0 呆気ない幕引き
今作品が初投稿になります。
少しでも楽しんで下されば幸いです。
世の女性を大別すると、2つのタイプに分かれる。
ビッチか、そうでないかだ。
ちなみに、俺の彼女は清廉潔白。
誠心誠意尽くしてくれる、最高の女性である。
(今日は仕事、早く終わったなぁ)
久しぶりの18時帰宅だ。
気分は絶好調。
足は自然とリズムを刻んでいた。
「せっかくだし、美咲にケーキでも買っていくか」
最寄りのデパートにより、チーズケーキを2ピース購入する。
彼女の好物である。
きっと、喜んでくれるだろう。
想像すると、無意識のうちに口がにやけてしまった。
顔を揉み解し、元の仏頂面へと戻す。
(こんな俺に、あんな可愛くて優しい彼女が……)
しみじみと思い出す。
知り合ったのは、バイト仲間から誘われて数合わせ要員で行った飲み会だった。
座った席の隣にいたのが美咲である。
趣味が同じだったので会話も弾み、すぐに意気投合した。
話の中で連絡先も交換できたのだ。
そこから何度か会い、紆余曲折を経て、今の関係……恋仲へと至る。
礼儀正しく、清楚で見目麗しい。
さらには多才であり、俺にはたいへん勿体ない女性だ。
今でも、なぜ俺と付き合ってくれているのかわからなくなるときがしばしば訪れる。
彼女の顔が浮かんだ。
再度、口元が緩んでしまう。
(おっと、雨か。急がないと)
さっきから曇り始めてはいたが、どうやら徐々に降り出してきたようだ。
回想もそこそこに済ませ、足を速めた。
箱に入ったケーキが濡れないように黒スーツの内側に隠し、紺のビジネスバッグを屋根にする。
速度は出しすぎず、揺れの調整も怠らない。
コンビニを過ぎると、住んでいるアパートが住宅の隙間から見えた。
この瞬間がいつも安心するのだ。
到着。
二階建ての一階部分、その角部屋の前に立ち、カギを取り出す。
気が急く。早く美咲に会いたい。
鍵が上手く入らず、少しもたつく。
ドアが開いた。
「ただいまぁ……」
中をのぞき、声をかける。
深夜帰宅の癖で、声が小さくなってしまった。
反応は特にない。
いつも通り、玄関をくぐる。
土間にはサイズの大きい白のスニーカーが転がっている。
白いスニーカー。
見たことがなかった。
友人か?
靴を脱ぎ、歩を進める。
何故だか、足が異様に重い。
リビングの扉前に立つと、中から男女の喘ぎ声が聞こえてきた。
荒い吐息だ。
美咲の嬌声も聞こえる。
今まで耳にしたことのない、生々しい響きだ。
水が弾けるような音が何度も聞こえる。随分と早く、激しい。
これは
「は」
脳が停止した。
*
「……」
家から数百メートル先にある公園のベンチに座り、潰れた箱からチーズケーキを取り出す。
それは、購入時よりも少し歪んでいた。
口に含む。
咀嚼。
頬を伝って雨が口内に流れ込んできた。
喉が渇いていたから、丁度いい。
「……すげぇいい子だったもんな―! そりゃ彼氏の二人や三人いるわ! はは」
天を仰ぐ。
予想はしていた。
俺は昔から女運がない。
小学校で付き合った子は、他に運動部の彼氏ができたからと振られ、中学校に進学した後に告白してきた人は、誰とでも寝られる女であった。
やっと実を結んだと思った高校での彼女は、他にも複数彼氏がいて、俺のことを財布としか見ていない。
そして社会人で一生を添い遂げようと約束した女性は……。
「……」
家庭環境も決して良いものではなかった。
安い月給であくせく働く父と、その金を使って他の男と遊び惚ける母。
父からはよくされていたが、母とは口を利いたのも数えるほど。
父は働き詰めの人生で、早々に他界した。
忙しい日々の中、心は既に壊れていたのだろう。
父方の祖父が父の死によって現状に気づき、拾ってくれたのが唯一の救いである。
祖父は大変優しい人で、自分に彼女ができると大層喜んでくれた。
もっと喜ばせたかった。
悲しませたくたかった。
だから、いつも誰かとのつながりを必死に求めたのだ。
苦しい。
……心に亀裂が入る音が聞こえてくる。
「……ッ」
鬱憤を晴らすように、残った1ピースを地面に投げつけた。
踏む。
何度も踏みつける。
どれくらい繰り返していただろうか。
足を退けると、雨と泥でぐちゃぐちゃに混ざったケーキが目に入る。
鉄の味がする。
どうやら下唇を強く噛みすぎて、切ってしまったようだ。
じわじわとした痛みと、肌を激しく打ち付ける雨を感じる。
急に心が冷めてきた。
息を吐きだす。
何故こんなことをしているのだろうか。
気分が悪い。
視線を外し、ベンチの上に倒れこむ。
(女なんて……)
きっと自分は、今まで出会う女性に対してどこか期待をしていたのだ。
自分を一番に思ってくれるだろうと妄想して。
都合のいい幻想を押し付けて。
しかし、そのどれもが悉く空を切り、裏切られた。
幾度も繰り返していくうちに、心は摩耗していったのだ。
もういいや。
こんな思いをするくらいなら、もう何も求めない。
信じない。
再度、息を深く吐きだす。
何もかもがどうでもいい。
「きゃあああ!」
冷えきった耳に、脳に、女性の叫び声が飛び込んできた。
「へ、へへ……。お前が悪いんだ……ッ! ほかの男なんかと付き合うから……ッ!」
男は出刃包丁を腰だめに構え、女へ狙いを定めていた。
痴情のもつれのようだ。
冷めた目で観察する。
状況は発言からの推測だが、自分と似ているようで、若干男に共感してしまう。
物にあたる自分とは違って、行動に出るとはすごい奴だと、何となしに考える。
様子をぼーっと眺めていると、事が動いた。
女が逃げようと走り出すが、躓き転んでしまう。
そこへ男が駆け寄り、出刃包丁を逆手に持ち替え、振りかぶる。
「お前は俺のもんだぁ!!」
何となく、次の光景が頭に浮かぶ。
あぁ、きっとあの女は腹を刺されて死んでしまうのだろう。
自業自得だ。
死んでしまえ。
女の、恐怖に染まった顔が目の前に広がった。
胸の奥が熱くなる。
自然と、体は動いていた。
どうやら俺は、完全な悪人にはなれないらしい。
「ドロップキイィィィイック!」
「ぼへぇっ!」
テレビで見た、ジャンボ鶴田流のキックが顔面へと綺麗に決まる。
超気持ちいい。癖になりそうだ。
「そこのてめぇ! 同情はするが犯罪行為はいけねぇな! やるなら捕まらねぇ程度をわきまえろぃ!!」
ポーズを決め、これまでの気持ちを吹き飛ばすように叫ぶ。
あぁ、そうだ。子供の頃の夢を思い出した。
俺はヒーローになりたかったのだ。
スーパーパワーを持ち、弱きを助け強きを挫く、カッコいいヒーローに。
女性関係で一喜一憂していたなんて、馬鹿みたいだ。
小さい男だった。
超常的な力はないが、俺は夢を追おう。
多くの人を救いたい。
まずはボランティア活動から始めてみるかな。
心は少年、体は大人だ。
世界が広がる。
狭かった視界が、暗かった未来が。
この瞬間、劇的に変わった。
そんな気がした。
俺の名前は、佐藤 勉。
いずれ最強のヒーローになる男。
ここからが、俺の英雄譚だ。
――あたりに火薬が弾ける音が響いた。
「……え」
腹に、違和感があった。
通常であれば一切感じる事のない、異物感。
摩ると、白いシャツに赤い染みが侵食しだす。
訳も分からず、膝から崩れ落ちた。
辺りに、血だまりが広がっていく。
その光景を呆然と見つめた。
どこか、他人事のような感覚だ。
……日本で拳銃ってマジかよ。
男が背を向けて走っていく。
女は視界に映っていない。
すでに逃げた後なのだろう。
……あぁ、一回だけでも誰かとヤっておくんだったなぁ。
くだらないことが頭を過る。
意識が段々と遠のく。
瞼が重く、酷く眠い。
視界が暗転した。
最後に脳裏を過ったのは、俺とは違う男と肩を並べ歩く、美咲の後ろ姿だった。
はは。
俺の人生…………。
……。
…。
周囲に人の気配はない。
雨が赤い水溜まりを運んでいく。
降り注ぐ勢いは未だ増すばかりで。
しばらくは、止みそうにない。
第二章が完結するまで、毎日投稿します。
進行として、初めは多少ゆっくり進みますがお付き合いください。