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46 暗雲立ちこめて……。

 見なかったことにするわけにもいかず、温情を持ったキヨの配慮により包帯だらけの坊主、手目坊主は我が家のリビングへと招き入れられた。


「粗茶ですが」

「ど、どうも」

「それで、用件はなんだ」

「……そ、それがですね」


 母さんから貰った熱い緑茶をチビチビと飲みつつ、手目坊主は語りだした。


 奴が言うには、実家である妖魔界を飛び出し牛鬼に取り入ったはいいが、そのせいで親類とは不仲になり家へ帰宅し辛い状況になった。とは言え、人間界に住む場所があるわけでもなくここ数日間あたりを彷徨っていたが、近くを通る人間には道端に捨てられたゴミを見る目で侮辱され、犬には小便を掛けられて、精神的に限界を感じていたらしい。俺による魂の契約で悪事を働くこともできず、結果、困り果てていたのだとか。


 延いては、生活基盤の整っていないホームレス当然の自分に、ある程度の衣食住を保証してほしいという話だ。全くもって勝手な要求であるが、こうもボロボロの姿で手のひらの眼球から涙を滝のように流されれば、人並みの情けも湧いてくる。


「わかった。だが、無償で用意するというのも頭の痛い話だ。こちらで働き口を紹介しよう」


 文化祭で知り合った建設会社で、作業員が足りないと愚痴を零していた。募集もしている様子なので、手目坊主に問題がなければ採用してもらえる筈だ。


「主、住居は森の奥にある訓練施設で良いのではないか」

「そうするか」


 あそこにある小屋は今でこそ使用していないが、元々は訓練の休憩や泊まり込みで使用するために設営した施設だ。十分に住める空間は確保されている。


「手目坊主も、それでいいか」

「おぉ……なんという寛大なご配慮。拙僧感激しております……ッ」

「そうか」


 内心でどう思っているかは定かでないが、契約している俺の妖怪だ。悪い方向には働かないだろう。


 手目坊主の見た目、これに関しては装飾品で誤魔化せる。目がないのは密着型のサングラスで覆い、掌の目玉は軍手でもしておけば隠せる筈だ。其の位は購入しておいてやるか。


「よし、早速だが今日は学校を休んで先方に連絡をつけるとしよう」

「では私はその間、訓練所への案内を済ませておこう」

「あ、はい。そうです、息子が風邪で……」

「母さん、行動早くない!?」

「キヨ、登校時間過ぎてるぞ」

「そういうことは早く言ってよ! いってきます!」


 その後、住居への案内を終えた手目坊主を連れ、事務所へ面接に向かった。顔に装着してあるサングラスは、生まれつき目が光に弱く外すことができないと説明することで了解を得ている。会社側も手目坊主の態度に友好的な面を見ると、印象は悪くなかったらしい。やはり、人に取り入る技術は大した物だな。









 諸々を終え、自宅への帰宅途中。先程まで一緒であった牛鬼は、手目坊主の様子を見に行くということで不在だ。シュテンとイバラキもいない中、現在一人で横断歩道を渡っている。騒がしい連中も場にいないと妙に寂しくなるもので、帰宅へと向かう足は自然と速まった。


「……雨か」


 額に冷たいものが当たり、降り出してきたと分かる。傘を未所持だったので先を急ぐが、にわか雨なのか急激に降る速度が上昇した。


 全身をずぶ濡れにされるが、目的地は近いので構わず走る。しばらく経つと自宅の姿が確認でき、足の回転を緩めながら玄関に向かった。


 玄関まで辿り着くと、扉を開ける前に髪や衣類が吸い上げた水分をある程度叩き落とす。濡れ鼠のまま自宅に入り、家を汚さないようにするために行った最低限の配慮だ。母さんには日頃から世話になっているので、要らぬ迷惑を掛けたくない。


「ただい……ま」


 扉を開けると、知らない革靴が置いてあった。踵を下駄箱に向け、綺麗に並べられている。大きさを見るに、女性用の靴だろう。来訪者があるとなれば、帰宅の声も尻すぼみで小さくなる。挨拶をするというのも面倒な話なので、客人に勘づかれないよう足音を消して脱衣場へと向かう。


「こんにちは」


 廊下を歩いている途中、背後から声を掛けられた。

 母さんではない女性の声だ。


 存外に帰宅時の発声が響いていたらしい。こうなれば、逃げ場はなくなったも同然なので、振り向いて挨拶をするしかないだろう。先程も言ったが、母さんには極力迷惑を掛けたくない。ここはある程度の愛想を持って振舞おう。


「どう……」


 挨拶を返そうと振り返る。

 しかし、発しようとした声は喉元で詰まり、半ばで停止した。



――背後に、美咲が立っていた



 滔々と流れていた時間が、瞬間的に止まる。

 心拍数が今まで感じ得ない程に跳ね上がり、心臓が血液を噴射器宛らに送り出す。

 体は巌のように動かず、瞳孔は人間の限界まで開かれた。


(は……)


 褐色の髪が顎下まで流れ、流麗な体はスーツ姿でまとめられている。瞳は冷たく歪み、口角が上を向くことはなく、堅く結ばれていた。


 頭をハンマーで殴られたような衝撃だった。

 あの頃を思い出す、ロングヘアや温かみを持った瞳ではない。

 だが、間違いなかった。


 目の前にいる人物。

 間違える訳もない。




 前世、死ぬ前に恋仲であった、神威美咲だ。




「……どうかした?」


 投げかけられた言葉が、胸に沁み込む。

 あの頃と変わらぬ声が、脳を駆け巡った。


 今まで忘れていた筈の思い出が、走馬灯のように想起される。

 出会った頃から始まり、辛い時もあったが殆どが楽しい記憶だ。


 美咲を恨み、憎んだ時もあった。

 殺したいとすら、思った。


 でも、どうしようもなく愛していた。

 世界で一番、恋焦がれていた。


 だが、暫くの時を経てからの現在。

 本人を目の前にした再開。

 笑顔の彼女が脳裏に浮かぶ。


 そんな時、俺は。





 何も感じねぃ。





 ……。





(……美咲か)


 確かに吃驚はしたが、それだけだな。なんで俺の転生した世界にいるのかとか、何故我が在宅住居に訪れているのかとか、色々と疑問は残る。だが、別段知りたいとも思わない。それより、ジメジメした衣服が鬱陶しいので早く着替えたいな。


「いや、すいません。今帰ってきたところで、見ての通り雨に打たれてしまいました。応対の方は着替えてからでもよろしいでしょうか」

「えぇ、構わないわ」

「では、失礼します」


 脱衣所に入り、備え付けの窓を覗き込むと、激しく降っていた雨は既に止んでいた。暗雲も晴れており、若しかしたら虹すらかかってしまうかもしれない。

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