16
数年後、テレーゼ(ミシェル)は台所に立って食事を作っていた。マリア(クリスティン)は椅子に座って、裁縫をしていた。その時、誰かがノックをする音が聞こえてきた。彼女たちは誰かしら、と思う。誰も尋ねてくる予定はなかった。だが、おそらく村の誰かであろうと思っていた。時々、何かを持ってきてくれることがあるのだ。テレーゼは鍋を煮込んでいて、手が離せなかったのでマリアに声をかける。
「出てくれますか?手が離せなくて」
「ええ、任せて。テレーゼ」
マリアは立ち上がり、玄関へと向かう。彼女は鍵を開けて、扉を開ける。
「何のごようですか?」
彼女はそう言って相手の顔を見る。彼女は相手の顔を見て固まる。相手は右腕と左眼を失っていた男で。その髪は少し赤みがあった茶色だった。
「遅くなりました。クリス」
男は笑顔でそう言う。マリア、いやクリスティンは涙を流しながら彼に抱き着く。カーヒルに。
「遅いわ、遅すぎるわよ、カーヒル」
カーヒルは何も言わずに片腕で彼女を抱きしめる。テレーゼ、いやミシェルも何かが会ったことに気づき、その場にやってくる。そして、カーヒルがいるのに気づくと、大きく驚く。そのまま、彼女は笑顔で涙を流しながらカーヒルに向かって問う。
「今まで何してたんですか?お嬢様はずっと待ってたんですよ」
「申し訳ありませんでした」
カーヒルは謝る。そして、カーヒルは少ししてある程度落ち着いたクリスティンを体から少し話して、今までに何があったかを簡潔に話す。
カーヒルはあの、傷だらけで倒れた後、気づいたらとある小屋にいた。その小屋の主は老人の隠遁生活を送った魔術師であった。元はフェイル王国の王家に仕える魔術士であったのだが、フェイル王国に嫌気がさし、あのあたりで暮らしていた。その老人は、偶然あのあたりで薬草を探していた帰りにカーヒルを見つけたのであった。
そして、老人はカーヒルを治療してくれた。それは老人の気まぐれであった。カーヒルは傷が治るまで老人の下で過ごした。だが、傷が思ったより深く一年ほどかかった。そして、カーヒルは傷が治るとすぐに、クリスティンとミシェルを探した。
一年たっているのもあって、手掛かりも情報もほとんど失われていた。それにカーヒルには金もないので彼女たちを見つけるのに時間がかかってしまったのであった。話を聞くときは、もう死んでいるじゃないか、とも言われたが、カーヒルは絶対にどこかで生きている、と信じながら探していた。そして、ようやく最近この村のことを見つけたのであった。
「本当に遅くなって申し訳ありませんでした」
「本当に遅すぎるわ、でも生きていてくれてよかった」
頭を下げたカーヒルに向けて、クリスティンはそう涙を流しながら笑って言う。ミシェルもうなずく。ミシェルは食事の用意をしてきます、と言ってその場を離れる。それはカーヒルとクリスティンを二人きりにするためでもあった。
「ねえ、カーヒル。一つだけ約束してほしいことがあるの」
「何でしょうか?」
カーヒルがそう尋ねると、クリスティンはもう一度抱き着いて、耳元で囁くように言う。
「もう絶対に私の近くから離れないで」
カーヒルはクリスティンの背中に片腕を回すと、抱きしめる。そして、彼女に向かって笑顔で言う。
「ええ、約束します。俺たちはもうずっと一緒のままです」
クリスティンは何も言わずに、強くカーヒルを抱きしめる。そして、ミシェルが戻ってくるまで彼らはそのままであった。
その後、彼らはこの村で生活することになった。カーヒルは村の人の認識では、クリスティンの生き別れていた恋人ということになっており、気づいたら村の教会で結婚式まであげることとなっていた。二人は特に嫌がることがなかったのだが、カーヒルはプロポーズに悩むこととはなった。
結婚式の時、カーヒルとクリスティンとミシェルは声を聞いた気がした。懐かしい人物の声を、ロドリグの声を。彼は祝福してくれていたようであった。
その後、カーヒルとクリスティンが離れ離れになることはなく、彼らはミシェルと共に、最後の時までをこの村で過ごすこととなった。
彼らは、特にクリスティンはずっと幸せに死ぬまで生きることができた。クリスティンのフェイル王国への復讐、いやルートビッヒ侯爵家の憎む感情は生まれることもなかった。彼女は復讐の道を選ばなかった。それが正しかったのかはわからない。
だけど、本人は幸せだった。




