2 ユリウス ボーエン
エントランスに最愛のユリウスが待っていた。
「ユーリいらっしゃい、どうしたの?」
エマはユリウスの腕に抱き着き、家令が「コホン」と咳ばらいをしても気にしない。
「街に買い物に出たんだ、ケーキのお土産を持ってきたんだよ。丁度お茶の時間だと思って」
「ちょうど今、サロンでお兄様とお茶をしていたの」
「そうか今日はカミール殿は登城していなかったんだね」
「ええ、一緒にケーキを頂きましょう」
「い、いやぁ~せっかく水入らずで過ごしているのにお邪魔だね。帰るよ」
「そんな、気にしないで」
「うん。これを届けに来ただけだから。また明日学園でね」
ユリウスはエマの頬にキスをすると帰ってしまった。
「まぁいいわ。キスしてくれたから」
ケーキを抱きしめて、ひと時の幸せをエマは噛み締めた。
明日も学園で大好きなユリウスに会える。
まさかとっくに二人の仲に亀裂が入っているなんて思いもしないで。
「はぁ~~」
ユリウスは婚約者のエマを見る度ため息が出る。
9年前からエマの愛情は変わらない。ずっと慕ってくれている。
残念だがユリウスにはその半分もエマを想う気持ちは無い。
(なんであんな平凡な女が僕の婚約者なんだ?)
カサカサの髪を三つ編みにして後ろに垂らしているのがダサい。
眠そうなタレた目に鬱陶しくかかる前髪、左の目元にある小さな黒子も気に入らない。香水の甘ったるい香りは気分が悪くなる。
初めて会った時は可愛いと思った。
波打つ黄金の髪に薄紫の瞳、黒子さえも魅惑的に思えた。
(まだ8歳だったからな勘違いしたんだ)
現在二人は王立の貴族学園の2年生。
残念な事にエマは要領も頭も悪く、成績は辛うじてBクラスに留まっている。
学園からの帰宅時もユリウスの悩みの種だった。
侯爵家の馬車でユリウスは送って貰っている。
遠回りになるからと固辞してもエマが少しでも長く一緒にいたいと言って首を縦に振らない。朝のお迎えだけは断固お断りした。
隣に座って嬉しそうにエマが抱き着いてくると香水の甘い匂いが移って不快だ。
────しかしそんな不満を彼は絶対に言えなかった。
相手はフランセ侯爵家の後継ぎ、自分は伯爵家の三男で大きな格差がある。
婚約は侯爵家から申し込まれた。
(顔だろうな。自慢じゃないがこの顔だ)
ユリウスは容姿に自信があった。ローズブロンドの髪に澄んだ青い瞳、整った顔にすれ違ったご令嬢は必ず振り向く。成績もAクラスで我ながら優良物件だと思っている。
(侯爵家に婿入りするのは気後れしていたが、あのエマを妻にしてやるんだから遠慮はいらない。堂々とフランセ侯爵を名乗ってやる)
今日はケーキでエマのご機嫌伺いをしたのである。
ユリウスは明るい未来を確信していた。
ただ、ユリウスはエマの義兄カミールが苦手だ。自分より美男、頭脳明晰、年も4歳年上で振る舞いもスマート。
カミールはその容姿から蒼の貴公子と呼ばれている。
シルバーブルーの髪に青みを帯びた灰色の瞳は冷淡そうに見える。
エマを溺愛しており、ユリウスの黒い感情も見抜かれそうだ。
(カミールには気を付けなければ)
今の自分の本心を知られると彼に家ごと潰されるかもしれない。
レイラ・グリーンズ子爵令嬢への恋心も絶対に知られるわけにはいかない。
レイラと目が合うと頬を染めて俯く、その仕草が初々しくて可憐なのだ。
無意識に彼女の姿を目で追ってしまう。
艶やかな黒髪も美しい。茶色の瞳も理知的でレイラこそ自分に相応しいとユリウスは思うのだ。
「はぁ~~」
レイラとエマを比べてはユリウスの溜息は止まらないのであった。
読んで頂いて有難うございました。




