アイスクリームのきもち
朝、目覚めるとアイスクリームになっていた。
なぜ、わかるかというと、正面の壁にパステルカラーで『41アイスクリーム』というポップがあり、ガラスケースの中からあたしはそれを見ており、隣を見ると仲間のバルクがたくさん並んでいたからだ。
あたしはどうやらとっても基本的なバニラのようだった。
手は動かせないが、目は動かせたので、頑張って視点を引きまくって自分を見た。限りなく絶妙に白と黄色の中間だ。自分の体臭はわからないが、たぶんバニラビーンズの香りがぷんぷんしているのだろう。
「ねぇ!」
あたしは左隣のクッキーアンドクリームさんに話しかけた。
「ねぇ! これ、どういうこと? あなたわかる?」
「どういうことって……」
彼女はお化粧の冷気を漂わせながら、答えてくれた。
「今日も誰が1番愛されるかの勝負でしょ」
みんななんにも不思議がってない。
どうやらみんな、元々アイスクリームだった人達ばかりのようだ。
店内にポップな音楽が流れ始めた。そろそろオープンのようだ。
ガラスケースの中に並んだみんなが口々に言う。
「さぁ、勝負だよ」
「新商品のアマーロアホガードくんはどうかな?」
「1番愛されたいので頑張ります」
「ポッピングミントちゃん人気に勝てるかな?」
「みんな仲良くトリプルになろうね」
「俺、トッピングかけられるの嫌いなんだ。だから下のほうにしてほしい」
「わがまま言うなよ」
「そんなんじゃお客さんに嫌われるぞ」
「1番人気になりたいな」
「でも基本形のバニラちゃんやチョコくんも意外と強いのよねぇ」
あたしはこれから何が始まるのか、まぁわかってたけど、初体験なので緊張にカチカチに固まってた。こんなに硬くなってたらバイトのお姉さん、ディッシャーで掬うの大変なんじゃないだろうか。
「バニラちゃん、緊張してるの?」
後ろの席のオレンジソルベくんが心配して爽やかな声をかけてくれた。
「大丈夫だよ。いつものように堂々としてれば、ちゃんととろけられるよ」
「あたし……食べられちゃうの?」
「当たり前じゃん。どうしたの?」
「じつは……」
あたしはオレンジソルベくんに、目が覚める前は食べる側の人間だったことを打ち明けた。
「えー!? いいなー!」
右隣のブルーベリーヨーグルトさんが話に割り込んできた。
「じゃ、私達を食べたことあるんだ? いいなー!」
「僕達は自分で自分を食べられないからね。自分がどんな味で、どんな風にとろけてるのか知らないんだ」
オレンジソルベくんが羨ましそうに言う。
「まぁ、アイスクリーム生を楽しんでね」
「アイスクリーム生?」
「うん。人生じゃなくて、アイスクリーム生」
「人生とは違うのかな、それ」
「何言ってるのよ。ばっかじゃないの」
クッキーアンドクリームさんが冷たいけどちょっと温かいような声で言った。
「バルクが空っぽになるまでが私達のアイスクリーム生でしょ。人気さえあれば、あっという間よ」
「空っぽになったら?」
「終わりよ。決まってるでしょ」
「死ぬってこと?」
「当たり前でしょ!」
クッキーアンドクリームさんは付き合いきれないというように、そっぽを向くと、ディッシャーを挿し込まれた。
「ああっ! ご指名だわ!」
いつの間にか入って来ていたお客さんが、コーンに乗せられたクッキーアンドクリームさんを嬉しそうに持って行く。
「キャホー!」
コーンに乗せられた彼女が奇声を上げる。
「ばいばーい、みんな! いってきまーす」
「とろけてね!」
オレンジソルベくんが爽やかに見送る。
「いっぱいとろけてね!」
おじさんのお客さんがあたしを見つめて、注文した。
「バニラをカップでひとつください」
初めての注文だ。ドキドキした。
「行ってらっしゃい、バニラちゃん」
「とろけてね」
「いっぱいとろけてね!」
身体にディッシャーが挿し込まれると、あたしの意識がふたつに分かれた。
まん丸になってカップに入ったあたしを嬉しそうに見つめると、外に出たおじさんは、プラスチックのスプーンでつんつんとあたしの身体を突っつき、掬い取ると、口に運ぶ。
やだ……
やだああああっ!!
身体中からキンキンと香りを発して抵抗するあたしを、構わずおじさんの唇と舌が食べた。
とろん
とろ、とろ、とろり〜ん……
甘い感覚。
バニラアイスを食べるのとは全然違った、あったかいところに吸い込まれる、産まれて初めての、甘い感覚。
「あっは……」
バルクの中の本体のあたしもそれを感じて、声が出た。
「とろけた?」
「とろけちゃったでしょ?」
周りのみんなが冷やかすように言ってくる。
「これ……すごい」
あたしは真面目に感じたことを口にした。
「お客さんに喜ばれて、自分も気持ちよくて……。愛が溢れてる感じ」
それからあたしは一日中とろけ続けた。
こんな喜び、初めて知った。
おじさん、おばさん、おじいさん、おばあさん、子供や中高生、イケメンや美人さん。相手は誰でもよかった。誰でもを喜ばせたかった。美味しいと思ってくれたら、あたしも嬉しくなって、最後まで痺れるようにとろけた。
あたしを単体で指名するお客さんはあまりいなくて、ダブルやトリプルの中に顔を並べることが多かった。
ホイップクリームを頭に載せられたり、チョコレートスプレーで彩られたりもした。
幸せな時間はあっという間に過ぎて、そろそろ閉店間際になった頃。
「今日はバニラちゃんが1番だったね」
「キャラメルウェーブくんが2番、ポッピングミントちゃんは3番かぁ」
「バニラちゃん、今日は『あたしを食べて!』って気合が前面に出てたもんね。お客さんにもそれが伝わったかなぁ」
「僕は今日もいっぱい残っちゃった」
後ろをふと振り返ると、ほとんど減ってない姿のオレンジソルベくんが悔しそうに、でも爽やかさを崩さない笑顔で、言った。
「バニラちゃん、綺麗にたくさん食べてもらえたねぇ」
もうディッシャーで一掬いも出来ないほど、あたしはほぼ完売だった。
「楽しかった」
あたしは心から言った。
「こんなアイスクリーム生だったら、ずっと生きてたいよ」
でもどうなるんだろう? 中途半端に残ったあたしを、どうするんだろう? 新しいバルクを開けて、その上にちょこんと載せてくれるのかな。そうしたらまたたっぷり新しいアイスクリーム生が始まるな。そう思っていたら、店長の声が後ろから響いた。
「あ。バニラがもうあと少しだから、片付けちゃっていいよ」
「わーい! ありがとうございます!」
バイトの女の子の声がしたかと思うと、残りのあたしはすべてディッシャーでこそげ取られ、彼女の口で最後のあたしはとろけた。
あぁ……。
死ぬのって
最高にきもちいい。