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 impossible is made possible VI

 盛大な花火と共に、大音量で音楽が流れる。


〝結界〟の景色が一変し、今度は灼熱の砂漠になった。そして凍り付いた『それ』は、雪景色と共にやはり消失している。


 その変化に眉一つ動かさず、リケットはゆっくりと煙を吐く。


 少しでもエネルギーを補給しようとしているのだが、端から見ているとその仕草は余裕以外のなにものでもない。


 そしてそれが、観衆を更に熱狂させる。


「残エネルギー12.6%……起動可能時間0.0852タイム……〝shock wave〟……エネルギー不足のため使用不能……」


 戦闘服もなく、エネルギーも少ない。そして……〝結界〟に包まれて逃げることも出来ない。


 この絶体絶命の状況下でリケットは……嗤っていた。


 程なく風が渦を巻き、その中心に顎髭を蓄えたスーツ姿の男が現れた。


 その男、『ウルドヴェルタンディ・スクルド』の幹部の一人であるマーヴェリー。


「どうだったかな、私が趣向を凝らしたイベントは。楽しんで貰えたかね?」


 そう言いつつ、ゆっくりと砂の上に立つ。


 それに一瞥すら与えず、リケットは根本までになった煙草を捨てた。そして両手をだらりと下げたままマーヴェリーを見る。


「煙草のポイ捨てはマナー違反だが?」


 真剣な顔で惚けたことを言うマーヴェリーに無言で答え、リケットは静かに立ち尽くす。


 その表情からは、なにも読みとれない。


「……何か言ったらどうです? それとも言うだけの気力がありませんか?」


 口元に笑みを浮かべ、じっとリケットを見る。この瞬間、彼はリケットの分析をしていた。


 骨格から体内に埋め込まれた機械、そして神経系と人工脳に至るまで全てを透視し、そしてデータを弾き出そうとしている。


 だが――


「……莫迦な……! そんなことは有り得ない!!」


 突然、マーヴェリーが大声を上げた。


 それは丁度リケットの脳と神経系をスキャンしているときだった。


 彼の、リケットの脳と神経系は、全くのノーマルだったのである。


 つまり、その部分に限り機械などは埋め込まれていないのだ。


「そんなことは、絶対に有り得ない筈だ。そもそも物理的に不可能! もし可能だとしても、どうすれば他に類を見ないほどの反応速度を弾き出せる!?」

「……気が済んだか?」


 混乱するマーヴェリーを見据えて呟き、そしてリケットの両足のモーターが唸りを上げて砂を蹴る。


 瞬間的に音をも超える速度を弾き出すその両足は、砂の地面など全く関係なく加速が可能。


 そしてその速度での接近は、大抵の生物は反応出来ないばかりではなく、それによって生じる衝撃波だけでも絶命するだろう。


 だがマーヴェリーは、その身体に纏っている風をクッションにしてそれを防ぎ、弾かれたまま宙を舞い、そして静止した。これでは空を飛ばない限り、攻撃するのは不可能。


「……それに……貴方の中には面白い物がありますね。〝次元変換装置(タイム・チャージ)〟ですか。サイズは……随分小型ですね、30ミリの立方体」


〝次元変換装置〟とは、時間という無限のエネルギーを変換して使用する装置である。

 だがそのエネルギー変換能力は低く、食物摂取によるエネルギー補充の方が遙かに効率が良いのが実状だ。


「一体なにを考えてそのような役に立たない物を埋め込んだかは知りませんが……良いでしょう。貴方を捕らえて研究します」


 砂塵が舞い上がり、それがリケットの身体を激しく打ち付ける。そしてマーヴェリーは、鞭の届かない場所まで上昇した。


「なるべく傷は付けたくありませんので、あまり抵抗はしないで下さい。もし抵抗したのなら、命の保証はありません。もっとも、その満身創痍の状態で抵抗出来るとは思えませんがね」

「……そう思うか?」


 勝ち誇るマーヴェリーを見上げ、薄く嗤う。


 だがその双眸は哀れみで満ちていた。


 そしてそのような表情を作ることは、〝サイバー〟には不可能だ。


 だがその表情に、マーヴェリーは気付かない。


 彼は更に集中し、大気を操作し竜巻を引き起こす。いや、それは既に竜巻を遙かに超えていた。

 それに近付くだけで、全てのものは切り裂かれてしまうだろう。


 リケットは、動かない。


 いや、動けないのだ。


 さきほどの高速移動で、殆どのエネルギーを使い切ってしまった。


 そして補充するだけのものは、高カロリー薬も、「煙草」も、ない。


 風の刃が、リケットのコートを、肉体を切り裂いていく。その長い黒錆色の髪が、風に翻弄されて逆立つ。


 そして……彼は虚ろな眼で呟いた。


「……『脳が疲れる』ことはしたくなかったが……仕方ない……『僕』は、まだ死ぬわけにはいかない」


 その瞬間、全身が白色に輝いた。

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