1 エマ フランセ
エマ フランセ侯爵令嬢は婚約者のユリウス ボーエン伯爵令息を心から愛していた。
8歳の時に父と訪れた教会ですれ違ったのがユリウス。
始まりはエマの一目ぼれで、父にユリウスと友達になりたいとお願いした結果、父はユリウスの両親に声を掛けてくれて、エマは彼と仲良くなれた。
エマにとってユリウスは優しい王子様だった。
「ユリウス様が大好きです」
「ユーリって呼んで。僕もエマが大好きだよ、ずっと仲良くしようね」
エマはユリウスに夢中になって将来は結婚したいと父に毎日強請った。渋っていた父も根負けしユリウスの将来性も見込み1年後に二人の婚約は果たされた。
侯爵家は複数の爵位を持っており三女であるエマに子爵位を与え伯爵家三男のユリウスを婿養子に迎える事を合意しての婚約だった。
だがエマが14歳になると侯爵家の後継者になった。
候補の姉二人が嫁いでエマが一人残ったのだ。
この国は女性にも家の相続権がある。
よってユリウスは未来のフランセ侯爵の婿に決定。
思わぬ僥倖にユリウスは感謝してエマを大切にしてきた。
エマの望みを何でも叶えて侯爵家に相応しくあろうと彼は努力してきたのである。
エマはユリウスが好き過ぎて、嫌われることを極端に恐れていた。
嫌われないように姉達からアドバイスを貰って、9年間上手くやって来たつもりだ。ユリウスが努力してきたようにエマも努力をしてきた。
───────しかし、そのエマの努力は少々偏っていた。
誰もが賛成できる類のものでは無く、どんなに説得しても『ユリウスの為なの』とエマは聞き容れない。なので諦めて、エマが幸せなら良いだろうと家族も侍女達も黙認していた。
そんなエマは17歳になった時に、ユリウスの様子に変化があったのを気づいた。
(彼の視線が誰かを追いかけている)
その先にレイラ グリーンズ子爵令嬢を見つけた時にエマは初めて不安を抱く。
更に問題なのは、次女のオリーヴは隣国の王太子に嫁いでいるが現在は離婚協議中なのである。
次女の離婚が決定し侯爵家に戻って来ることになれば、父は溺愛する次女を再び侯爵家の後継者にすると思われた。
(私は子爵となる。その時ユリウスはどう思うだろう?)
エマの不安はますます膨らんでいくのだった。
***
「お兄様。オリーヴお姉様はいつ戻って来るのかしら」
「そろそろ戻ってくるだろうね。また賑やかになりそうだ」
サロンでは兄妹の為にメイドがお茶の用意をしている。
昼過ぎに時間が合えば、一緒にティータイムを過ごすのが習慣だ。
義兄のカミールは最近エマに元気が無いことに気づいていた。
エマの義兄になって6年になる。
彼は可愛い義妹を愛していた。
エマが悩むのは婚約者の事に違いない。
義妹が大好きな婚約者と幸せになって欲しいと彼は常に願っている。
「エマ、心配事があったら隠さず話すんだよ?」
「ユーリに嫌われないか心配なの」
「彼が浮気でもしたのか?」
「そうじゃないと思うけど、様子が前と違っている気がして」
「ふむ、浮気なんかしていたら家ごと潰してやるからな」
「もう、お兄様は冗談ばっかり。ふふ」
エマは笑っているが義兄は真剣だ。
二人はお互いが大好きなのだ。
本当の兄妹よりもこの二人は仲が良いと評判の上、カミールのエマへの溺愛っぷりは誰もが知っている。
義兄がエマを心配するように、エマも次女が戻れば義兄の立場はどうなるのかを心配していた。
カミールはかつて次女オリーヴの婚約者だった。
父はもう一度二人を婚約させたいと思うかもしれない。
マリーナ王女の王配になる────そんな噂も流れていた。
義兄カミールとマリーナ王女、美しい二人はきっとお似合いだろう。
(どうするにせよ、お兄様が決める事だわ)
お茶を口にしながら思いに耽っているとメイドが声をかけた。
「お嬢様、ユリウス様がお見えになっています」
「え、本当に?どうしたのかしら」
いそいそと嬉しそうにサロンを出た義妹をカミールは目を細めて見送った。
読んで頂いて有難うございました。




