表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/75

 broken reality V

「バビロン・タワー」の中心にある、一箇所だけ高く突き出ている高層マンション。其処には奇妙な噂がある。


 大概このような高級マンションに住む者達は、長者達とでも言われるのだろう。


 だが実は、このマンションから人が出入りするのを見た者は誰もいない。


 それに、其処が本当にマンションであるのかは、誰にも判らないのである。


 その証拠に、此処はマンションだと何処にも明記されておらず、そればかりかエントランスすらないのだ。


 誰が住んでいるのか、それとも何かの施設なのか、人々は知らない。


 だが一つだけ解っていることがある。


 それはこの建造物群が、「バビロン・タワー」と呼ばれていることだ――


 その「バビロン・タワー」の一角にあるマンションの前に、リケットは来ていた。


 そこは七十階まである高層マンションで、そのデザインは何処か不気味な様相を呈している。


 大抵の者はこのマンションに近付きたくないと思うのだろうが、リケットはその範疇ではなく、一切の迷いもなく構わずに入った。


 そして7001と書かれたボタンを押そうとしたその時、


『Hi、リケットぉ。俺様になんの用だい? また手伝えって言うのかなぁ? OKOK、君は古ぅ~い親友だぁ。なーんでも言ってくれぇ、出来る範囲内で協力させて貰うよぉ。勿論、有料だけどねぇ。HA! HA!』


 スピーカの向こうから声がした。そしてモニターには、ミカンに顔が描かれ、それが満面の笑みを浮かべている物体――「まぁぶる」が映し出されている。


『ま、こんな所で立ち話もなんだからぁ、とにかく入ってくれよぉ。茶でも煎れるぜぇ』


 その声が途切れると、入り口が自動的に開く。そしてリケットを出迎えたものは、愛らしい表情を浮かべる「まぁぶる」だった。


「まぁぶる」のファンは、どうやらファウル・ウェザーだけではないらしい。


 リケットを上目遣いで見詰める「まぁぶる」は一度くるくると回って逆さになり、弾んでから元に戻ってリケットに背(?)を向けると、そのまま前に進み始めた。

 そして少しだけ振り返り、リケットが動かないのが解ると頬(?)を膨らませて弾んでいる。


 どうやら付いて来いということらしい。リケットはなにも言わず、その物体――「まぁぶる」に付いて行った。


 丸い身体を弾ませながら、「まぁぶる」はリケットを無数にあるエレベーターの一つに導いた。


このマンションは、60階より上層になると一部屋に一基エレベーターが備え付けてある。

 そして65階以上になるとワンフロア全てが一つの住居となっているのだ。

 然も完全防音。上階で例え爆破騒ぎがあったとしても、階下の者には振動すら伝わらない。


「まぁぶる」が導いたのは7001と書かれたエレベーター、つまり最上階の部屋だ。

「まぁぶる」とリケットがその前に立つと、自然に扉が開く。


「いらっしゃいませぇ」


「まぁぶる」とリケットが入るなり、声がした。そして水着姿の女性が現れる。

 いや、女性というには幼過ぎる。少女と呼んだ方が適当だろう。そしてそれに、生命反応はない。

 それはこのエレベーターの持ち主が創り出した虚像。だが何故わざわざ水着姿の少女なのか。それはきっと、創り手の趣味なのだろう。


「このエレベーターはぁ、エイケン・ドラム様のお宅に向かいまぁす。途中で止まりませんのでぇ、御用のない方や新聞、宗教の勧誘、訪問販売、お遊び、なんとなく、テロ行為などが目的の方で、死にたくない方は直ちに降りて下さぁい」


 にこやかな表情で言う少女の虚像を無視して、リケットは壁に寄り掛かった。その反応が不満なのか、「まぁぶる」が抗議するかのようにその傍で弾んだ。しかし、それで反応するリケットではない。そのまま何も言わず、只じっとしているだけだ。


「それではぁ、上に参りまぁす。でもチョー速いからぁ、耳がキーンってしちゃうけど、ガマンしてねぇ」


 言うなり、突然エレベーターが高速で上昇を始めた。その速度は、並みの人間が耐え得る衝撃を超えている。


 これもまた、少女の虚像が言った「御用のない方」除けのものなのだろう。

 だが〝サイバー〟であるリケットにとって、それは問題にすらならない。


 何故か「まぁぶる」は、妙に辛そうな表情で震えていたが。


 七〇階に着き、扉が開くと今度はスーツ姿に蝶ネクタイをした、白髪頭で顎鬚をたくわえている初老の男がゆっくりと頭を下げて出迎えた。だが彼にも、生命反応はない。


「じゃあ、後の案内はお任せ。じゃあねぇ~」


 エレベーターから降りたリケットと「まぁぶる」にそう言い、少女の虚像はエレベーターの扉が閉じると同時に消えた。

 代わりに眼の前にいる男が、頭を下げた時と寸分違わぬ速度で顔を上げ、静かにリケットを見詰めた。

 その双眸には、如何なる感情も浮かんでいない。もっともそれはリケットとて同じだが。


「御主人様は只今作業中で御座います。御急ぎでしたら御案内致しますが、如何為さいますか?」


 そう訊く彼に一言だけ「急ぎだ」とのみ答え、リケットは勝手に奥へと歩き出した。そして初老の男も、リケットの正面に現れてから歩き出す。


 天井が高く広大なこの部屋は、一人で住むには余りに広過ぎほどのスペースを有している。

 だが壁や内装は殺風景で、見る者が見たのなら悪寒すら感じるほどに無機質だ。

 そして生活の為の調度品や家具などは、一切見受けられない。


「もし宜しければ、私めに御用の程をお伝え願えませんか」


 振り返らず、男は言った。するとリケットは、


「Aiken=Drumに用はない。Each=Uisge、出ろ。今回の仕事はハッキングとデータの完全破壊、そして登録人名の抹消だ」

「『……随分とまた荒っぽいじゃないか? どうしたんだい、リケットぉ』」


 初老の男の口から、突然違う口調と声が発せられる。その声はこのマンションの入り口で聞いたものだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ