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Dusty Blue

作者: 本郷・S・泉

風邪を引いた秋の初め。上がる体温とは反して沈む太陽と気温。

肩にかけるだけのゴートのレザージャケットの香りが冷たい空気と混ざり合う。

霧雨が顔に降りかかって目が完全に開けられない。周囲が浅葱色に灰色を足したような冷たい色に見える。

ポストも点字ブロックもしっかりと赤いし黄色いのに、色から温度を感じられない。

体温は上がり続けて暑いのに、肌をなでる空気も、柔らかく肌降りかかる酸性雨の微粒子も、すべてが冷いことのアンバランスさが面白くて笑いが零れてしまう。



家の玄関を開け一歩中へ入る。仕切りも何もないただの縦長長方形のワンルーム。

私はまだ玄関にいる。

家の中は外より若干暖かくて、冬の家の匂いになっていた。

暑い。寒い。

そのまま、ぼーっと家の中を玄関から眺める。

ヴァンゴのスターリーナイト。ブルーが基調のグラスを通してみたような歪み揺れる世界。

一瞬頭を過ったイメージ。でも私の心は違うと言っていた。

暗い室内にレースカーテンを通り入る街頭の光は、淡く、無機質で、酷く直線的だった。淡さという言葉の響きから感じられる微粒子の泡のような、細かくシュワっとかすかな音を立てて消えてしまいそうな印象は眼前にない。

玄関とは平行線上に広がる窓。つまり、私は家の中で窓から遠い、一番光の入らない場所にいる。

それでも私は光を求めなかった。

暗闇から見る淡い光の無機質さ。欲しいと思えなかった。

青が欲しいと、消えないで、いかないでくれと思えなかった。光はただひたすらにそこにいて、願望や欲望を向けるものではないと感じる。ひどく物質的でいて直線的。温度も何も感じない。

外の街頭は窓際の床と机の上の本を少しだけ照らしていて、他の家具や空間は薄くダスティーブルーのセロファン紙越しに見たような、綺麗に柔らかくズレた世界に居る気分になった。



靴を脱ぎ、部屋の中央より少し窓よりの右壁にぴったりと沿わせてセットされたベッドへと向かう。

足取りは重く冷たい空気を肺で感じる。今日は心臓もうるさい。胸のあたりがドクンと跳ねると、水を打ったように波紋がぞわぞわっと広がった。

寒い。

ベッドへと向かい一歩ずつ窓へと正面から近づいてゆく。あの窓際に射す街灯の光に近づく度、一歩、一歩、世界が現実味を帯びて、この矛盾だらけの理屈も何もないピュアな心象が、汚い何かに奪われてゆくような気がする。

あの薄いレースカーテンを開けてしまえば、この心象世界がひとえに崩れ落ちてしまう気がする。

私はあのカーテンを開けない。開けた後に広がる細い街灯とコンクリートを想像するだけで、私のダスティーブルーのスターリーナイトがコンクリートの無遠慮な黒と、悪気なく直接的に放たれる白熱電球のあからさまに偽善的な濁った白で塗り潰されてしまうから。私はあのカーテンには近づかない。



レザージャケットすら肩にかけたまま、顔だけ横を向かせてうつぶせにベッドに横たわる。目は開けたまま、足も腕も投げ出して壁に向かう。

そのまま壁を見つめる。

部屋全体が真冬の海のように体温を吸い出してどんどんどこかへやって、瞬きすらゆっくりと徐々に頻度を落としてゆく。やがて睫毛が下がることはなくなった。


空っぽで横たわる。


空気に触れている外皮を除いて中身などないように空っぽ。見目はリアドロを彷彿とさせるだろう。ただそこには、陶器人形としてあるべきはずの中身が、重さはない。

ベッドにも枕にも沈まない。ただそこにある。そう感じるんだ。

マットな薄いガラス細工を思わせる艶のない生命を感じさせないアンリアル。肌を撫でたならばさらさらと音がしてしまいそうな無機質さ。


永遠の心象世界。永遠のダスティーブルー。

心象世界に時の流れはあるのか。

心象世界にそのまま固定されることは可能なのか。

彼女に朝は来るのか。


私にもわかりません。熱に浮かされて見ただけの鏡の国のようなものなのか何なのか。

ご想像にお任せします。

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