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 broken reality IV

 感情が残った代わりに、彼は表情を無くしてしまった。そんな自分を憂い哀しむことは、彼にはない。彼もまた〝サイバー〟だから、その程度のことは覚悟していた。そして、後悔などしていない。


「But there is one thing left」


 グラスを磨く手が止まり、ゆっくりとリケットを見る。フィンヴァラの眼に映るその表情は、何故か邪悪に嗤っていた。


「to protect her. I don't know why, but that's all I remember」

「……ソウナノカ……。キットソレハ、君ガマダ人ダッタ頃ノモノダロウ。ソシテソレハ、キット君ニトッテ偽ルコトノ出来ナイ心ナノダロウネ。……ソウイウ心ハ、僕ニハ無イヨ。羨マシイコトダ……」


 そう言うと、フィンヴァラはグラスを置いてカウンターの奥へと引っ込んだ。


 暫くして戻った彼の手に、直径10センチメートルほどの球体が握られていおり、それを大事そうにカウンターに置いた。


 その球体は水晶の様に透き通っており、だがそれとは異質の、何処か不思議な輝きを放っている。


「コレガ、君ガ欲シイト言ッタ「精神感応物質」、俗称〝さいこ・またー〟ダ。以前ハ相当量ガ流通シテイタガ、〝龍脈〟ガ乱レテ来テイル今デハ、カナリ入手困難ニナッタ。同門ノ誼ダ、格安デ売ッテアゲヨウ」


 無言でその球体を掴み、ポケットに突っ込む。そしてコーヒーを一気に飲み干して席を立った。


「イッテラッシャイ。支払イハイツモノくれじっとカラ引キ落トシテオクヨ」


 振り返らずにそのまま出て行くリケットを一瞥し、フィンヴァラはカップを片付け始めた。


 そして小さいカップを持ったとき、それが真っ二つに割れた。


「……コウイウコトガ起キルト、人々ハ『不吉ダ』ト言ウノダロウネ。デモ、割ッタ本人ガイタ場合デモ同様ニソウ言ウノカナ?」


 呟き、奥のテーブルを見る。其処にはスーツを着てスラックスを穿き、サングラスを掛けた男が坐っていた。


「……御注文ハ?」


 近付き、メニューをテーブルに置いて訊く。だがその男は、にやにやと笑っているだけでなにも言わない。その口元は何かを噛んでいるのか、くちゃくちゃと動いている。


「御注文ガ決マリマシタラ呼ンデ下サイ」


 そう言って背を向けるフィンヴァラに、懐から出した銃を向ける。


 そして全く迷わずにその引き金を引いた。


 セットされているエネルギーカプセルが弾け、高圧レーザーが銃口から迸る。


 それは狙い違わず、フィンヴァラの胸を焼いた。


「……ソンナ物、コノ僕ニハ効カナイ」


 30ミリメートルの鉄板すら易々と貫く高圧レーザーが直撃した筈なのに、彼は全く動じない。そればかりか、傷一つ付いていなかった。


「しゃつニ穴ガ開イタ。コレハ僕ノオ気ニ入リダッタンダケドネ」


 そう言いながら振り返る。小脇には銀のトレイを抱えていた。そして今彼が持っているのは、それだけだ。


「やっぱ、通用しねぇかぁ?」


 銃を手の中でくるくる回しながら、男は肩を竦めて立ち上がった。


 そしてサングラスをずらし、上目遣いでフィンヴァラを見る。その双眸は、獲物を狙う野獣そのものだ。その鋭い眼光を浴びたものは、恐怖で動けなくなるだろう。


「貴方ハ、ドチラ様デショウカ? 少ナクトモ僕ハ人ニ恨マレルヨウナコトハ、一切シテイマセンヨ。()()


 だが所詮それは動物にしか通用しないもの。〝サイバー〟である彼に通用する筈がない。


「お前じゃねぇよ、あの〝サイバー〟に用があるんだ」


 猫背になり、ゆっくりと近付いてくる男を眼で追い、フィンヴァラはなにも言わずに襟元の蝶ネクタイを直した。


「お前はあいつに関わった。それだけで充分なんだよ。死ね」

「オ断リ致シマス。ソレニ、引退シタトハイエ貴方ニ殺サレルホド腑抜ケテハイマセン」

「やってみねぇと解らねぇじゃねぇかよ!」


 突然、男の身体が倍に膨れ上がった。服が破れ、その下から茶色の毛皮が生えて来る。そしてその顔も、鼻と口がせり出して獣の様なった。両手の爪が鋭く伸び、床に傷を残す。


「〝はいぱー〟デスカ……デモ誰ノ命令カハ知リマセンガ、僕モ軽ク見ラレタモノデスネ……」


 小脇に抱えているトレイが変形し、一振りの剣になる。


 それは、精神の力によって形を変える物質〝サイコ・マター〟。


 曇りの全くない純粋な〝龍気〟によって精製される金属。


 その硬度は使い手によって変化するが、通常でチタン合金の1.5倍。熟練者が操ると、ダイヤモンドすら両断する。


「僕相手ダト、コノ程度デモ充分ダト思ッタノデショウカ? 随分ト、莫迦ニシテイル」


 両手で剣を持ち、そして変身が終った男へと高速で突っ込む。


「Good die」


 呟き、そして男を両断した。


 その実力は、引退していても衰えることはない。


 血だらけで絶命している、なにをされたのかすら理解出来なかったであろう男の傍らに立つ、返り血を浴びているその姿は、容貌とその声に比例して冷たく、そして残忍だ。


「シマッタ……」


 剣を元のトレイに戻し、フィンヴァラが呟いた。


「店ヲ汚シテシマッタ……今日ノ日中ハ臨時休業ニシナイト……然モ、18たいむカラ予約ガ入ッテイルノニ……」


 警邏に連絡を入れながら、フィンヴァラは己の迂闊さを少しだけ呪った。


 こんなことなら、一瞬で消滅させれば良かったと反省しながら。


 ――リケットが世に出る以前、『最強・最凶・最狂』と呼ばれた〝サイバー〟がいた。


 彼は生体機械工学者であるラッセル・Vが作り出した〝サイバー〟だといわれている。


 そして四人【Vの子供達】の一人に、名を連ねては()()()()()


 彼は、『出来損ない』だったのである。

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