indestructible V
『ウルドヴェルタンディ・スクルド』――通称『ノルン』は、兵器から哺乳瓶まで幅広く取り扱っている商社で、〝結界都市〟では随一の総合販売会社である。
その資本は〝結界都市〟二位で、此処が動けば経済も動くとさえ言われており、創業以来その実力は衰える所か益々発展の一途を辿っている。
武器商人が儲かるのは、いつの時代も何処の世界も同じらしい。
場所は〝結界都市〟の南、南区中央街の東側。一見すると平屋だが、実はその社屋は地下五十層にも及んでいる。
因みに〝結界都市〟一位の商社は、『まぁぶる』でお馴染みの『クラウディア社』である。
既に『まぁぶる』は、数あるファンシーグッズの中にあって〝結界都市〟の顔と言ってしまっても過言ではないといわれている。
充分過言であるのだろうが。
それもある意味驚異だが、ファンシーグッズの販売商社が死の商人である『ウルドヴェルタンディ・スクルド』を抑えて一位の座にいること自体、ある意味驚異で脅威だ。
その『ウルドヴェルタンディ・スクルド』の研究室には、下手な病院など比べ物にならないほどの医療施設がある。
だがそれは医療のための物ではなく、生体を研究するための施設なのだ。
生体の研究といえば聞こえは良いが、実際に中で行われていること、それは人体実験。
勿論そのような行為がまかり通る筈はない。もしこれが公表されたのなら、『ウルドヴェルタンディ・スクルド』は世界中からあらゆる手段で攻撃され、そして消滅するだろう。
だが、それでも続けなればならない理由がある。この会社にではなく、創始者であり代表取締役である、ギスカー・スルーバックに。
だから、彼は優秀な人材を集めた。
極秘に、精密に精緻に、だが大胆に目的を達成するために。
その優秀な人材が最も集っている場所、それが〝結界都市〟北側にある純白の建造物。
その地上二十階の建造物は、生体研究をしているために『バイオ・タワー』と呼ばれている。
この『バイオ・タワー』は、〝魔導〟や〝PSI〟に対する防御機構が施されており、余程のことがなければそれらの干渉を受け付けない……筈である。
そしてそれは、その塔の開発に携ったランクSAの〝サイ・デッカー〟カペルスウェイトが開発した最高傑作のソフトで、これを破ることは同社の幹部ですら難しいと言われていた。
それほど強力な防御機構が施されている『バイオ・タワー』中にあり、更にそれが十重二十重に施してある研究室のメインコンピューターもまた例外ではなく、そのシステムに干渉することは限りなく不可能に近い。
だから、『ウルドヴェルタンディ・スクルド』の殆どのデータは其処にあり、開発者であるカペルスウェイト自らが管理している。
だが、それほど強力なプロテクトが掛かっていたとしても、それを打ち破ろうとする輩は多い。
それこそ星の数だけ。
だがその多くは、彼の作ったプログラム『エクスキューショナー』によって抹殺される。
そしてその作業は自動で行われるため、彼自身が手を下すまでもないことか殆どだった。
過去、彼自身が手を下したことは……実は一度もない。
だがそれが必要になる出来事が起こったのは、時計が16.52タイムを表示した時だった。
研究員達が忙しなく動き回るのを尻目に、カペルスウェイトは座り心地の良い椅子に座り、革のスパッツを履いた足を大股開きして、仰け反るようにテレビを観ていた。
因みに上半身はタンクトップ一枚である。どうやら〝サイ・デッカー〟という人種は、その格好が好きらしい。
この時間は、いつもそうやってテレビの前で待機しているのが日課である。彼は一日たりともそのスタイルを崩したときなどなく、今日もそうなるだろうと思っていた。
だが、突然メインシステムの警報がけたたましく鳴り始め、彼は溜息を付きつつ困惑している研究員達の方を見る。
「……へぇ、またハッキングかい。物好きなこったな。一体誰よ?」
防御はシステムに任せれば良い。そう思いつつ長い髪を後ろに払って頭を掻き、掛けている丸いサングラスを中指でずらしてモニターを見つめた。彼の作り出したシステムは、ハッカーを撃退出来るばかりかそのような身の程知らずを完膚なまでに叩きのめし、尚且つ逆にハッキングを仕掛けることが出来る。
「……何方ですか……と。……へぇ、珍しい。〝市街〟じゃないのか。星の裏側からはるばる御出でなすったか。だが相手が悪かったな。ほい、さようなら」
ハッカーがシステムからあっさりと追い出される様子を観察し、再びテレビの方へ視線を戻そうとしたが、視界の隅に奇妙な文字列が映り、向き直る。そして徐に立ち上がってスピーカーのスイッチを入れ、戸惑っている研究員を押し退けてシートに座る。
「相変わらず姑息な手を使うじゃないかよ。堂々と入って来たらどうだ? なぁ〝E・ヘッド〟」
片手でキーボードを弾きながら、コードを取り出して首のプラグに差し込んだ。途端に彼の身体から力が抜ける。
『……基本に忠実ナのは良いことダよ。君もソうやったらどウだい?』
スピーカーから声がした。発見されたのに、動揺している響きは感じられない。そしてその声を、研究員達は聞いたことがない。
だがそれは〝サイバー・ワールド〟に入り込んだ〝サイ・デッカー〟からの声であるということは知っている。
そのような知識がない者は、この〝結界都市〟には存在しないから。
『はン、お断りだね。どうして俺がそんな「脳が疲れる」ことをしなくちゃならないんだよ。そもそも俺はお前とは違うんだ。この常時接続反則野郎め』
スピーカーからカペルスウェイトの声がする。この時初めて、研究員達は彼の「ダイブ」を見た。
因みに「ダイブ」とは、〝サイバー・ワールド〟に〝サイ・デッカー〟が入り込むことを指す。




