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5broken reality I

〝RAR・ラボ〟病棟の一室で、巨大なモニターに映し出されている、一般人には到底解読不能な記号を読みながら、ファウル・ウェザーは溜息を吐いた。そしてその横には泣きじゃくるベンディス・ア・ママイ――ベスとリケットがいた。


「お前のことだ、どうせ解っていると思うが……」


 白衣のポケットに両手を突っ込んだまま、ファウル・ウェザーはリケットを真っ直ぐに見詰めながら言った。

 因みにサングラスはしていない。リケット相手に、〝魔眼〟が通用しないのは百も承知。二人は、【Vの子供達】だから。


「この記号はジェシカの塩基配列だ。正常、異常くらいは解るだろうから詳しい説明はしない。此処からが本題だが、この配列にランダムだが不可解なものが混じっている。これは〝ドラゴン・アシッド〟によるものではないぞ。それだったらもっと支離滅裂だ。ベスの話しによると、どうやらジェシカは〝ナイトメア〟の精神ウイルスに侵されているようだ。おまけに――これはあくまでも仮定だが――偶然にも僅かに残っている〝ドラゴン・アシッド〟と結合したらしい」


 泣き続けているベスの頭に手を置き、そしてもう一方でキーボードを弾きながらモニターに映し出されている塩基配列の異常部分にマーキングする。


 その数、既に数千を超えていた。


〝ナイトメア〟とは、自身の精神体を他人に侵入させ、独自のウイルスを流し込む〝能力〟である。

 そしてそのウイルスは、それを使う者によって違うためにワクチンを作り出す事は困難を極める。


「これを全て排除するのは骨だな。だが不可能ではない。この私だったら、だが」


 自分を誇っているわけでもなく、慢心しているわけでもない。只単にそう思ったから言っただけだ。


 彼は自分の持っている技術と、医師としての能力や〝PSI(サイ)〟としての〝能力〟に絶対の自信と誇りを持っている。

 そしてその確固たる自信により、身体的は元より精神的に救われた患者の、なんと多いことか。


「それでも生体として再生可能な確率は0.2%か……。お前が助かったときの確率よりは遥かに高い、安心しろ」

「再生、可能なんですか?」


 何も答えないリケットの代わりに、ベスが顔を上げて言った。それを正面から見詰め、ファウル・ウェザーは微笑みながら頷く。


 因みにベスは極端な近眼であるため〝魔眼〟は効かない。不思議と、そういうものだ。


「私を誰だと思っている? 0.2%も可能性があるのだ、間違いなく再生する」


 キーボードを叩きながら言うファウル・ウェザーを見て安心したのか、ベスは涙を拭ってその隣に坐った。


 それを他所に、リケットはポケットから革のオープンフィンガーグラブを取り出して手を通し、そのまま両手をポケットに突っ込んだ。既に戦闘服や漆黒のコートに身を包んでいる。


「これからどうするつもりだ?」


 出て行こうとするリケットに一瞥すら与えず、ひたすらキーボードを叩きながらファウル・ウェザーが訊く。そしてリケットも振り返らずに、


「別になにもしない、俺は〝ハンター〟だ。仕事をする」


 そう言うと思った。


 鼻で笑い、ファウル・ウェザーはモニターに映る文字と記号を追い続けた。


 ジェシカの仇をとれとは言わない。


 そんなことは無意味だと解っている。


 それにそのような下らない感情は持っていない。


 リケットも、ファウル・ウェザーも。


 だがたった一つだけ、二人の相違点がある。


 それは――


「では仕事の話をしよう。『依頼』だ」


 ファウル・ウェザーが首だけ振り向いて言った。だが自動扉の前に立つリケットは、足を止めただけで振り返らない。それが了解の証だと、ファウル・ウェザーは知っている。


『依頼』とは、相手が賞金首や犯罪者だった場合、〝ハンター〟は一般人の『依頼』を受ける場合がある。

 そしてそれは、その相手を抹殺すること。これが一般人と〝ハンター〟を繋ぐ唯一の接点なのだ。


「私の患者に手を出した莫迦者を始末してくれ。本来は私が行ってそうするのだが、今は忙しくて手が離せない。料金はいつもの口座に振り込む」

「……了解」


 たった一言だけ呟き、リケットは病棟を後にした。


 リケットとファウル・ウェザーの相違点。それはリケットが全てのものに無関心で、仇をとるなどの感情を持っていないのに対し、ファウル・ウェザーは自分の患者に手を出したものは絶対に許さない。


 それが二人の決定的な違いである。


 自動扉の外へと消えたリケットを見詰めながら、ベスはファウル・ウェザーに訊いた。


 どうしてあのとき、リケットがこの病棟まで来ていたのか。


 そしてどうやってあの過度なエネルギー不足を解消したのか、と。


 すると彼は微笑を浮かべ、


「人間の疲れは時間が経てば回復するだろう? あいつはその回復速度が常人よりも()()だけだ、特別なことではない。そして……きっとあいつは『呼ばれた』んだよ」


 その言葉に、首を捻るしかないベスだった。


 〝サイバー〟は、常人ではないから。


 それに、例え常人だったとしても、あれほどの疲労がすぐに回復するとは思えない。


 だが、ファウル・ウェザーは『特別なことではない』と言った。


 だからベスは、気にしないことにした。


 きっとそれが、真実だと思うから。


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