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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

空(くう)

作者: 小城

 二天一流の創始者、宮本武蔵は、肥後熊本の霊厳洞にこもっていた。大小二刀を持って洞に入ったきり、ひと月近くになる。弟子たちが握り飯を運んではいるが、食べてあったり、なかったりの状態であった。

 暗い闇の静寂の中で、ときおり、滴り落ちる水の音と自らの呼吸の音のみを聴きながら、武蔵は岩の上に座っていた。かと思うと、二刀を手に取り、踊るように、舞を舞うように、音もなく、剣を振っている。驚くことは、武蔵が剣を振っていたとしても、座っていたとしても、何一つ変わることはなく、霊厳洞の闇の中には静寂だけが、降り注いでいたことである。剣聖上泉信綱や飯篠長威斎ならば気がついたかもしれないが、ほんの微かな違いといえば、今まで、滴り落ちていた水の音が、武蔵の大小に綺麗に削がれて、しなかったということぐらいである。

 「(くうとは何か。)」

それが、霊厳洞における今の武蔵のテーマであった。

 武蔵は二刀を持って舞を舞っている。その周囲には、今まで勝敗を決してきた人々の影が、幻影となって、洞の天井から滴り落ちる水滴を依り代として、生まれていた。

有馬喜兵衛。

秋山某。

吉岡直綱

吉岡直重

宍戸梅軒

佐々木巌流

etc.

それらの幻影を右に左に二刀を振りながら斬って捨てていく。

と思いきや。気づくと。

いつのまにか武蔵は岩の上に座っている。

「(…。)」

空とは何かという疑問は既に武蔵の心からは消えていた。

ただ、そこにあるものそれが武蔵のくうであった。

大切なものは目に見えず、触れることもできない。

求めようとしても、得られない。

感じることはできるが、動くと消える。

それが、くうであった。

「あるものがあると知りつつ、そのあるものにとらわれない。」

武蔵は門人にそう語った。

それから、武蔵は人を殺さなくなった。決闘に際しても、最終的に相手を制するだけであった。

 ただ、そこにくうがあったわけではない。そこにくうはなかったが、ないことにとらわれることはなかった。己の本分を努めただけであった。

くうはあるとき、何の前触れもなく、霊厳洞にこもって、岩の上に座っているときにやってくる。武蔵の体のどこかに存在していたそれが、全面に出てくる。しかし、それは存在しない。動くと消える。しかし、それが存在していたことにとらわれない。したがって、それは存在してはいないのと同じではあったが、確かに存在していた。

「(くう。)」

それは、道を極めた達人のみが感じることができる境地だったのかもしれない。

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