ボクのクラスメイトが、上履きを忘れた その1
ふと目を覚ますと、始業のチャイムがなっていた。・・・という体で、ボクは顔を上げて、伸びをした。実際は眠ってなどいなかったし、体も固まっていないのに。だって、朝、話をする相手など、いないのだから。
チャイムが鳴り終わっても、先生は入ってこなかった。なにかあったのかな。いつもはチャイムと同時に入ってくるのに。
チャイムが終わって数分経って、教室後方の扉が開く音がした。誰か遅刻してきたのかな。でもボクには関係ない。ボクはカバンの中から教科書類を出したり入れたりして、ホームルームが始まるのを待っていた。そのボクの後ろから近づいてくる足音。トン、トン、トン・・・。
ボクはすぐにその異変に気がついた。普通に上履きを履いて、普通に歩いていれば、決して出ない類の音だった。まるで、足が直接床に載っているような・・・。そしてその足音がボクの真横を通り過ぎる時、ボクは見てしまった。ボクの斜め左前の席の、高島陽奈さん。おそらくボクのクラスでは性格的にも外見的にも、一番人気の女の子。彼女が、上履きを履かずに、席につこうとしているではないか。真っ白なソックスだけの足元を、机の下についている棒に載せている。
ボクは一瞬にしてその光景に釘付けになった。一体何があったのだろう。すぐに思いついたのは、彼女が上履きを忘れたのではないかということ。でも、しっかりものの彼女が、そんな失態を犯すだろうか。甚だ疑問である。やがて机に突っ伏す彼女の元に、1人の女子がやってくる。おそらくは彼女のお友達、大神心さんだった。なにかヒントを得ようと、彼女たちの会話に耳をすます。やがて聞こえてくる会話。足の指をくねくねと生き物のように動かしながら話す彼女。その内容は幸運なことに、高島さんの足元の話題。そして彼女が言ったその理由は・・・。上履き忘れだったのだ!
なんということだろう。いつもはしっかりものの彼女が、上履きを忘れてくるなんて。そして、白いソックスのまま、みんなが上履きを履いて歩く学校内を歩いているなんて。その彼女が、ボクのすぐ近くにいるなんて。とてつもない奇跡が起きてしまった。やがてやってきた先生のホームルームの言葉は全く耳に入らず、ボクは正座をしてスカートに隠れてしまった彼女のソックスを、じーっと見つめていた。チラとでも、足裏が見えないだろうか。きっと真っ黒になっていることだろう。
そしてホームルームが終わり、1時間目の移動教室。クラスに友達のいないボクは、いつも1人で移動するから、自由に動くことができる。今日はもちろん、彼女の後ろを、それとなくついていくことにする。だって、ソックスだけで校内を歩く、彼女の様子を見られるから。・・・別に、声をかけようとはしないし、ボクはただ見守っているだけだ。
だがしかし、ホームルーム直後、彼女は先生の元へペタペタと歩いて行ってしまった。まさか、先生に頼んで、来客用スリッパとやらを借りるつもりではなかろうな?!ボクはそんなことないように、神仏に念じていた。絶対にそんなこと、ありませんように・・・!そんな願いが叶ってか、彼女はしょんぼりとした様子で、先生の元から帰ってきた。断られたというよりも、自分から言い出せなかったらしい。よし、よし!ボクがタイミングを見計らっていると、彼女は準備していた理科の道具を持って、教室を飛び出した。慌ててボクも追いかける。その後ろからは、彼女のお友達もついてくる。怪しまれないよう、早歩きになる。彼女はもうずっと先。しまった。近くでソックス姿を見られなかった。でも大丈夫。今日はまだまだ移動教室がたっぷりある。もし彼女が一日中、ソックスのままでいてくれるなら、それを十分、堪能しようではないか。ボクは自然に、顔がほころんでしまうのを感じていた。
理科室は渡り廊下を通って、特別教室棟の4階。そこに行くと、高島さんと大神さんの2人はゆっくりと、並んで歩いていた。ボクも彼女と親しかったらなあ、と悔しく思う。女子と話したことなんて、久しくないのだけれど。
ほどほどの距離を保ちつつ、彼女たちの後ろについて廊下を歩く。かかとが上がるたびにチラチラとのぞく彼女の足の裏。くすんだフローリングの床の上に載ったその白いソックスの足の裏は、やや灰色に汚れて見えた。ボクは心臓のドキドキを抑えながら、彼女たちに続いて、理科室に入った。
今日の授業はなんと場所を移動して、空を見るという。普段は面倒だなと思うけれど、今日は違う。理科室を出て行く彼女のすぐ後ろについて、同じ班のクラスメイトと二言三言話しながら、彼女の足元に視線を向け、体育館棟の屋上へ向かう。
いったん特別教室棟を2階まで下りて、体育館棟へ続く渡り廊下を通る。それから体育館棟の外階段を上っていくと、屋上にあるプールにたどり着く。階段を上るとき、ボクは運よく、彼女の真後ろにつくことができた!やや急な、コンクリートのたたきの外階段。グラウンドから飛んできた砂や石が積もり、外を歩いているも同然の場所。彼女に気づかれないよう、視線をやや上方向に向けると、そこには彼女のソックスの足裏が目前にあった。ステップを踏むごとにばっちりと見える足の裏。つま先部分だけをトントントンと階段に乗せ、軽々と上っていく。そんなソックスの足の裏は、かかと部分はグレーに、つま先部分はやや焦げ茶色に、足の形通りの汚れが浮かび上がっているのだった。まだ地面についたことのないであろう、土踏まずと、彼女の小さな指の周りのみが、もともとのソックスの白さを残している。もうこれだけで十分なほど、彼女のソックスは学校の床の汚れの餌食になっていた。これがまだあと数時間続くのだ。学校が終わるころには、どうなっているのだろう・・・。
そんなことを考えながら上っていくと、屋上のプールに到着。今日は空の観察にはもってこいの晴れ。先生の注意を聞いて、みんな思い思いの場所で、空を見上げている。ちなみに、うれしいことに、上履きは脱がなくていいらしい。ボクはソックスのままでいる彼女を視界にとらえながら、上履きを履いたまま、ブルーのプールサイドに立ち入った。
まだプール開きには早く、掃除もしていないので、プールに水は溜まっていない。プールサイドには埃が所々積もっていた。鳥のフンも落ちている。こんなところをソックスのまま・・・。どれほど汚れていくのだろう。
高島さんは友人と共に、空を見上げていた。時々足元を見ているのは、床の汚れを踏まないようにだろうか。先生の解説も上の空で、ボクはなるべく彼女のそばで授業を受けていた。上を見ようとしても、どうしても下を向いてしまう。床が熱いのだろうか、彼女は片方の足をもう片方の足の上に載せている。それを交互に繰り返すうち、白いソックスの甲の部分にも、黒っぽい汚れがついていた。
「よし、じゃあ教室に戻って、授業の方に移ろうか」
滞在時間20分ほどで、ボクたちはプールを後にした。下りでは残念ながら足裏は見えなかったが、なるべく近い位置で彼女の後ろを歩き、理科室へ戻った。
理科室に着いたころにはもう授業の時間はほとんどなく、プリントをもらって次回の連絡をして終わりとなった。また教室に戻って、次は数学。またそれとなく高島さんの後ろについていくことにする。階段などはつま先だけをのせて登っていたけれど、廊下を歩くときは上履きを履いている時と同じように、足の裏全体を付けて歩く高島さん。きっと最初はつま先立ちだったのだろうけれど、それも疲れてしまったのだろう。教室について自分の席に着くと、高島さんはまた足を机の棒に乗せた。足の指がくねくねと動いている。無意識に動かしているのかな。とてもかわいいと思う。
つづく