stage of struggle II
『病院』のICUを一望出来る部屋で、エリック・マーヴェリーは出掛ける準備をしていた。
既に17タイムを過ぎ、中央公園では楽しげな音楽と共に大規模なイベントが行われている。
それに、もうじき〝彼〟が来る筈だ。
餌は蒔いた。後は、掛かるのを待つだけ。これが巧くいけば、あの天才と言われたラッセル・Vの最高傑作を手に入れることが出来る。
いや、それが無理でもせめてその構造を解明出来る筈。そしてそうすることにより、〝ウルドヴェルタンディ・スクルド〟は更なる発展を遂げるのだ。
「随分と楽しそうね、エリック」
背後から声を掛けられた。だがその声は聞きなれたもの。
声の主はキョウ。自分の大切な――仲間だ。
「ああ、楽しいぞ。これからあの天才が作り出した最高傑作を手に入れるのだからな」
そう巧くいくかしら? そう思ったが声に出さず、振り向きもしない同僚を詰まらなさそうに見る。
そしてICUに眼を移し、一番奥の〝バイオ・カプセル〟に横たわっている女性――自分を見詰めた。
カプセルのカバーは透明で、その美しい裸身が露になっている。
「……何度も言うようだけど、どうしてあたしは裸のままなの?」
せめて半透明のカバーにして欲しいと思う。だがそう言ったところで……。
「医療機関では観察のためにそういうことは出来ない。それに〝バイオ・カプセル〟は余程のことがない限り開けられないしな」
……観察の意味なんてあるのかしら?
そう思ったがなにも言わず、テーブルに腰掛けた。
そもそも、自分はなんの治療も受けてはいない。
その必要もないから。
それに此処にいる理由も、一つしかない。
安全に自分の肉体を保管しておきたいだけだ。
『ウルドヴェルタンディ・スクルド』の社員である限り、追い出されることもないし。
「で、〝彼〟には話をつけて来たのか?」
ネクタイを直しつつ、訊く。
キョウは「ええ」とだけ答えた。
「ご苦労。それでは私はこれから中央公園に行く。一緒に行くか?」
アタッシュケースに書類と端末を仕舞い込み、一瞥してから訊いた。その視線は、一緒に行くことを確信しているかのようだった。
だが、キョウは首を横に振る。
「あたしは、行かない。あの人が戦っているところを見たいのは確かだけど、それ以前に分析される様を見るのはイヤ。あの人はあの人のまま、そっとしておきたいの」
「……そうか。だが我が社の更なる発展のために、〝彼〟の分析は不可欠だ。それは解っているだろう?」
「……ねぇ、これ以上発展させて、どうするつもりなの? あたしには貴方がなにを考えているのかが解らないわ。それに、本当に社長はそれを望んでいるのかしら?」
「会社が発展するということは、なにに於いても重要だ。社長もそれを望んでいる筈」
本当に、そうかしら?
そう独白し、キョウは視線を落とした。その双眸は、やはり憂いを含んでいる。
「ねぇ、話は変わるけど……〝サイバー〟って空気をプラズマ化させるほど強力な電撃って使える?」
このままだと彼と口論になりそうだ。そう思い、話題を変えることにした。
それは彼も理解していたようで、それに関してはなにも言わなかった。
代わりに少しだけ考え、難しいと答える。
「それほど強力な電撃は〝エレクトロキネシス〟以外では考え難いな。それにそもそも〝サイバー〟は機械仕掛けだ。それ自体が電撃に弱い」
「あら、そうなの? でも、リケットは平然と使っていたわよ。然も空気をプラズマ化させてあたしを蒸発させようとした。これに関して、意見は?」
「……絶縁処理を施しているのなら、話は別だろうな。だが基本的に〝サイバー〟が電撃を使うということ自体、常識から外れている」
口元を押さえ、「へぇ」と言って少し考える。
確かにリケットは〝サイバー〟だ。それは断言できる。感情を感じないし、なによりあの爆発的な身体能力は〝サイバー〟以外では考えられない。
「じゃあ、ちょっと質問。〝サイバー〟が〝PSI〟を残存させることは可能?」
「出来ないこともない。但しどちらかの〝能力〟がかなり低下するし、寿命も短くなってしまう。何故なら〝サイバー〟になるために埋め込んだ神経機械と人口脳が〝PSI〟を拒絶するからだ」
「じゃあ、脳を弄っていなかったらどうなるの?」
「論外だな」
一息もつかさず、マーヴェリーは言った。それが不本意だったのか、キョウは小さく溜息をついた。
精神体は呼吸をすることはないが、やはりそのような仕草はするらしい。妙なことを考えるマーヴェリーだった。
「脳を弄らないのは、物理的に有り得ない。それをしていなかったら、一体どうやってあの爆発的なパワーと驚異的な反応速度を手に入れるのだ? そもそも人口神経とノーマルな脳を接続すること自体、不可能だ。反応速度に脳の情報処理能力がついて行けずに発狂するだけだ」
「一部だけ機械仕掛け、ということは出来ないの?」
どうでも良いことと思っていたが、やはり話している内に興味が湧いてきたらしく、キョウは続けて訊いた。
マーヴェリー自身も、そうされることは嫌いではないらしい。そもそも彼はそういう説明が好きだから。




