completely impossible III
『本日は予定を変更しまして、特別番組をお送りします――』
ナレーションが流れ、違う番組変更を告げる。
それを横目で眺めつつ、ファウル・ウェザーは携帯端末を持ち上げた。そして連絡をした先は――
『どうしたの?』
先ほど連絡があった女性、『クラウディア社』の社長、リエ・クラウディアだった。
「どうしたもこうしたも、一体どういうことだ?」
『さっきのこと? やっぱり気が変わったの?』
「違う、そんなことではない」
『……どうしたの、ホントに。ファルがそんなに怒っているのって、凄く久しぶりじゃない?』
端末から困ったような声が聞こえて来る。それを聞いて、ファウル・ウェザーの頭が一気に冷えた。
「済まない、少しばかり面白くないことが続いたのでな」
『あらぁ、やっぱり面白くなかった? それとも忙しくて私と逢えないから色々溜まっちゃったの? もう、ファルったら寂しがり屋の欲しがりんぼさんなんだから』
「それもあるが――」
あるんだ。リエはそう思い、今度は気合を入れて休みを取ろうと休暇のシミュレートを開始した。
一日二日じゃファルも満足しないよね、よし、最低三日。
なにが、どう、満足しないのかはさておき、私用電話なんてしないで仕事しろと念を送る秘書が引くくらいにだらしないデレ顔を浮かべつつ、そう画策する。
そして更に、ちょっと本気で仕事を終わらせよう。などといつもは本気を出していないかのようなことを考えた。
だが実はそれもあながち間違いでもなく、彼女は止められなければ独りで何処までも突っ走ってしまい、他の社員が付いて行けなくなってしまうために秘書から「本気を出すな!」とハリセン片手に怖い笑顔で止められているのだ。
「今は別件だ。それより、今日は『まぁぶる物語』が中止なのか?」
『え?』
言われて、『休暇取得大作戦』とナンセンスな銘を付けた情報を心のフォルダに記録し、少しだけ沈黙してから彼女は溜息を吐いた。どうやらモニターを点けたらしい。同じ音が受話器越しに聞こえて来る。
『……こんなの、私だって知らなかったわ。無断で番組を変えるなんて、どういうことなのかしら? スポンサーの弊社にケンカ売ってる?』
勝手に番組を変えられたことを怒っているようだ。それもその筈、『まぁぶる物語』は『クラウディア社』が独占スポンサーだ。
それを何の連絡もなく勝手に変更するなどという行為は、許されない。
『連絡してくれてありがとう。仕事が増えちゃったけど、これを知らなければ〝結界都市〟の笑いものになるトコだったわ。それにしても、私も嘗められたものね』
「まぁ、無理はするなよ。それから、今度の食事の件は無かったことにしよう。なにやら忙しくなるらしいからな」
『あら、無しにして良いの? もしかして、なにかヘンなことを企んでいるんじゃないでしょうね? まぁ、私としては少しくらい企んでくれた方がいいけど』
貴方って妙なところで真面目だし。そう付け足して喉の奥で笑う。
悪戯っぽく笑う彼女の顔が容易に連想でき、ファウル・ウェザーは苦笑する。
だがそれを悟られないように、
「なんだ、それは?」
呆れたように溜息を吐きつつそう言うと、彼女は笑って『冗談よ』とだけ言い電話を切った。
通話が切れた端末をデスクに置き、ファウル・ウェザーは少し考えてから再びそれを持ち上げた。
『有難ウ御座イマス。此方[せふぃろーと]デス』
連絡先は、フィンヴァラのカフェ[セフィロート]だった。
「私だ」
『……オヤ、一体ドウシタノカナ、ふぁうる。「マァブル物語」ガ突然中止ニナッテ八ツ当タリデモシタイノカ?』
「お前相手に八つ当たりしても面白くない」
冗談とも本音とも取れることを言い、そしてファウル・ウェザーは出前の注文をした。
その出前先は――
『「くらうでぃあ社」ノ社長室デイイノカナ?』
確認し、更にフィンヴァラは続ける。
『念ノタメニ訊クガ、人間用ノ食事デ良イノカ?』
「当たり前だ」
ファウル・ウェザーから連絡を取る人物。それは[セフゥロート]の主人、フィンヴァラだった。そしてその主な内容は、出前だったりする。
実は[セフィロート]の主人であるフィンヴァラは、料理の達人であった。
機械で量ったかのような――実際に機械だが――絶妙な味加減と調理法は、知る人ぞ知る〝結界都市〟のグルメなのである。
だが彼は、それを知らない者には絶対にそのような料理を出さない。
何故なら、〝サイバー〟はそのようなことが出来て当然と思われるから。
それに、機械が作る料理は所詮機械の料理と思われるのが嫌だから。
フィンヴァラは、自分を理解しない者にはそれ相応の対応しかしない。
それが彼のプライドであり、譲れないものなのだ。
端末を置き、もう一度だけ溜息をついてモニターを見た。其処には〝結界都市〟の中央公園が映し出されている。
なにやら大規模なイベントが行われるらしい。
だがファウル・ウェザーにとって、それはどうでも良いことだった。
徐にモニターの電源を切ろうとしたとき、聞き覚えのある名前が出演者として名を連ねていた。
『第一回目の出演者は、最強の〝サイバー〟D・リケットです』




