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 indestructible III

 何事かと思い顔を上げた彼女のその双眸に、複雑で不可解な紋章が刺繍されたマントを纏ったダークグレーの髪と藍色の瞳の〝魔導士〟が映る。


「人質を取りたくないのだったら、止めれば良い」


 女を易々と持ち上げ、呪文を呟く。男を掴んでいる腕が引き千切れ、噴き出した血とオイルが廊下を汚した。


 だがその染みは、数秒で消失する。この「世界の館」を物理的に汚すことは、誰にも出来ない。なにしろ別名『掃除要らず』とすら呼ばれているから。


 そして〝魔導士〟は、往々にして掃除が出来ない集団である。ハズラットは病的なくらいに綺麗好きだが。


「暫く前から入りたそうに莫迦以下どもに紛れてうろついていたから招待したのに気付かなかったか。それとも、莫迦以下が感染して理解出来なかったのか? まあいい、恨まれる覚えの有無など訊かん。貴様は私の大切な同士に手を出した。死ね」


 そう言うと、廊下の壁に叩き付ける。咄嗟に女は衝撃に備えて身を硬くした。


 だが、いつまで経ってもその衝撃はない。


 代わりに、何故か空中に自分と自分を投げ付けた〝魔導士〟ハズラット・ムーンがいる。


 どういうことだ?


 不思議に思いつつ、だが女は即座に身を捻って体勢を整え、庭に音もなく着地した。そしてハズラットもゆっくりと庭の芝生に降り立つ。


 彼は、芝の上に立っていた。


 芝生の上ではなく、()()()()()()


 それは、身体の質量と物理法則を全く無視した現象。


 一体どうやって外に出た? それに、何故草葉の上に立てる!?


 常識の埒外の現象に戦慄する女の方へと、ハズラットは眼を閉じたまま無防備に近付いて来る。


 その足音すら、無い。


 その行動が不気味だが、此処で何もしないわけにはいかない。なにしろ、相手は「魔導士ギルド」の副長ハズラット・ムーンだから。


 音もなく近付いて来るハズラットの胸目掛けて、女は集中して創り出した精神エネルギーの槍を投げ付ける。


 それは狙い違わず、ハズラットの胸を貫いた。


 鮮血が飛び散り、芝生を濡らす。


 その貫かれ、明らかに致命傷である胸から止めどなく血が滴り落ち、堪らず血を吐いて膝を折った。


 攻撃した女が。


「詰まらん」


 胸を貫いている槍を無造作に引き抜き、短く溜息をついて上を見上げ、ハズラットが呟いた。


 その身体に、無数の槍が突き刺さる。


 だがやはり、血を吐き流して倒れるのは女の方だった。


「詰まらん詰まらん詰まらん詰まらん詰まらん詰まらん詰まらん詰まらん詰まらん!」


 苛立たしげに言い捨て、付いた埃をそうするように、突き刺さっている槍を掃い退け、その手を懐に突っ込んだ。


 槍が突き刺さっていた筈の胸には、傷一つない。


「詰まらん、弱い」


 そう言って再び手を出す。その手には直径3センチメートルほどの珠が握られている。


「私を狙って来たのだったら、もう少し頑張って見せろ。せめてこの簡単な〝結界〟に傷を付けるだけの努力をするのだな」


 女は続けて電撃を放つ。眩い光が周囲を照らした。だがそれすら、ハズラットには届かない。そして全て自分に返って来る。このままでは只悪戯に自身を傷付けるだけだ。


 それに――女はあることに気が付いた。これだけ派手に騒いでいるのに、周囲を取り囲んでいるマスメディアは全く気付いていない。


「だから〝結界〟を張ったんだよ。この程度のことも気付かないのか?」


 怪訝に外へと視線を泳がせる女の心理を読み取ったのか、ハズラットが詰まらなさそうに言い、そして持っている珠を女の目の前に放り投げた。


 すると突然、夥しい煙が発生する。


 咄嗟にそれを吸い込まないように口を抑えたが、その煙は女を包むことなく、まるで生物のように一つにまとまって行く。


「出でよ〝煙魔(えんま)〟」


 ハズラットが言うと、その煙は獣の――三つ首の獅子の姿になってゆっくりとその背を伸ばした。


 それは〝魔導士〟だけが使役可能なもの――〝使(つか)(いま)〟。


 呪文を唱え、効果を発揮するまでのタイムラグを埋めるために存在する生命無きモノ。


 厄介なことになった……。


 傷付いた自身を〝ヒーリング〟で癒しながら呟き、女は再び電撃を放つ。


「無駄だというのが解らんのか。学習能力のない奴だな」


 放たれた電撃は、ハズラットのマントを滑ってそのまま女に返って行く。そしてその瞬間、マントに施してある刺繍が蠢く様を、女は確かに見た。


 そういうことか。女はそう思い、自身が放ち跳ね返された電撃を躱した。


 どうやらあのマントをなんとかしなければならないようだ。それが、どれほど困難なことかは理解出来る。


 だが自分の弾き出せる最高速度で動けば、マントくらいはなんとか出来るだろう。


 ――傷付いているこの身体で、出来るだろうか。


「出来るか――じゃなくて、やらなきゃいけないんだけどね……所詮、勝てないと解っているし。それに……」


 両足のモーターが唸りをあげる。そして女は大地を蹴り、高速でハズラットに突進した。


「私の役目は、それだから……!」


 突進しつつ、精神エネルギーでナイフを創り出して構える。


 この体ごと突っ込み、マントに傷を付けることが出来れば効果は消える筈。


〝魔導士〟のマントは、それほどまでに脆い。


「……莫迦が……」


 呟いたハズラットの傍らで、〝煙魔〟が咆哮をあげ、その姿が煙となる。そして女の胴体を包み込んだ。だがその程度で止まる筈もなく、女はそれを振り払って突進を続けた。


 あと一歩でハズラットに手が届く。


 そう思った瞬間、胴体の力が抜けて女は地面に倒れ込んだ。それはまるで、胴体そのものの筋力が全て無くなったかのような脱力だった。

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