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孤独な迷探偵  作者: 高橋はるか
第一章 座禅しながら人は死ねるのか??
34/55

33過去と後悔と反省

「着いたぞ」


その言葉と、そして、体に感じる慣性の消失で、車が止まったのだと理解し、覚醒する。


瞳を開けると、すぐに、目を焼くような西日が差し込み、思わず手をかざしながら、ゆっくりと車の扉を手探りで探して這い出すように下りる。


「ここ・・・・どこ・・・・??」


降り立ったそこは、舗装されていない砂利の足場。

閑散とした街の外れ。

郊外に近いそこは、夕方だと言うにも拘らず人気も疎らな閑静とした住宅地?なのだろうか??

いや、住宅地、というにはあまりにも家一軒一軒の間隔が空いているから、住宅地ではないだろうな。

そして当然のように、車が止まっている場所は・・・・。


「ここって他人の家なんじゃないですか??」


平屋の建物は、いたるところがぼろぼろで、どう見ても築五十年は経っていそうな建物だ。

隙間風がすごいだろう。もし人が住んでいるとしたら、これから冬にかけては、どうやって寒さをしのぐのか?と不安になるような造りだ。

屋根も、壁もぼろぼろで、ところどころ錆つき、扉も窓も、ろくに開閉できないだろう。

ここが、警察官の家だとは思えない。ましてや、縁もゆかりもない警察官に、自宅に招かれたとも思えない。

何より、家の周りに雑草は一本も生えていないが、何だろうか??それでも何となく分かる。

この家は、誰も人が住んでいない空き家なんだ、ということくらいは。

どれだけ、こまめに手入れがされていても、なお、漂ってくる雰囲気がある。人の住んでいない家には、生活感とでも言うのか?例えば、温かさ、だとか、そう言った、言葉にはできない何かが欠落しているのだ。

いや、とは言っても、人が住んでいないにもかかわらず、それほど荒廃していない所は、きちんと手入れが為されているところをうかがわせるが。


「勝手に入っちゃまずいんじゃないですか??」


それでも、人の家である以上は、いくら家主がいなかろうが、まずいと思うんだ。


そう思うのはやはり根が臆病だからだろうか?


「いいんだよ。行くぞ」


ずかずかとそのままその家に向かうかと思いきや、隣家へと向かい扉を叩く。


「おーい!!ばあちゃん!!!いるかああ!!??」

 がんがん、がんがん、とガラス戸を叩くもんだから、割れないかとひやひやしたが、すぐに、がらり、と扉が開き、中から、腰が曲がった老婆が一人、出てきた。


「はいはい!!セールスならうちは間に合っているからね!!何もいらないよ!!」


ぴしゃり、と怒鳴りつけるようにしゃがれた声を張り上げるおばあちゃんは、犬飼さんの顔をちらりと見た瞬間に、ため息をつく。


「はあ・・・・。あんたか・・・。よくもまあ、飽きずに何度も、何度も来るもんだ・・・・。警察ってのはそんなに暇なのかい!?」

・・・おお!!仰る通りで。

「相変わらず口の減らねえばあさんだな・・・・。まあ、いい。ばあさん。鍵借りてもいいか??」

何の鍵を借りるのだろうか?

「全く。あんたは・・・・。それで死んだ者が帰ってくるわけでもねえだろうに・・・。まあ、いいよ。ほれ!鍵は貸すけれども、何か物を盗むんじゃないわよ!!」

そのおばあちゃんが無造作に放り投げた鍵を受け取りながら、

「警察官に向かって、物を盗むなよ、って言うのはあんたくらいだよ!!」

と返した犬飼さんは、目の前で閉められた扉に未練を残すこともなく、そのまま来た道を戻る。


「さて」


先ほどの家の前までやってきた犬飼さんは、そのまま鍵を差し込み、開け放つ。


「久しぶりか・・・??二月?三月ぶりくらいか??言うほど何度も足を運んでいるわけじゃねえんだけどな・・・・」


誰に言うでもなく、一人で言い訳めいた言葉を口にしながら、そのまま家の中へと入って行ってしまう。


「あの・・・・??」

どうしようか?行くべきか??それとも行かないべきか??どうする??

「早く入って来いよ!!」

「ええ・・・・??」

何か、さっきの会話から、殺人現場みたいで、嫌なんだよな・・・・。陰気臭いし、そう思えば思うほど、暗く、澱んだように見えてくるのは気のせいなんだろうか??


ゆっくりと中へ入ると、線香の匂いがふわりと香ってきた。

煙の中に感じる、あの独特の臭気。

俺は嫌いではないから、別にどうとも思わないんだけど、嫌いな人は嫌いだよね?

って言うか、ますます、殺人現場感が漂ってきたな・・・。


これで、刃渡り三十センチの包丁を持った犬飼さんが、「ひゃー!!!」とか言いながら、目を血走らせて襲い掛かって来たら、猟奇殺人鬼の住処だった、と証明できるんだろうけれど、その時には、俺の命が無いわけだ。

ジレンマだな。

何が?と思う間もなく、ふすまを開け、ひょっこりと顔をのぞかせた犬飼さんは、いたって真剣な表情そのもので、


「何してんだ?早く来いよ」


と手招きするので、そのまま、そのふすまを開けて中へと恐る恐る足を踏み入れる。


そこは仏間だった。


最近誰かが来たのだろうか。

仏間には、一人の老婆の写真が飾られ、その前には、慎ましいながらも、花が生けられた花瓶が置かれている。

花は、僅かにしぼんでしまっているが、しかし、まだ枯れることなく、生き生きと最後の瞬間を色鮮やかに咲いている姿に、哀愁が漂う。

すでに線香は燃え尽き、灰へと姿を変えているが、それでも、灰の山が崩れることなく、誰かの思いを彼岸へと託し終わった役目を終え、静かに、しかし、満足げに横たわる。

写真の老婆は、やせ細り、線の細い老婆ではあるが、生前は厳格だったのだろう、その背筋はぴん、と伸び、顔には皺がところどころあるだけで、弛みや、染みなんかは一切ない。

年を重ねてもなお、美しさがそこには確かに垣間見える。

そんな老婆が、写真の中では、満面の笑みを浮かべ、瞳に優しい色を湛え、どこかを見つめている。

恐らく、本当に恐らくではあるが、そんなふうに笑うことすら少なかったのではないだろうか?

それでも、仏間に飾られた写真からは、確かにその老婆がそこに生きた証を見ることができる。


「この人って・・・??」


ゆっくりと拝む犬飼さんは何を思うのだろうか?

この老婆は犬飼さんにとってどんな関係だったのだろうか??


俺も、彼に倣って、ゆっくりと目を閉じ、頭を下げるが、犬飼さんは、随分と長いこと、その写真に向かって頭を下げ続けていた。


「すまない・・・・」


ようやく頭を上げたかと思うと、その一言をぽつりとつぶやいた彼は、そのままこちらを振り返ることもせずに、


「この人は、今から八年前、この自宅で殺された・・・・」


淡々と語る。


「なんてことはねえ・・・・。犯人は実の娘。今もまだ、刑務所の中で拘留され続けている・・・・」


どこかで聞いたような気がする話だ。何処だったろうか??思い出せない・・・。それでも・・・・。

口を差し挟む隙さえも与えない。いや、そもそも、言葉が出てこない。


「当時、一番に現場に駆け付けたのが俺だ。その時には、死んでいた。よほどの恨みがあったのだろう・・・・。全身の刺し傷は数十か所にもおよび、死してなお、何度も、何度も、刺され続けていた・・・・」


気味が悪かった。と同時に、その娘の気持ちが、うっすらと分かるような気がした自分も、気味が悪かった。


「被害者の名は、佐倉ハツ。そして、その犯人は、たった二人の実の娘を、そのまま借金の形に身売りさせようと男たち数人を家へと招き入れていたんだ・・・」


まさか・・・・!?吐き気がこみあげてくる気がする。まさか、という気持ちと、同時に、そうであって欲しくはない、という願望が、胸を締めつける。


「娘たちは、そのまま男たちに無理やり犯されそうになったが、間一髪、俺たちが通報を受けて駆けつけてきたから間に合った・・・。あの時の二人の娘は、今でも俺の記憶に焼き付いて離れない・・・・」


「まさか・・・??」


「佐倉花菜。当時十七歳だったお姉さんは、恐怖に震え、ぼろぼろと涙を流しながらも、死んで骸になった冷たい老婆に縋りつくように泣いていた」


「もう一人は・・・・??」


「佐倉茜。当時十歳だった妹は・・・・、恐ろしく無感動だった。恐怖で訳も分からないのかと思えば、誰よりも冷静に事情聴取に応じ。冷たくなった自分の育ての親を見下ろして一言、おばあちゃん、死んだんだね、って。悲しみも、憎しみも、怒りも、およそ全てが欠落しているように見えた・・・・。淡々とした彼女は、今もってなお、喜怒哀楽、の感情一切を無くしているように見えて仕方ない・・・・」


「そんな・・・・」


言葉が出てこない。喉に何かが詰まったように、不快で、不快で、ただ、ただ、気持ちが悪かった。



「ここにいると、もうどうしようもできないことなのに、あの時のことを、何度も、何度も思い出すんだ・・・・」

もう出よう、と犬飼さんに急かされるまま、俺たちは、家の扉を閉め、鍵を掛ける。




「ふん!!随分と長いこと拝んでたんだねえ」

隣の家に住むおばあちゃんは、小言を交えながら鍵を受け取ると、すぐに、ぎろり、と俺を睨みつける。

「見ない顔だねえ・・・・。いいのかい??」

「ああ。いいんだ。こいつがあの二人の過去を知ったとしても何も言わんだろうさ」

そうなのだろうか・・・・??

知りたくはなかった・・・・。こんな過去なら、知りたくはなかった。

それでも知ってしまったその過去の重さに、あの二人は果たして本当に俺に知られることを望んだだろうか??

「そうかい・・・・。あの二人の前では絶対に言わないけれどもねえ・・・・。あの時私がもっと早く通報していれば・・・!!こんなことにはならなかっただろうにねえ・・・」

おばあちゃんも、過去に囚われ、過去に後悔をしている。

だが、どれだけ後悔しても、どれだけ反省しても、どれだけ謝罪しても、死んだ者は帰ってこない。

死ぬ、とはそう言うことなのだ。

「・・・怖くてねえ・・・。何かあったんだろう、とは知っていたが、それでも、あのやくざ者たちがこっちに向かってきたら、と思うと、怖くて、怖くて・・・・。ただ、震えて、ひっそりと息を潜めていることしかできなかったよ・・・・」

「そいつは当然だ。誰しもが、怖いと思えば足がすくむさ」

犬飼さんは、そう言うが、それでも本心はどうなのだろうか?

助けられなかった命と、そして、救えなかった心。

それがために、彼はあの二人の姉妹にこだわり続けるのだろうか??


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