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9impossible is made possible I

 17.43タイム。


 ファウル・ウェザー病院の〝RAR・ラボ〟病棟で、形成外科部長ベンディス・ア・ママイ――ベスは全ての治療を終えて安堵の溜息を吐いた。


 こんなにも困難で複雑な治療は、初めてだった。そして、その治療の工程が余りに高度過ぎる。

 例えこの治療を学会で発表しても、誰も理解しないし理解出来ないばかりか、一蹴されて終わりだろう。


 それほどこの治療内容は複雑で――怪奇だった。


 もっとも、自分は院長が指示した通りにしか治療は行っていない。


 形成外科的な技術と知識では院長を上回っているということは自他共に認め、そしてその自負と自信もあった。


 だが院長の指示は、その自信を根底から覆すほどの理論と技術が込められていた。


 画面に表示されているその治療データを一瞥し、ベスはもう一度溜息を吐く。


 幾ら院長が、


「この治療は今回限り、彼女に限り有効な治療だ」


 と言ったとしても、それだけで納得出来るほど向上心がないベスではない。


 なんとしてでもこの理論を習得し、より高度な医術を身に付けたいと思っている。


 だが――


「………………全然~~~~~ん、理解出来ないです~~~~~ぅ」


 間延びした口調で独白し、寝癖がそのままでアホ毛が立っている頭をぼりぼりと掻く。


 どう考えても、この治療内容は人間の治療ではない。そしてこの世界の人々――〝サイバー〟や〝ハイパー〟の治療ですら、ない。


「どうして~~~~ぇ、こういう~~~~ぅ、治療をするのです~~~~~ぅ?」


 この治療で、果たして彼女、ジェシカ・Vが再生出来るのだろうか?


 だが院長がそれで良いと言った以上、自分はそれへの異議は許されない。


 何故なら院長――ファウル・ウェザーは治療に関しては常に正しいからだ。


 絶対に失敗はしないし、それが許されない人物なのである。


「ヒントは~~~~ぁ、彼女の~~~~~ぉ、脳幹に~~~~ぃ、あると思うんですけど~~~~ぉ」


 彼女の脳幹に施されていたプログラム。自分はこれを解読しようと試みたが、出来なかった。


 だがファウル・ウェザーはそれを見ただけで理解し、即座に診断と治療方針を打ち立てたのである。


 何故それが出来るのかが不思議で仕方なく、そしてそれを見た瞬間にベスの知的興味が湧いて来た。


 ファウル・ウェザーに、絶対これを解読したいと直訴したのである。


 彼はそれをあっさりと認め、マスターデータを渡した。そのデータは、今ベスの眼の前のモニターに表示されている。


「う~~~~~~~ぅ…………」


 理解し難いのは相変わらず。一体なにをどのようにしたら解読出来るのだろうか?


 そんなことを考えながら、〝RAR・ラボ〟の中にある脳の一部と脳幹――ジェシカを見詰めた。


 経過は良好。約半年で完全に再生出来るだろう。〝ドラゴン・アシッド〟で汚染された部分も、〝ナイトメア〟によって植え付けられたウイルスも全て取り除いた。


 今、自分達に出来ることは、待つことのみ。


 視線を移し、再びそのデータに目を通す。塩基配列のみを見ると、確かに生物のそれなのだが……それだけだ。


 この配列では生物としては機能しないし、生体の螺旋――ゲノムに至っては見たこともないもの、四重螺旋になっている。


 つまり単純に考えると人の倍なのだが、実際は其処まで単純ではない。


 そもそもそのようなものは、この世に存在していない。


 そしてそれらの配列を統合して仮定すると、ただの無機質と同等になる。


 もっともそれは、ゲノムを無視して考えた場合だが。


 それなのにファウル・ウェザーはこのままで良いと言った。


「可能性として~~~~ぇ、ジェシカさんは~~~~~ぁ、人ではないという~~~~ぅ、結論になる~~~~ぅ。でも~~~~~~ぉ……」


 人でなければ、どうして有機体であり塩基配列がそれなのだ? 解らないことばかりで頭を抱えるベスだった。


「ほう、これはまた、見たこともない生体構造だ。実に興味深い」


 聞き覚えの全くない野太い声がし、ベスは慌てて振り返った。


 その首が、いきなり掴まれる。


「これが生物のものなのか? だとしたら実に興味深い。是非とも解読して後学の足しにしたいな」


 首を掴んでいる手に力が籠もり、ベスの首が悲鳴を上げた。だが彼女は必死にその腕を掴み、それを消し去った。


「……ほう、小娘の分際で……だが見事な〝イレイザー〟だ。これほどの能力者がいるとは、流石ファウル・ウェザー病院」


 床に転がる腕を拾い、そしてなくなった部分に付ける。それだけで腕が再生した。


「……なんて、強力な〝ヒーラー〟……」


〝ヒーラー〟とは、生体における異常を癒したり再生する〝能力〟。


 そしてこれほど強力な〝ヒーラー〟は、この病院でも少ない。


 噎せ込みながら呟くベスに、現れた者――スーツ姿でアタッシュケースを持った口髭を生やしている男――マーヴェリーがゆっくりと近付いて行く。


「其処を退いてくれないかな? そうすれば君には危害を加えない」


 再生した腕の具合を確かめるように動かしながら、低いが良く通る声で呟くように言う。


 だがベスは首を横に振った。それをしてしまったのなら、自分は医師失格だから。そしてそうするほど、臆病でもない。


「わりゃあ、こっから生きて出られると思っとぅか!?」


 ベスの腕から電撃が迸り、マーヴェリーを直撃する。だが彼はそれを、口元に笑みを貼り付かせたまま片手で弾いた。その腕には、風が渦を巻いている。


「ふむ、なかなか良い攻撃だ。だが電撃は大気中では直進しないということを知っているかな? 使うのなら伝導体を巧く使用するべきだった。では、そろそろそのデータを渡して貰おうか」


 言うなり、〝RAR・ラボ〟病棟に強烈な風が発生した。デスクに置いてある資料が宙に舞い上がり、切り裂かれる。


 だがそれだけではない。風はどんどん強くなり、周囲にある機器も悲鳴を上げた。


「やるなら、これくらいやらないとな。どうした、此処を護るのではなかったのか?」


 自分を見下ろしている男を睨み、そしてベスは全身から電撃を放った。そのあまりに強力な電力に、空気がプラズマ化する。


 だがマーヴェリーの放った風は、それすら巻き込んで更に巨大化した。その衝撃で、ジェシカが浸かっている〝RAR・ラボ〟に亀裂が走る。


「ダメ、止めて、壊さないで!!」

「そう言えば止めるとでも思ったか?」


 絶叫するベスを冷たく見下ろし、マーヴェリーは〝能力〟を解放し続けた。


 亀裂が大きくなり、そして、遂に〝RAR・ラボ〟が割れた。


 満たされている羊水が流れ出し、その中に浮かんでいるジェシカの脳と脳幹が押し流される。


 そして――ベスの声にならない悲鳴が病棟に響いた。

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