだ。そう思いつつ出されたコーヒーを一口飲み、少し首を傾げて氷糖を小匙五杯ほど立て続けに投入する。
[セフィロート]のコーヒー用砂糖は、全部氷糖である。
「……いつも思うけど、どうしてそれだけ甘い物を飲み食いしていて太らないのよ?」
それを見ていたリエが、心底不思議そうに訊く。するとミリアムは、またかという顔になって溜息を吐いた。そんなに太らない体質が羨ましいのだろうか? そんなことを思い、レモンティにレモンをまとめて三切れ入れてかき回しているリエを見る。
「貴女こそそんなに酸っぱいものをよく……ああ、そうなんだぁ。おめでとう」
「なにがよ?」
まだ熱いそれをすすりながら、横目でミリアムを見る。何故が意味ありげに笑っていた。
「時間がないとか言いながら、ちゃっかり逢ってすることしてるんじゃない。で、予定日はいつ?」
「……ねぇ、ミィ……私、妊娠していないよ」
「なんだ、詰まんない」
そう言うと、激甘になっているコーヒーを飲み干す。そしてリエの前にあるクッキーを取り、口にした。
「……って、それだけなの? もっとさぁ、色々訊かないの? 何処まで行っているの? とか、結婚しないの? とか……」
「別にぃ。だって、もしそうなったらアンタ黙っていないでしょ?」
まったくもってその通りだけに、何も言えないリエである。
それを尻目に、ミリアムは熱いコーヒーをお代わりしている。負けずにお代わりしたいのだが、まだ飲み切っていない。猫舌のリエにとって、それは絶対に出来ない芸当であった。
「御注文ハ?」
談話している二人に、フィンヴァラが訊く。すると二人は途端に黙り、真剣にメニューとの睨み合いを開始した。
待つこと暫し、リエがメニューを閉じて、グラスを磨いているフィンヴァラに一言、
「マスター、お好み焼きって、ある?」
「ちょっと待てえぃ!」
思わず突っ込むミリアムだった。
「どうして此処にお好み焼きがあるっていうのよ? あるワケないでしょうな! そもそもメニューの何ぉ処ぉにそんなンが書いてあるのよ!?」
「アリマスヨ」
激昂するミリアムを余所に、涼しい顔でフィンヴァラが言う。もっとも、その表情は変わることがないのだが。
「…………………………ねぇ、マスター、鯖の味噌煮って、ある?」
絶対にないだろうと思いつつ、思わずミリアムが訊くが、
「アリマスヨ」
それが当然であるかのようにフィンヴァラは答える。
「……………………………………知らなかった」
頭を抱えてカウンターに突っ伏すミリアムだった。だがリエは至って平気で、
「マスター、紅ショウガは入れないでね。私、人工着色料べっとりのあれは許せないの。だって色が付いちゃうし、味が壊れるでしょ? それから、エビは大盛りにして玉子も入れてね。玉子は半熟にして、固くならないようにして頂戴。そうそう、それからチクワも入れて。実はあれを入れると美味しいのよ」
細かい注文をしていたりする。それを何事もなかったかのように承諾し、フィンヴァラは奥へと消えた。そしてその光景をじっと見ていたミリアムは、ただ呆然としている。
そして程なく、フィンヴァラが皿を二つ持って現れた。一つはリエが注文したお好み焼き、そしてもう一つは……鯖の味噌煮が盛り付けられている。それを見たミリアムは、まさか本当に鯖の味噌煮が出てくる筈がないと心の何処かで思っていたのか、口をパクパクさせているだけだった。
「わーい、マスター上手。美味しそう♪」
出されたお好み焼きを箸で突いて冷ましながら、呆然としているミリアムを見る。そして……横からこっそり鯖の味噌煮を手元に引き寄せた。
「……マスター、どうして鯖の味噌煮があるの、よ!」
呆然としながらミリアムが言う。そして引き寄せているリエの手元数センチ手前に、持っている箸を突き立てた。
「あたしの鯖の味噌煮を盗るんじゃない!」
「えーん、良いじゃない美味しそうなんだからー」
箸を握り締めたまま、両手を頬に当ててにっこり微笑む。だがミリアムはそれを冷ややかに見詰め、
「だからって、私が注文したものを盗って良いという理由にはならないわよ」
「いや、でもほら、ミィってば茫然自失していたでしょ? 折角の料理が冷めたらなんかヤだなーって思ったのよ。昔から言うでしょ、『飯は熱いうちに喰え』って」
「全っ然解んない。そもそも何なのよ、その『飯は熱いうちに喰え』っていうのは?」
「ご飯が冷めちゃうと美味しくないでしょ? だから昔の偉人はそう言ったのよ」
「猫舌のアンタには死ぬほど似合わない台詞だわさ。そもそもそんな諺はないでしょうな」
「既存の概念に囚われていたら、より良いものは作り出せないのよ。……ふ、そんなことも知らないようじゃあまだまだね。当分は副社長と秘書の兼任は続けて貰うわ」
秘書なんか雇う気がないくせに。そう思ったが口にせず、得意げに長い髪を払いつつ不敵に笑うリエを半眼で一瞥し、鯖の味噌煮を箸で突く。
そしてそれを咥えて隣のお好み焼きを見た。
妙に美味しそうに見える。
人が食べているものは、往々にしてそう見えるものだ。
そしてミリアムは、フィンヴァラに『飯は熱いうちに喰え』という言葉について力説しているリエの手元にある、冷ますために切り分けてあるお好み焼きを見事な早業で摘んで頬張った。
「あああぁぁぁぁぁああああああぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー、私のお好み焼きぃ!」
「あら、気が付いたの?」
大声を上げるリエに一瞥すら与えず、涼しい声でミリアムは言った。その態度が気に入らなかったのか、リエは箸を振り回して喚いていた。その姿は、既に駄々を捏ねる子供である。




