10 無理です
屋敷に着いても義兄はエマを大切に抱えて侍女たちが待つ部屋に向かった。
「なんだかお姫様になった気分です」
「エマは私の姫だからね」
「お兄様はナイトですね。いつもわたしを守ってくれる」
「エマに永遠の忠誠を誓うよ」
「ふふ、本物のナイトみたいです」
「お休み。良い夢を」
頬にキスをして義兄は侍女たちにエマ任せると部屋に戻っていった。
「今日はナダリア王子殿下と踊ったのだけど、素敵な方だったわ」
バスタブに浸かってうっとりと呟くエマを侍女たちは暖かい目で見ている。
特に侍女長の場合は、早くに母親を亡くしたエマの面倒を見てきたので思い入れが深い。
「左様でしたか。楽しく過ごされて何よりでしたね」
マリーナ王女は次々と綺麗な独身女性にナダリア王子を紹介していた。
もちろんオリーヴにも。
(あれが害虫退治なのかしら?・・・あ・・)
ジョシュア王太子の時も同じことをしたのかも知れない。
オリーヴにジョシュア様を紹介した。
(だとしたらマリーナ王女にお姉様は感謝されているのかも)
一方、部屋でカミールはワイングラスを揺らしていた。
ナダリア殿下は王妃が探し出してきた人物だがマリーナ王女への誠実な態度には誰の目にも申し分なかったはずだ。王太子の座を狙うマリーナ王女はどうするのだろうか。
(それよりもエマだ)
(なぜ忠誠なんか誓ったんだ。あそこは永遠の愛だろう!)
今夜はエマに結構アピールしたのだが悉くスルーされ、帰りの馬車の中ではずっとナダリア王子とマリーナ王女の話だった。どうも上手くいかない。
もしかしたら態と避けられているのだろうか。
エマから『祖父に婚約者を選んでもらう』と聞いたカミールは先代の老侯爵に自分はエマを支えたいと手紙を出している。まだ返事は受けていない。
オリーヴの婚約者としての役割を果たせなかったカミールは、エマの婚約者になりたいとは手紙に書けなかった。老侯爵がカミールの真意を理解してくれるのを願うばかりだ。
思いがけずユリウスと破局となり訪れたチャンスを逃したくない。何としてでも愛するエマの心を掴まなければならない。
***
数日後、授業が終了するとエマはシンシアに声を掛けられ学園内の王族専用のサロンに招かれていた。
「実はエマ様がカミール様をどう思っているのか知りたくて来て頂きました」
「お兄様をですか? 大好きです」
「エマ様ったら違いますよ。男性としてです」
「男性として? 考えた事も有りません」
「それならカミール様を説得して頂けませんか」
つまり義兄に王配になるよう説得して欲しいと言う要望だった。
サミュエル殿下は王太子になるつもりは無いのだが、諦めない王妃と優秀な姉の板挟みで悩んでいるらしい。
「カミール様はきっとエマ様がお願いして下されば聞き届けて下さるわ」
「お兄様は人の意見に左右されませんわ。自分で決めると思いますよ?」
「それでもエマ様にお願いしたいの。マリーナお姉様はカミール様を慕っておられます。」
シンシアは真剣な顔で頼んでいた。
愛するサミュエル殿下の悩む姿に心を痛めているのだろ。
「ナダリア王子殿下はどうなるのです?」
「今は国に戻って検討されているでしょう。良い方ですが王太子になられる方なのでマリーナお姉様はお断りしたいと思っています」
「正直な気持ち────無理です。私はお兄様が王家の跡目争いに巻き込まれて欲しくありません。お兄様が危険でないと保証して下さるなら説得してみます」
「そうですね。申し訳ありませんでした。この話は私が勝手にお願いしたことです。忘れて下さいませ」
エマは夜会でマリーナ王女の態度から義兄に好意があると思っていた。
愛の無いオリーヴの婿になるよりもマリーナ王女の王配の方が良い。
それでも王妃派の敵になるのは困る。姉が既にやらかしているのに、次は義兄が邪魔をするなんて、どれだけ反感を買うか想像もつかない。
シンシアと別れサロンから停車場に向かっていると「エマ!」と声がした。侯爵家の護衛騎士が2名、直ぐに現れエマの前に立つ。
「ボーエン伯爵令息様ですね。お嬢様には近寄らないでください」
「わかってる。聞いてエマ、もう一度やり直そう」
「無理です! 名前で呼ばないで欲しいわ」
レイラとユリウスはなぜか最近は少し距離を取っているようだった。
だからって『頼まれても近づかない』と言ったくせに誓約を破るなんて最低な男だ。
「お嬢様、行きましょう。耳を貸す必要はありません」
「ええ、次に声を掛けたらボーエン伯爵家に抗議させてもらうわ」
佇むユリウスを後目に、やり直せると思う彼の神経を疑った。
エマのユリウスへの恋慕はいつの間にか消えて無くなっていた。もう祖父に自分の未来を預けてある。それは諦めではなくて信頼しているからだ。
長女ルイーザの婚姻相手も祖父の推薦で今は子どもが二人いて幸せに暮らしている。なので、どんな人と出逢えるかエマはちょっと楽しみにしている。
読んで頂いて有難うございました。




