completely impossible II
「……おや、怒ったのかい? 怖い怖い。どうやらあんたも『クラウディアの信者』らしいね。下らないことだ」
本日のこの番組を楽しみにしている者達を揶揄するとき、必ず使う言葉がある。
それが「クラウディアの信者」。
何故なら、この番組のスポンサーが『クラウディア社』であり、更にその番組は、この〝結界都市〟の顔とも言うべきキャラクターが主人公だからである。
「あんたの〝能力〟は既にリサーチ済み。その不可解な〝魔眼〟にさえ気を付けていれば、恐れることなどなにもないのさ。あんたの〝能力〟、それは〝サイコプレイヤー〟をメインにした〝PSI〟。そしてそれを封じ込めるには、この『ノルン』謹製〝対PSI〟装置――〝サイオ・ジャマー〟が役に立つ」
そう言い、男は懐から小さく振動する直径5センチメートルほどの球体を出し、床に放り投げる。
その瞬間、凄まじい衝撃がファウル・ウェザーの身体を包み込んだ。
〝サイオ・ジャマー〟。それは全ての〝PSI〟のを完全に封じるために開発された対抗兵器。
だがその大きさは、どれほど改良しても直径三〇センチメートルほどにしかならない筈だった。
「我が『ノルン』の新製品はどうだい? なにも言えないだろう? 何しろ〝PSI〟はそれを封じられると、身動きすら出来なくなるらしいからね。って、実は会社で実験済みなんだけど。さて、そろそろ死んで貰うよ」
男の右腕が硬質化し、一振りの剣となる。そしてそれは、身動きの出来ないファウル・ウェザーの胸を貫いた。
鮮血が飛び散り、院長室の床を真紅に染める。
そしてそれは止めどなく流れ続け――染まった床に片膝を付いた。
立っているのは、ファウル・ウェザーのみ。
「誰が〝PSI〟だって?」
胸を貫かれたまま、冷たく男を見下しながら言い放つ。
「このファウル・ウェザーに気付かれず院長室に侵入したことまでは褒めてやる。だがそれだけだ。それに、貴様は私の前で言ってはならないことを言った。――誰が阿婆擦れだと?」
自身の胸を貫いている腕を抜き、その体躯では有り得ないほどの膂力で男の体ごと振り回し、そのまま本棚に叩き付ける。
だが本棚は微動だにせず、そして貫かれた筈の胸には、傷一つなかった。
そのような不可解な事象が発生する〝能力〟は、一つしかない。
「……参ったな……。どうにも実力が測れない。一体、お前ら【Vの子供達】やハズラット・ムーンはどうなっているんだよ?」
「戯言は要らん。消えろ」
そう言い、呪文を紡ぐ。そして橙色に輝いている双眸が見開かれ、その光が男を物理的に射抜いた。
「闇に還れ」
更に男の全身を闇が包む。その瞬間、男の身体を構成している蛋白質の基配列が崩れ始めた。
その苦痛は想像を絶するものなのか、それともその有り得ない超常に耐えられなかったのか、堪らず男は絶叫した。
「ファウル・ウェザー! それ程の力がありながら何故、人々を救うという愚かな真似をする!? その力があれば、全てを手に入れることも出来――」
苦痛に絶叫しながら、男は言った。
だが、ファウル・ウェザーは応えない。
応える必要がない。
そしてその義理もない。
やがて男は白骨と化し、更にそれすら崩れて床を汚した。
「阿婆擦れだと? 巫山戯るな。あいつを誹謗中傷することは誰であろうと許さん」
床に転がっている〝サイオ・ジャマー〟を拾い、軽く握る。それだけでその丸い物体は消滅した。
床を汚している男の残骸は、彼の身体から漏れ出る闇が覆い尽くし、在るかどうかすら解らない。
だがそれを全く気にせず、ファウル・ウェザーは再び椅子に着いた。
時刻は、16.59タイム。
どうやら間に合ったようだ。あと少しすると、始まる。軽快な音楽と共に、モニターにはみかんに顔が描かれたもの、『まぁぶる』が映し出される――
そして遂に17タイムになり、画面には軽快な音楽と共に『まぁぶる』が……映し出されなかった。
「どういうことだ?」
番組予定に目を通し、そしてそれが間違いではないことを確認する。
おかしい。一体、なにが起こった!?
先程の襲撃より遥かに焦燥した表情を浮かべてモニターを凝視する。
すると――




