6indestructible I
〝結界都市〟に住む人々は、大抵どのような場所であっても動揺せずに足を運ぶ。
〝トレイン・メン〟がいる列車内然り。
〝路地裏の人々〟が棲む近辺である歓楽街然り。
〝ハンター〟が多く行き来する43番街然り。
この程度で動揺していたら、この都市では生活していけないから。
だが数箇所だけ、人々が近付きたがらない場所がある。
そのひとつは――多くの〝魔導士〟が住み生活を営んでいる「世界の館」。
其処は言ってしまえば、この都市の中で数少ないなんの変化もなく、そしてこの上なく安全な場所でもある。
〝ハンター〟どもが跋扈している他の場所の方が、遥かに危険なのだ。
では何故、そのような安全地帯に人々が近付きたがらないのか。それはこの都市の中で最も不可解で、変化が無さ過ぎる場所のひとつだからだ。
人は、いつまでも変わらない場所に興味は無い。
自分の知らない不可解な場所には近付きたがらない。
そして「世界の館」は、その二つの条件を完全に満たす場所なのだ。
それに〝魔導〟は、遥けき太古より脈々と受け継がれている秘法。一般人には理解出来る筈もない。
もっとも〝魔導士〟も、理解しようとしない一般人には必要以上に理解を求めない。
そうしたところで、徒労に終るのが解っているから。
その「魔導士ギルド」の長の名は、イグドラシルという。
〝魔導〟としては最高位である〝陽〟の〝魔導士〟。
だが彼は高齢であり、更にはその姿を十年以上に渡って見せていないため、既に居ないのではないかと言われている。
そして、実質的にその全ての権限は、最高導師である〝月〟の〝魔導士〟ハズラット・ムーンが握っているという。
そのことが周知の事実だったとしても、人々はそれに触れなかった。
興味がないし、更にいうなら、触れてはいけないことのような気がするから。
〝魔導士〟が人々の注目を浴び始めたのは、歓楽街の『重力塊騒動』の後からだった。
それにより、排他的だが平穏な日々を過ごしていた〝魔導士〟達の周囲は一気に騒がしくなった。
連日のようにマスメディアが「世界の館」を訪れ、無断で〝魔導士〟達の研究室に入り込み行方不明になる者がいたり、大騒ぎをして近隣住民が呼んだ警邏に連行されたりしている。
そして正規に取材を申し込もうと許可を求める者もいたが、実は「世界の館」は唯一の特例で、取材の申込などは一切出来ない。
正規の理由さえあれば、ファウル・ウェザー病院ですら取材申し込みが可能なのだが、この「世界の館」だけは、どのような手段を用いても取材は出来ない。
理由は、ない。
出来ないから出来ないのだ。
「都市連合委員会」が定める都市憲章で、そのように定められているから。
だが通説では、何故そのようになったのかの憶測は語られている。
それによると、この〝結界都市〟を創造する際に〝龍脈〟を導いた者が、他でもない「魔導士ギルド」の長イグドラシルだったから。
彼は自室から一切出ることなく〝龍脈〟を操り、この都市の最終的な仕上げをしたのである。
その彼は、マスメディアを心の底から憎んでいるという。
何故そうなったのか、過去にどのようなことがあったのか、知る者は既に本人しかいない。そしてその後も、語られることはないだろう。
それに、多くの〝魔導士〟は往々にしてマスメディアを嫌悪している。
目立ちたくない。
人目を避けたい。
話題に上りたくない。
噂をされたくない。
静かに過ごしたい。
日向に出たくない。
陰に生きたい。
そのような者どもの集団が、〝魔導士〟なのだ。
そして最高導師であるハズラット・ムーンもその例に漏れずそういう性質で、だがその誰よりもマスメディアを嫌悪している。
いや、嫌悪するなどという程度ではなく、言ってしまえば憎悪し殺意すら抱いてすらいた。
可能であれば、この世からそれら全てを根刮ぎ駆除したいとすら考え、そして願っているのである。