1-9:「確執、再び」
鐘霧率いる4班。そして制刻等は、町内を縦断して町の北側区域へと辿り着いた。
区域内の町並みは、それまで見て来た物と同様に、レンガや木材を主として建造された、まるでお伽話に出てくるような家屋建物が建ち並んでいる。
しかし――反してその町並み、町路に溢れ行きかうのは、その風情感じる光景とはあまりにも不釣り合いな、異質な者達。そして物体――第77戦闘団の隊員等と、各種車輛であった。
配置に向かうのであろう、隊列を組んで駆けてゆく普通科班。
クラクションを鳴らしながら、隊員の溢れる町路を縫い進む73式中型トラック。
道端に止められた73式大型トラックより、補給を受けている対戦車班。
小休止中なのか、装備片手に家屋の傍にたむろする隊員等。
他、急かしく行きかう隊員等。――町路上は、それ等で溢れかえっていた。
――そんな喧噪と隊員に溢れる中を、鐘霧率いる4班。そして制刻等は縫い進んでいた。
「よぉ、敢日さん!GONGはご機嫌かい?」
進む途中。道端に停車していた96式装輪装甲車の、そのターレット上に着く隊員から、そんな陽気な挨拶が飛ばされて来た。
「あぁ。おかげさまでな」
声を掛けられた敢日は、後ろを続くGONGを振り返って示しながら、隊員に向けて挨拶の声を返した。
「人気者のようだな」
3人の1機の先頭を歩む制刻が、振り返りながら敢日に、微かに揶揄うような色の言葉を送る。
「あぁ。すっかりここのアイドルさ」
対する敢日も、再びGONGを振り返りつつ、笑顔を作りながら返事を返した。
「……まるで占領地だ」
そんな一方、制刻に続く鳳藤からはそんな声が上がった。隊員と装備車輛が溢れ行きかう町中を、そう表現しながら周囲へ視線を配る鳳藤。
「この町の住民はどうなったんだ?」
続き、鳳藤はそんな疑問の声を上げる。見渡せば、町路上に見えるは隊員の姿ばかりであり、町に本来住まう住民達の姿はまるでなかった。
「生き残った人達は、穂播さんが町から避難させたよ――」
鳳藤の疑問には、敢日が答える。
しかしその表情は先の笑顔から一転して難しい物となり、そしてその言葉には含みがあった。
「生き残った人達、は……?」
それに気づき、鳳藤は疑問の言葉を返す。
「町の住民は、かなりの数がモンスター共の犠牲になった。偵察隊が町に着いたときには、生き残っていたのは住民の内の2割に満たなかったそうだ」
「そんな……」
敢日から説明された、この町の置かれた凄惨な現実。それに、剱は思わず言葉を零した。
愉快ではない話に不快な気分となりながらも、制刻等は前を行く鐘霧等の班を追って町路を抜け、程なくして彼等は一つの建物前へと到着した。
その建物はこれまで並び建っていた民家家屋よりも大きく、様相もやや異なっている。
「各員、装備を確認しておけ」
鐘霧は、班員各員にそう命じると、隊員等を外に残して一人建物の扉を潜った。
そして制刻等は、GONGだけを外に残し、当たり前と言うように鐘霧に続いて扉を潜り、建物内部へと踏み入った。
建物の内部には広いホール空間が広がり、そして受付のようなカウンターがいくつも並んでいる様子が見える。他、内部の様子から、この建物が役所のような施設である事が伺えた。
しかし現在、これまでの御多分に漏れず、その場に本来居るべき町人の姿は無い。そして代わりに多数の陸隊隊員が配置し、あるいは駆け回っていた。
鐘霧と制刻等は、隊員等の間を縫って進む。
そしてその先に出て、空間奥側の一角に、置かれたテーブルの前に立つ二人の隊員の姿を見止めた。
隊員はどちらも女。片方は三等陸佐の階級章を付け、もう片方は二等陸曹。二人はテーブルに置かれた地図やタブレット端末に視線を降ろしており、内の片方がもう片方になんらかの言葉を紡いでいる。
鐘霧は、そんな女隊員等の元へと歩み、テーブルを挟んで相対。それに気づき、女隊員達は視線を上げた。
「羽双三佐。4中隊、鐘霧二尉です。町内の敵性勢力の押し返し、無力化を完了しました。これよりそちら――3中隊に合流します」
鐘霧は、女隊員の内の片方に視線を向け、まず簡易的に敬礼。そしてそう報告の言葉を発した。
「えぇ、コントロールから報告はすでに聞いているわ。ご苦労だったわね」
鐘霧からの報告に、羽双と呼ばれた三佐はそう返し、そして労いの言葉をやや事務的に発した。
その女三佐は、見た目からして30代後半から40代程。黒い髪を纏めて結い上げている。その前髪の下に見える顔立ちは、少し衰えの兆しが見えながらも、しかし整いそして凛とした目が特徴的。絶妙に熟れた、妙齢の美人であった。
「いえ」
そんな羽双のねぎらいに対して、鐘霧もさして喜びを見せるでもなく、事務的な敬礼を再びして返す。
「所で――なつかしい顔がいるわね」
そんなやり取りを終えると、羽双は続け、そんな台詞と共に鐘霧の背後へと視線を移す。
そしてそこに立ち構えていた制刻を、その台詞に反した、あまり歓迎的ではない表情で見つめた。
「よーぉ、三佐ァ」
そんな羽双に、制刻は不躾な態度で返す。
「制刻予勤――いえ、今は陸士長のようね。こんな世界で、また会うとは思わなかったわ」
一方の羽双は、引き続きの歓迎的でない表情で、そんな言葉を発する。
「まったくだな。んでもって、アンタは相変わらず穂播のヤツの取り巻きか」
その言葉に対して、制刻は再び不躾な態度で、そして揶揄うような口調で言葉を羽双に投げた。
「なッ!貴様――!」
その制刻の言葉に対して、声を荒げ上げたのは、羽双の隣にいた女二曹だ。彼女は、制刻の羽双に対する失礼極まる態度言葉に、怒りを覚えたらしい。
「いいわ、平野二曹」
しかし憤慨し叱りつける声を上げかけた二曹を、羽双は差し止めた。
「ですが……ッ!」
「こいつに対して声を荒げた所で、体力の無駄にしかならないわ」
女二曹は不服そうな声を返すが、羽双は少し冷めた口調でそう紡ぎ、二曹を説く。
「それより、コーヒーを淹れて来てちょうだい」
そして羽双は、そう求める言葉を発する。
二曹は未だ不服そうな様子だったが、求められた言葉に従い、コーヒーを用意しにその場を離れて行った。その際に、制刻等を人睨みして行ったが。
「あなたの言動を、今更どうこうできるとは思ってないわ。ただ――その恰好はなんとかならないわけ?」
女二曹を見送った羽双は、制刻に視線を戻し、そして軽く睨みながらそう問いかけの言葉を投げる。それは、制刻の現在の服装を指摘する物であった。
制刻の現在の恰好は、上位はOD色の65式作業服の物を。ズボンは北海道後に生息する熊笹に合わせて彩られた、1型迷彩服の物を。そして私物のジャンパーを羽織るという、服制規則違反もはなはだしい恰好をしていた。
羽双はそれを見咎めたのだ。
「それぞれ、組み合わせの片方がダメんなったんだ。指定の上着もだ。んでもって、要請しても新品が寄越されねぇモンでな」
そんな追及に対して、制刻はお決まりの説明を、悪びれる様子も無く淡々と説明して見せた。
「おまけに、今はこの摩訶不思議世界だ。どーしようもなくてな」
続け、そんな言葉を吐き付け加える制刻。
「……はぁ。もういいわ」
そんな制刻の言葉に、羽双は呆れた様子でため息を吐き、そして看過するというより諦め投げるように、そんな言葉を吐いた。
「羽双三佐。失礼ですが、こちらの状況を伺ってもよろしいですか?」
制刻と羽双のやり取りが途切れた所で、それを待っていたのだろう、鐘霧から羽双に向けて、そう伺う声が発せられた。
「あぁ、悪かったわね。説明するわ――」
羽双は鐘霧に謝罪の言葉を返すと、テーブルの上へ視線を落とす。鐘霧もそれに習い、さらに制刻等もテーブルに近づき囲み、テーブル上に落とす。
各々の視線は、テーブル上に広げられた、この町と周辺の地形を記した地図に集まる。それを確認した後に、羽双は言葉を紡ぎ始めた。
「今朝方、観測に飛ばしたOH-6が、北方よりこの町に向かって進軍するモンスターの軍勢を発見したわ。規模は少なくとも大隊規模。今回のこの町の襲撃への増援とみて、まず間違いないでしょう」
地図上の町より北方を指し示して説明した羽双は、そこから指先を町の位置へとスライドさせる。
「対してこちらも迎撃態勢を構築。私の第3中隊が、町の北側城壁上に配置している」
そこで羽双は言葉を区切り、その顔を微かに苦くする。
「しかし――残念な事に敵の規模に対して、こちらの展開は厚いとは言えないわ」
「他中隊から、応援を要請できないのですか……?」
そして紡がれた羽双の言葉。それに、鳳藤が質問の言葉を掛ける。
「できれば求めたいところだけど、第4中隊は町内の残敵掃討で手一杯。後方の第7中隊は、万一の伏兵に備えて、仮設駐屯地を離れるわけにはいかないのよ。陸士長」
しかしその鳳藤の質問に、羽双は否定の言葉を返す。
「増援が無いわけではないわ。戦車小隊と、対戦車ヘリコプターが現在出撃準備中。FHの再配置も同時に進行中よ。でもそれには時間が少しかかる。それまでは、私達でモンスターの軍勢を押し留める必要があるわ」
そう発すると、羽双はそこで制刻を少し鋭い視線で見る。
「制刻。物見遊山のつもりで来たのかもしれないけれど、ここに居る以上、あなた達にも協力してもらうわ」
「はん。穂播のヤツは、俺の手はいらんとほざいてやがったがな。まぁいい――」
そして紡がれた、羽双からの要請、いや命令の言葉。しかしそれに対して制刻は、煽るように言葉を返す。
そのタイミングで、先の女二曹の平野が、羽双のために用意したコーヒーのカップを手に戻って来た。平野はカップをテーブルの上に置き、それを羽双の前に押して寄せようとする。
しかしそれは、突然差し込まれた大きな手に妨害された。
その手は羽双のために差し出されるはずだったカップを、横から掠め取り持ち去る。
「な!」
平野が驚きの声を上げ、そして羽双も少し驚きながら、カップの行方を追いかければ、その先に、カップを煽る制刻の姿があった。
制刻が、羽双のためのコーヒーを横から奪ったのであった。
一気にその禍々しい口内に、コーヒーを流し込む制刻。
「――これは、協力料だ」
そして飲み干され空となったカップをトンと置くと同時に、制刻はそんな言葉を羽双に叩きつけた。
そして身を翻して、テーブルを離れてその場を去る制刻。
それを傍で目を丸くしていた鳳藤が慌て追いかけ、最後に困り笑いを浮かべていた敢日がやれやれといった様子で続いた。
「んな……あいつ!」
去って行った制刻を視線で追い、平野が怒りを露にした様子を見せる。その端では、鐘霧が呆れた様子を表情に作り、羽双は米神を指先で抑えている。
「いいわ、二曹……それより、新しく淹れ直してちょうだい」
そして羽双は、ため息混じりにそう求める言葉を発した。
「自由ッ!お前ってヤツはどこまでも……!」
ツカツカと役所内を歩く制刻を追いながら、鳳藤は先の、いやこれまでの制刻の上官に対する態度を咎める言葉を発する。
「ヤツ等に、遠慮なんぞ無用だ」
対する制刻は、そんな言葉を淡々と発する。
「相変わらずですね、自由さん」
そんな制刻等の元へ、端から声が飛んできたのはその時であった。
聞こえた言葉に制刻等は脚を止め、声のした方向へ視線を向ける。その先、役所内の一角よりこちらに向かって歩いて来る、一人の隊員の姿が見えた。
長身で、少し厳つくもキリリとした目元顔立ちが特徴的な、一人の男性陸士長。
「オメェ――字生じゃねぇか」
「お久しぶりです」
制刻はそんな男性陸士長の姿を見止めると、彼の名らしき名を口にした。対する字生は、制刻等の前まで来ると、そんな挨拶の言葉を紡いだ。
「知り合いか?」
制刻の背後に続いていた敢日が、現れた字生について尋ねる言葉を発する。
「以前、自由さんと同じ所属だった者です」
敢日の疑問には、字生本人が答えを返した。
「樺太ん時に、一緒んなって戦ったヤツだ。――あぁ、字生。こっちは、俺のダチの敢日と、54普連の鳳藤だ」
そして制刻が字生について補足の言葉を紡ぎ、続いて字生にも敢日と鳳藤を紹介した。
「まさか、オメェまでぶっ飛ばされて来てたとはな。しかし――まさかオメェ、今はひょっとして羽双のヤツの中隊にいんのか?」
かつての同僚との思わぬ再開を懐かしむ言葉を発した制刻は、しかし続いて訝しむ言葉を発し字生に尋ねる。
「いえ、俺は今も7中(第7中隊)ですよ。俺等7中から出た偵察隊が、最初にこの町に接触して。それ以来、俺等7中からの偵察隊は、3中と一緒にここに張り付きっぱなしなんです」
しかし字生は制刻の懸念を否定。彼がこの場にいる理由経緯を説明した。
「なるほどな」
「そっちの話も聞こえて来てますよ。俺等よりも早くこの世界に来て、また派手に暴れまわってるようじゃないですか」
説明の後に、揶揄う様に言葉を紡ぐ字生。
そこから積もる話に入ろうとした両名。しかし、傍の建物入り口が音を立てて勢いよく開かれた事で、それは遮られた。
「ハネフタ殿ッ!」
そして扉より姿を見せたのは、仰々しい甲冑に身を包む、一人の男性だった。
男性は入るなり羽双の名を呼び、彼女の姿を見つけると、何か焦った様子で羽双の元へと駆け寄っていく。
「あれは?」
「この町の騎士隊の、偉いさんみたいです」
その姿を見て疑問の声を発した敢日に、字生は答える。
「ハネフタ殿!ヤツ等です!オーク共の軍勢が、北の方角より再び現れましたッ!」
その騎士らしい男性は、テーブル越しに羽双の前に立ち詰め寄ると、間髪いれずにそう発し上げた。
「凄まじい数です!このままではまた町が……どうか、どうかお力添えを……!」
続けざまに騎士の男性は、狼狽した様子でそう懇願する声を並べる。
「落ち着いてください、ルーレイさん。敵の存在接近は、すでに私達の方でも掌握しています」
一方の羽双は、ルーレイと言うらしきその騎士の男性に落ち着くよう促し、続け説明の言葉を紡ぐ。
「これより、私の中隊で対応、迎撃行動を取ります」
さらにルーレイに対して静かにそう告げた羽双は、そこで一度言葉を切る。
「――各員、迎撃態勢に移りなさい!配置に着け!」
そして羽双は、役所内部全体に響き透る声で、各隊員に向けて支持の声を発し上げた。
響き聞こえた指示の言葉に、各種物事に従事していた隊員等はすかさず呼応。各員はその動きをより急かしくし、指示を遂行すべく動き始めた。
「いよいよ大舞台か」
そんな一方。制刻等は周りに反して、引き続き自分のペースで動く様子を見せていた。
その中で、敢日からやれやれとった様子で声が上がる。
「んじゃ、行くか」
そして制刻が淡々と発し、制刻等も行動を開始した。