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僕らの奇怪マンション事情!  作者: 空世 創銀
1/1

村人Aの引越しは失敗だったのかもしれない

~この話の登場人物~


竹内たけうち 康人やすと    主人公。低身長がコンプレックス。102号室。

御所ごしょがわら 武人たけひと  現在SAN値89。308号室。

山登やまのぼり 健明たけあき    趣味は海水浴。201号室。

青天目なばため 樟葉くずは   ダメボ1d6。101号室(管理人室)。

 桜の季節も近付き、ようやく暖房器具なしでも快適に過ごしやすくなってきた六畳ワンルーム。

 未だ未開封の段ボールがちらほら残る、引越し三日目の高校生の部屋。

 その部屋の真ん中に大仏の如く鎮座する、一人用税抜き千五百円の土鍋。


 そしてその土鍋を囲んで目をキラキラと輝かせている、二人の男。


 地獄の釜の如く真っ赤に煮えたぎるキムチ鍋の中には、

 グツグツに煮えてこれまた真っ赤に染まった、


 バナナ。


「……………………………」


 沈黙を呈する僕。

 話は二日前に遡る。






「そんじゃー、なんか問題あったら電話してくださいねー」

 明らかに舐めている感じの声を残し、宅配業者の男がひらひらと手を振って去っていった。ありがとうございました、と僕はその背中に向けて深々と頭を下げる。

 オートロックの玄関を出た男が姿を消したのを確認し、僕は身体を半回転させて部屋の表札に向き直った。

 一〇二号室。

 ここが今日から、僕の新居となる部屋だ。


 僕がしばらく感慨に浸っていると、カンカンカン、と一定のリズムを刻む軽快な足音が近付いてきた。僕の部屋と一〇一号室との間にあるエレベーター……の、向かいにある鉄扉のついた階段からだ。そこから誰かが降りて来たのだろう、と僕は直感する。

 このマンションの住人との初遭遇。僕の身体が意識せずとも緊張した。

 不動産屋から事前に聞いた話では、このマンションの住人は部屋数の割にあまり多くないんだとか。詳しい数までは聞かなかったが、ひょっとしたらこれってかなりラッキーなのでは?


 可愛い女の子とかだったらいいんだけどなぁ。

 黒髪ロングの文学美少女とか、出てきちゃったらどうしよう。

 いやいや、大学生くらいの優しいお姉さんでも……


 年相応のくだらない妄想が、走馬灯のごときスピードで僕の脳内を駆け巡る。


 そして。


「……おっ? あれぇ、おまえもしかしてさっきまで来てた引越し業者の」

 目の前に現れたのは、期待を百八十度裏切る奇抜な青年だった。


 目がチカチカするようなピンクと鮮やかな青に彩られた髪。

 髪の色に合わせたのか、やけに発色の良いガラス玉のような紫色の瞳。


 僕がそのまま青年をじっと眺めていると、青年は軽い足取りで僕の前へとやってきた。

 そして僕の顔を覗き込んで一言、「名前なんてーの?」と。

「あっ、えーと、竹内……康人、です」

「康人、ね。よろしくなっ」

 満足げにそう言って笑う青年は、自らを「御所ヶ原武人」と名乗った。部屋は三〇八号室なんだそうだ。

「こっ、こちらこそ、よろしくお願いします!」

 そう僕が返して、一度会話が途切れ。途端に僕に対する興味を失ったのか、御所ヶ原さんはくるりと身を翻す。

「しっかし新しい住人が来たなら、なんかしなくちゃなー。誰か暇そうなヤツ……山登は帰ってたかな……」

 まだ状況が掴み切れていない僕を置いて、そんなことを呟きながら入口の方へと去っていった。


 その場に棒立ちになったまま、数秒。真っ白になっていた僕の頭にも徐々に血が巡り、ようやく思考回路が正常に再起動を果たす。

 「ヤマノボリ」なる人物にもその内挨拶しなくちゃな、などと考えながら、僕も自分の部屋に入った。


「さてと……今日中に終わるかなぁ……」

 部屋の片付けを始めようと一つ目の段ボール箱を開いたところで、早速お気に入りのマンガを発見してしまった。

 現実逃避の欲望には抗えず、その場にあぐらをかいて読みふけり、

 いつしか日は暮れ、

 十二冊目に取り掛かったところで……

 玄関のチャイムが鳴る。

 このマンションにモニターつきのインターホンなんていう高級なものはない。今更我に返ったところで元には戻らない時間と己の不甲斐なさに涙しながら恐る恐るドアを開けると、そこにはおよそ七時間ぶりの笑顔があった。

「やっほー、康人。思ったより用事に手間取ってこんな時間になっちった」

「御所ヶ原さん……あれ、来るって約束してましたっけ」

「いんや、オレが勝手に遊びに来ただけ。いいだろ?」

 そして僕の返事も待たず、横をすり抜けるようにして部屋の中へ押し入っていく。

「あっ、ちょっ、待ってくださっ……」

「へーえ、全然開いてない段ボール群と……? マンガの山。で、一部分だけ妙にあったかい床……。さてはおまえ、読んでたな?」

「うっ……」

 僕は観念してドアを閉め、御所ヶ原さんの後を追って部屋に戻る。見ると、御所ヶ原さんはさっきまで僕が座っていた床にどっかりと腰を下ろし、段ボール箱の中を覗き込むようにして中身を漁っている最中だった。既に数冊、収まっていたはずの本が放り出されている。

「なぁ康人、調理器具とかってどこに入ってんの?」

「は? 鍋とかフライパンとかですか?」

「うん」

「それなら……っていうか、そんな事訊いてどうするんです?」

「ああ、おまえの歓迎会するからさ。明後日」






 かくして、時は過ぎ。僕の歓迎会と銘打たれたこの集まりには、御所ヶ原さんともう一人、なんだか暗い雰囲気の若い男性が参加した。前髪で目が隠れた上にサングラスまでかけている陰気な人だ。名前は「山登健明」。部屋は二〇一号室。

 うーん……声、かけづらい。さっきから嬉しそうに真っ赤なバナナを食べてるけど、まともな人なんだろうかこの人。


 一方、バナナキムチの主犯者である御所ヶ原さんはというと。

「おまえ結構勉強熱心なのなー。マンガばっかかと思ったら半分ぐらいはノートじゃん」

 ……楽しそうに僕の本棚を漁っていた。一昨日も思ったけれど、つくづく遠慮のない人だった。

「乱暴に扱わないでくださいよ。まだ使うかもしれないし」

「ほっほーう。なるほど、捨てられないタイプか」

「うっ……そ、そうですけど!」

 『一ねん二くみ たけうち やすと』と拙い字で書かれたさんすうノートで鼻と口を隠し、僕に向けてこれ見よがしに振って見せる御所ヶ原さん。顔が半分以上見えないくせに、にやけているのがありありと分かるのは一体どういうことなのか。

 僕は立ち上がって手を伸ばし、御所ヶ原さんの手からノートを奪い取る。そのままノートを本棚に投げ込み、御所ヶ原さんをもとの席に追いやった。このまま放置していたら、次は何を引っ張り出されるか分かったもんじゃない。

「あらら。ノート収まってないぞ?」

「後で何とでもするんでほっといてください!」

「ほいよ。でも教科書ならともかく、あんなノート今更使わないだろ。それとももしかして、ちょっと背の高い中学生だったりすんの?」

「……残念ながらちょっと背の低い高校生です」

「ふーん」

 言いながら、床に腰を下ろして間もない御所ヶ原さんの右手はもう手近な未開封の段ボール箱へと伸びていた。僕の静止も間に合わず、ガムテープがビリビリと無慈悲な音をたてて破り取られていく。

 あれの中身は……確か、中学までの教科書だったかな。もういいや、面倒だし諦めて放っておこう。教科書なら、黒歴史もなさそうだし。

「えっと……山登さん、でしたっけ」

 案の定教科書を読みだした御所ヶ原さんを尻目に、気を取り直した僕は勇気を出して山登さんに話しかけてみる。

「……ああ」

「あのー、それ、食べて大丈夫なんですか? バナナ」

「まあ……ゲテモノ界ではマシな方」

「マシ……?」

「原材料が分かってるから」

 教科書から一瞬だけ顔を上げた御所ヶ原さんが、「そいつ、職業バックパッカーなんだよ」と補足してくれる。「アマゾンの奥地やらサバンナの真ん中やらで正体不明のモンいっぱい食べてるんだぜ」

 なるほど、と僕が相槌を打ったところで再び沈黙が訪れた。駄目だ、これじゃ話が続かない。何か、他に話題になりそうなもの……

「あっそういえば」思い出した。最初に山登さんを見た時、やけに大きく見えたんだっけ。「山登さんって身長何センチなんですか? すごく大きいですよね」

「……百八十八。確か」

「ちなみにオレが百七十六ね」訊いてもいない御所ヶ原さんの補足、再び。「康人って結構低めだよね?」

「僕は……百六十一、です。高校生男子としてはちょっと物足りないですよね」

「んー、別にいいんじゃねぇの? 人間は量産品じゃないんだからさ」

 そう答えて読書に戻る御所ヶ原さん。僕は記憶から過去の授業を引っ張り出す。

 いっそ量産品なら、身長は伸びるんだけどなあ。

 えーと、日本人男性の平均身長が約百七十二センチだから……?


「……あのさ」

 高身長。あまりの羨ましさに僕が若干拗ねていると、珍しく山登さんの方から声を掛けてきた。

「御所ヶ原はともかく……君は食べないのか」

 見れば、鍋の中に会ったバナナは全て無くなっている。残り汁なら……と一瞬箸を伸ばしかけたが、漂ってくる甘い残り香にあえなく断念した。

 これは無理だ。残念ながら僕の胃袋は世界基準に対応していない。

「…………」

 箸を握ったまま静止している僕を見て何かを察したのだろう、山登さんが無言で何かを差し出す。

 受け取ってみると、鍵だった。僕も似たようなものをつい先日手にした……つまり、このマンションの部屋の鍵。

「山登さん、これは」

「僕の部屋に、備蓄がある。カップ麺」

「え、でも」

「……君の歓迎会なんだろ」

 そう言って山登さんは黙り込んだ。もう話は終わったという風に、鍋に箸を突っ込んで溶けかけた白菜を拾い上げている。

 ちらり、と御所ヶ原さんに目をやれば、教科書に視線を落としたまま沈黙していて。さっきまであれだけ絡んできたくせに、今は不気味な程の知らんぷりだ。


 ……この状況で、僕にとれる行動はただ一つ。

 二〇一号室の鍵を握りしめ、僕は足早に自分の部屋を後にした。



「……おや。君は新しい入居者だね?」

 階段に繋がる扉のドアノブに手を掛けたところで、背後から呼び止められた。振り返れば、エレベーター横の壁面についた小窓から一人の男性が小さく手を振っている。そういえば、この中に人がいるのを見たのは初めてかもしれない。

 年齢は四十過ぎくらいだろうか。健康的な色をした頬には薄く大きな傷跡がついていて、なんだか南の海がよく似合いそうな風貌だった。

「一〇二号室の竹内康人です」僕はドアノブから手を離して向き直り、ぺこりと頭を下げる。

「歓迎するよ。私は青天目樟葉という。ここの管理人だ」

「管理人さん……あ、だからそんな受付みたいなところにいるんですね」

「ああ。実を言うと、一〇一号室は私の自宅と管理人室を兼ねていてね。私がここにいない時は、遠慮なくインターホンを鳴らしてくれ」

 正直意外だった。そういう役職の人は、どこか別の所に居を構えているものだとばかり思っていたけれど。

 こうして偶然顔を合わせるまで挨拶を必要としないあたり、しきたりには比較的ルーズな人なのだろう、と僕は想像する。


 と、青天目さんが手で静止を示し、窓を閉めて奥へと姿を消した。

 指示通り僕が待っていると、程なくして一〇一号室の玄関扉が開く。

「やあ、待たせてすまない。折角だから入居祝いでも、と思ってね」

 現れた青天目さんが、左手で小さな白い紙袋を胸の前に掲げて見せた。そこから漂ってくる、マンゴーのようなリンゴのような、何とも言えない果物の芳香。


 空腹にはたまらない、まごう事なき絶品の気配。

 ……ただ、僕にはそれ以上にどうしても気になることがあった。


「あのー、ところで青天目さん」

「うん?」

「……身長、何センチなんですか?」

 ……例のごとく。


 実際僕の首が悲鳴を上げるくらいの身長差はあった。なんたって、青天目さんの胸の高さにある紙袋が僕の目線より上にあるのだ。

 だから、「二百センチかな」などと言われても大して驚きはしなかったけれど。

 

 絶望は、した。


「……皆さん、身長高すぎません?」

「まあ、そうだね。……二〇一号室に山登っていう人が住んでるんだけど、知ってるかい?」

「知ってます」

「一応あれが平均」

「えっ」

「君を除いた、このマンションの平均身長。どういう訳かは、私も分からないがね」

「…………………………………」






 あまりにもショックが大きかったためか、そのあとの記憶は正直定かではない。

 だけどただ一つ、青天目さんに貰った果物だけはずっと脳裏に焼き付いていた。


 まるで創世記に産み落とされたかのような金のリンゴ。

 一口かじれば、溶けるように濃厚な甘みが口内を支配して。


 僕が抱えていた不安や心配が少しだけ、消えてなくなったような気がしたのだった。


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