表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/75

 broken reality II

〝RAR・ラボ〟病棟を後にしたリケットは、なにもせずにそのまま正面玄関に来た。


 だがその後を一人のナースが追い掛けて来る。それが解ったのか、彼は足を止めてナースを待った。


 彼女は、院長からの処方だと言い、薬袋をリケットに渡した。

 その中身を確認せず、そのままポケットに突っ込んで「お大事に」と言って頭を下げるナースに背を向ける。


 既に日が高くなっており、沢山の外来患者が訪れていた。


 それがファウル・ウェザー病院の日常。


 外来患者は一日に約三千人。それのどれもが重症――という訳ではないが。


 平和な日常、それはリケットにとって最も縁遠いものであり、そして最早得ることの出来ないものである。


 それを懐かしむ心は、彼には無い。


 人間の身体を捨てたときから、そう思うことはなくなった。


 だがそれは諦めから来るものではなく、単にそう思うだけの感情がなくなっただけだ。


 感情がないから、彼は悩まない。


 いつもの受付嬢がいないことに抗議する元気な『自称』患者が殺到する受付を素通りして、リケットは外に出た。


 その容姿と容貌が人の目を引き、ある者はうっとりと溜息をつき、またある者はその戦闘服を見て顔を引き攣らせた。


〝ハンター〟は、一般人からは恐怖の対象としか映らない。


 外に出たリケットは、その余りの陽射しの強さに眼を細めた。この日は素晴らしい晴天で、然もドームを流れる〝精気〟も澄み切っている。


 こういう日は、今では殆ど無い。


 何故なら大地の〝精気〟が枯渇し始めているから。


 それが少なくなれば、それだけ純粋で美しい〝精気〟が少なくなってくる。


 だから、人々このような陽気が大好きだ。


 だがリケットはそれが苦手なのか、懐からサングラスを取り出して掛けた。そして更に煙草を取り出す。


「この陽気にご苦労なことだな。俺になにか用か」


 火を点けつつ、リケットは柱に話し掛ける。するとその柱の陰から、複雑な紋章が刺繍されたマントを羽織った男が現れた。


 短く切り揃えたダークグレーの髪、そして藍色の瞳の男。


〝魔導士〟ハズラット・ムーン。


「用がなければ逢いに来てはいけないのか?」


 苦笑しながらそういうハズラットは、何処か楽しげでもあった。


「そう言った所で、『そうだ』と言われるのがオチだろうが。だが今日は用が有って来た。お前に訊きたい。例の歓楽街の事件、あれはお前がやったな。あれほどの大規模破壊を可能とする()()()〝サイバー〟は、今ではお前くらいだからな」


 予想ではなく、確信的に訊いた。


 それに対して、リケットは答えない。


 否定も肯定もしない。


 彼にとって、それすら『どうでもいいこと』だから。


「とんでもないことをしてくれたものだな。お陰で『魔導士ギルド』は良い迷惑。……相手は誰だ?」


 質問を続けるハズラットを見もせず、リケットはまだ長い煙草を灰皿に放り込む。灰皿が閉じ、一瞬にして中を真空にして火を消した。


「〝PSI(サイ)〟だろう。何処のどいつだ」

「それを訊いてどうする?」


 詰まらなさそうに訊くリケットを正面から見据え、たった一言だけ、


「殺す」


 短くそう言った。ハズラットにとって、「魔導士ギルド」は掛け替えのない場所だ。


 自分が育った場所だから。


 幼い頃に孤児だった自分を拾い、育ててくれた、自分を受け入れてくれた唯一無二の場所。


 それを、例えどのような手段であれ壊そうとする奴は絶対に許さない。


「お前だって、育ての親を裏切ることは出来ないだろう。四人の【Vの子供達】。その末弟D・リケット」


 リケットの表情が変わるかと思い、したり顔になるハズラットだったが、結果は彼にとって詰まらないものだった。


 リケットは表情を全く変えず、ただ両手をポケットに突っ込んだまま立ち尽くしているだけだ。


「詰まらん」


 溜息をつき、彼は呟いた。その表情は、まるで無視されて駄々を捏ねる少年のようである。


「これほど反応が無いと詰まらないことこの上ない。何とか反応して見せろ」

「反応する必要はないと判断した。用はそれだけか」


 言い残すと、背を向けて歩き出そうとする。


 そのリケットの首に、トップが三日月のネックレスが滲み出るように出現した。

 それは不思議な輝きを放っており、見る者が見たのならばなんらかの〝力〟が宿っていると判るだろう。


「餞別だ、くれてやる。お前なら『使える』だろう」


 それに対してリケットは、ハズラットを一瞥しただけでそのまま歩き始めた。


 それを見送りながら、彼は寂しげに呟いた。


「出来の良過ぎる弟を持つと、兄は逆に苦労するんだよ」


 この日の〝結界都市〟は、近年稀に見る晴天となった。


 その空を見上げ、眼を細めて口元に笑みを浮かべるハズラットの姿は、初めから其処にはなかった。


 彼の姿を、リケット以外で確認出来る者は少ない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ