わたしの親友が、上履きを忘れた その1
今日、わたしの親友、高島陽奈が、上履きを忘れて登校してきた。
ホームルームが始まるチャイムが鳴っても、ヒナは教室に姿を見せなかった。どうしたのかな?と心配していると、チャイムが鳴り終わって数分後、教室後方の扉が開く。ヒナだった。腰をかがめて、鞄を胸に抱え、こそこそと自分の席につく。まだ先生が来ていないから、クラスのみんなはめいめい、友達と喋ったり、トランプをしたりと、自由に過ごしている。わたしは席を立って、斜め二つ前のヒナの元へ行きかけた。その時、ヒナの異変に気がついた。それは嬉しい異変だった。ヒナは上履きを履かず、靴下のままだった。真っ白な靴下の足を、机の棒に乗せている。なんで?上履き、どうしたんだろう?わたしは心を鎮めて、いつも通りのテンションで、ヒナに朝の挨拶をした。
「おっはよー、ヒナ、危なかったね!」
するとヒナは、机に体を預けて、
「おはよー。走ってきたから、疲れたよ・・・」
わたしは早速、気になることを聞いてみた。こういうのをすんなりと聞けるのは、親友のいいところだと思う。
「それよりさ、ヒナ、上履きどうしたの?」
わたしはそれとなく、ヒナの足元を見ながら聞いた。心臓がドキドキする。ヒナは白いソックスだけの、上履きを履いていない足の指を、クネクネと動かしながら、答えてくれた。
「上履き、先週持って帰ってたの、忘れてたんだ。で、今日どうしようかなって」
やっぱり、上履き、忘れちゃったんだ!ということは、今日1日、ヒナはソックスのまま、校内を歩き周るのかな?今からわたしは興奮してきた。足の指が動くたびにちらちらと見えるソックスの足の裏は、ホコリで黒っぽくなっている。わたしはその興奮を悟られないよう注意して、
「ウソー、上履き忘れ?珍しいね、ヒナが」
「初めてだよ。ねえココロ、上履き貸して?」
制服の裾をきゅ、きゅ、と引っ張るヒナ。普段はまじめでちゃんとしているのに、たまに見せるこういうところもまたかわいい。けれどわたしは、やんわりと、断った。
「だめだよ、これわたしのだもん。いくらヒナでも、無理です。ごめんね」
「どうしよう・・・」
真剣に、大事な理科の宿題を忘れたかのように考え込むヒナ(もし理科の宿題を忘れたら、怖い怖い理科の先生から、叱られて集中攻撃されるのだ)。わたしは、ヒナが一日中、ソックスのままでいてくれるよう、うまく誘導しなくてはならないと思っていた。
「まあ今日くらい、いいんじゃない?我慢して、また明日、持ってこよ?」
「今日がダメなんだよ。汚いし、冷たいし、恥ずかしいし・・・」
本当に落ち込んだ様子で、ヒナは机の下にあった足をイスの上にあげて、スカートの中に隠してしまった。
「大丈夫!わたしがサポートするから!」
わたしはなんとかヒナを安心させようと、必死だった。
「ホント?」
上目遣いに見上げる仕草が、またかわいい。ついドキドキしてしまう。
「うん!」
あと少し・・・。
「うーん、じゃあ、頑張ろうかな・・・」
「よしよし、それでこそ、ヒナだよ!」
よかった、これで、今日1日、ヒナはおそらく、ソックスのまま、学校を過ごすことになるだろう。午後になって、ソックスはどうなってしまうのかな・・・。ちょっとかわいそうだけれど、でもトイレに行く時とか、困った時はかならず助けないと!
その後、副担任の羽田先生が入ってきた。まだ若くて、独身の36歳の男の先生。担当は数学で、女子からの人気がすごく厚い。わたしも、ヒナも結構好きな先生。みんなからはハタちゃん、ハタちゃん、と呼ばれている。
ホームルームが終わって、一時間目の理科の教室移動にヒナを誘おうとすると、ヒナが突然立ち上がって、ハタちゃんの元へ。やばい、ハタちゃん、ヒナになにか、履くものを渡してしまうかも・・・。でも、それも仕方ない。だってハタちゃん、優しいもん。いつもの担任の先生なら、大丈夫だったのに。
でも、それも杞憂に終わって、ヒナは先生に何も言うことなく、帰ってきてしまった。緊張しちゃったのかな?ううん違うな。きっと、恥ずかしいんだ。上履きを忘れましたなんて、この年になって言えないもんね。それからわたしはヒナに声をかけようとしたけれど、ヒナは気づかずに、先にソックスのまま、廊下を走っていってしまった。
「ヒナー、まって!」
わたしがあわてて呼び止めると、ヒナは立ち止って、振り返った。
「なんだ、ココロ、まだ教室だったの?」
「うん、待ってたんだよ」
「ごめんね」
「いいよいいよ。でも、どうしたの?ハタちゃんに、言わなかったの?」
「だ、だって、さ、は、恥ずかしく、なっちゃって・・・」
うつむいて、顔を真っ赤にするヒナ、ああ、かわいい・・・!
「そうだよね、恥ずかしいもんね・・・」
「うん・・・」
「じゃあ、今日。ずっと靴下のままなの?」
「うん、もう、あきらめるよ。もう靴下、汚れちゃってるし、この靴下で、学校のスリッパ、汚したくないし」
さすがヒナ、学校の備品のことまで考えてるなんて・・・!
「そっか。じゃあ、困ったら、なんでも言ってね!」
「ありがとう~!頼りにするよ」
腕をぎゅっとしてくれた。小さくて温かいヒナの体が密着する。わたしはついドキドキしてしまった。
ヒナと一緒に、理科室までの道のりを歩く。これが結構遠くて、ペタペタとソックスのままのヒナには苦痛が伴うのではないだろうか。そう思ったけれど、意外と落ち込む様子もなく、わたしとの会話を楽しんでいるようだった。
今日の理科の授業は、教室を飛び出しての空の観察。なんかいい感じ。楽しそう。理科の授業は机ごとに班になっていて、わたしの班は、ほかに男子3人とお友達のハルナちゃん、それにヒナの6人だ。別に班ごとに行く必要はないのだけれど、わたしたち女子3人は、自然と一緒に行動する。体育館棟屋上のプールまで、また長い道のりだ。
「大変だね、ヒナ、足、大丈夫?」
「うん、全然平気だよ。もう、慣れちゃったかも」
「そういえば、ヒナちゃん、上履きはどうしたの?」
ハルナちゃんが尋ねる。ごくごく普通の疑問だ。
「えっとね・・・、忘れちゃったの・・・」
「ええ?!あのヒナちゃんが、忘れ物?」
「わたしもびっくりしちゃったよ・・・」
「それもよりによって上履きなんて、靴下汚れちゃうんじゃない?上履き、貸そうか?」
「ううん、いいよ、もう汚れちゃってるし、ハルナちゃんのが汚れちゃうよ」
「そう?こんなときもやさしいね、ヒナちゃん」
プールにつくと、意外とプールサイドは汚くて。
「うひぇ、鳥さんの、アレが・・・」
「が、がんばって、踏まないように気を付けてね、ヒナ・・・」
「空じゃなくて、地面みとかなきゃだね・・・」
やがてヒナにとっては大変な、空の観察も終わり、また理科室へ戻ることに。いつしか、ヒナは爪先立ちでちょんちょんと歩いていたはずなのに、今では足の裏全体を付けて歩いている。
「ねえココロ、次はなんだっけ?」
「うーんと、あ、ハタちゃんの数学だよ、教室で」
「よかったあ、教室に戻れる!」
「まあその後、体育とかあるけどね・・・」
「あ、そうだった・・・」
チャイムが鳴り、理科の授業が終了した。教室に戻るのも、また大変そうだ。
つづく