その四・おうおうおうおうおう、ちょおおいと待ちな 前編
平手で頬を打つ音が二つ、響く。
それまでの騒ぎが嘘のように静まりかえる最中、打たれた男二人は天地がひっくり返った光景でも見たかのように茫然自失となって打った本人を見ていた。
振り抜いた手がゆっくりと下ろされる。
肩を怒らせ、歯を食いしばって、全身をふるふると震わせているその少女は、涙を浮かべた目で二人を睨め付けていた。
顔が真っ赤に染まっているのは怒りか羞恥か。多分両方なのだろう。その双方を隠すことなく、その少女は地獄の底から響かせるような押し殺した声で――
「おまえらなんか、だいっきらいだ」
――ぶった切るようにそう言った。
……何が起こったかって?
もう説明するのも面倒くさいんだけど……ともかく時間をちょっとだけ遡ってみるとしようかね。
轟音と振動が響いたその時、真っ先に行動したのは本部長さんであった。
つっても片手で額を抑え、「あっちゃあ……」とか悩ましい声を上げるだけだったのだけど。
「あ〜、北新城君。多分“アレ”だ。東郷君と兵経君呼び出して麻酔銃を使わせたまえ。確か申請していたゾウをも一発ってのが来てたろう、構わないからぶち込んでやんなさい」
「あ、いやしかし……よろしいんですか?」
頭痛を堪えるかのように額を抑えたまま言う本部長さんに、部下の人――北新城さんというらしい人が戸惑い問い掛ける。それに対して本部長さんは深々と溜息を吐いて答えた。
「よろしくない。ちっともよろしくないよ。けどそうでもしないと止められないだろう? ならば使うさ。被害が拡大しないウチにね」
「は、はっ! 了解しました!」
気圧されたか直立不動で敬礼し、北新城さんは慌てて会議室を出て行く。一体何事なのだろうか。分からない、分からないが。
いやな予感しかしねえ。
それは仲間みんな同じだったようで不安げな顔でお互いを見合う。しかしこのタイミングで何か騒動が起こると言う事は、恐らく。
「……すみません。しばらくここで待っていて貰えませんか? 誰か来るまで動かないように願います」
本部長さんが苦虫を噛み潰すような顔のまま席を立つ。騒動を収めに行こうというのか、その目には強い憤りと決意のようなモノが現れている。
手伝うとか言っちゃダメなんだろうなあ。正直待たされるのは苦痛なんだけどこういう時。
本部長さんも退室し、ぽつねんと残されたアタシたち。彼方でどーん、どーん、という工事現場から響く音のようなモノが聞こえて来るが、気になって仕方がない。
「……香月です。気まずいです。香月です。野郎一人は肩身が狭いです。香月です。でもなんか行動しようとしたら絶対ろくでもない事に巻き込まれるんです。香月です……」
「最早すでに過去の遺物となりはてたネタを壁に向かって披露しているお馬鹿は放っておいてだ。アレは多分……青森さんなんだろうなあ」
女四人で額を寄せ合って話す。別に内緒話にする意味など全くないが、雰囲気だ雰囲気。ノリとも言う。
「あ〜その……重ね重ね申し訳ない。ウチのアレがアレで」
すっかり萎縮した林檎が申し訳なさそうに言うが、それこそ今さらだっての。そもそもが林檎の責任じゃないし。
まあともかくだ。ただ待っているのも芸がないから今後の方策でも話し合っておくさね。
「そんなこんなで謎の変質者に襲われる羽目に陥った我々だが、ただ警察の庇護を受けるだけで良いと思うか? 否、良くはない」
「うんわかるけどさ、何でいきなり劇画調に語り入ってんの?」
「や、会議室つったらこう、やりたくなんない? それはそれとして、あの調子じゃ警察もあんまり当てになりそうにないぞ? 協力しようって言い出したアタシが言うのもなんだけどさ」
「そうですよねえ。……やっぱり私たちだけで対処した方が手っ取り早いような気がしますけど」
「だから早まるのはやめれっちゅうに。ナメてかかったら痛い目じゃすまないって」
「う〜ん、北畑君が狙いなんだから、餌になって貰うのが一番いいかな?」
「しゃらっと怖い事言うな!? アレか、アンタも実は名誉挽回狙いか」
「冗談ですよ?」
「冗談だよ?」
「ならなぜ目を逸らす。こっち見ろコラ」
微妙に当てにならんなあこの子ら。かといって林檎は論外だし。後一人に到っては空気だしね。アタシ? はっはっは、自慢じゃないがここで良い対策を考えつくほど頭良くないぞこちとら。
とは言え確かに北畑を囮にするのが一番向こうさんを引きずり出せる可能性が高いんだよなあ。しかしいくらここの対策本部がはっちゃけてるからといって、一般人を使ったおとり捜査をためらいなく行うほどには外道じゃなかろう。今の青森さんだったらむしろためらいなくやるだろうが。
まあ今立てられる対策もそうはない。とりあえずここにいる女性陣はしばらく纏まって行動した方が良さそうだ。特に林檎は戦闘力がないに等しいんだし、昨日みたく一人で帰宅させるなんぞ論外。アタシと檸檬と小梅の三人で周り持って泊まり込むくらいはしておかないといけないかも知れない。
考えてみれば昨日は運が良かった。もし林檎が携帯を使うのが僅かに遅かったら連絡は取れなかったし、北畑が野生動物以上の勘を働かせて林檎の居場所を探り当てなければどうなっていたか。あんな幸運がそう何度も続くとは思えないね。
うむむ、猫犬連中相手みたく相手の正体が判別したら楽なんだけどなあ。学校内じゃないからヤサ探し出して殲滅ってわけにはいかないけど、知らないとじゃ雲泥の差だ。とは言っても相手は人間だかどうだかもかなり怪しい存在。真っ当な生活を送っているとは想像しがたい。
ひょっとしたらその辺りが捜査上のネックとなっているのかも。近所にあんなん住んでたら周囲の人間から話が漏れないわけがない、よほど巧妙に逃げ隠れしてるんじゃあなかろうか。そして連中ならすんなりそれを行う事が可能だろう。人間の常識で追跡するのはかなり難しいんじゃなかろうか。
後手に回っているとは言え、迅速に連中の出現場所を突き止める青森さんたちはそれなりに優秀だって事か。人格はともかく能力的には問題なさそうだ。が、それでも今一歩及ばない以上頼りきりにはならない。林檎の事さえなければ警察に籠城するって手段も取れるんだが……林檎の近くにいるってだけで青森さんがアレじゃあ、不安がてんこ盛りだ。多分本部長さんもその辺りを危惧してはいたのだろう。林檎と近しい関係にある北畑が狙われた事が互いに不幸を招いたというわけかい。
「……結局、警察と連絡を密に取りながら纏まって行動するってのが一番無難じゃないかと思うんだよな。いまいち不安は残るんだけど」
結論はそうなっちまうんだよなあ。これ以上良い考えって言うのはアタシには思い付かない。
と、先程まで部屋の隅で呟くオブジェと化していたはずのカヅが、すぴしと指を立ててこう言いだした。
「まあ後はお勧めじゃないんだが……“秋沼ちゃんに限って”言えば、より安全と思われる方法もある」
『はあ?』
おいおい、何を言い出すんだこの男。そんな都合の良い手段があるはずもないだろうと女性陣から生温い視線が跳ぶ。一瞬それに気圧されてひくつくカヅだったが、すぐに持ち直し答えを出した。
「何、青森さんに直接保護、護衛してもらえばいいのさ」
「はああ!? ちょ、貴様! それは嫌がらせか拷問か!? アレに身を任せたりしたらボクとんでもない目に遭うぞ、遭うぞ!? はっ、まさかそれが目的か!? 美少女おひげじょりじょり攻めとでも題して動画サイトにでも流すのか!?」
席を立ってカヅに言い寄る林檎。そりゃそうだ、今回に限って言えば林檎の言う事もさして大げさじゃない。何しろ現在進行形で暴走中なのだ。(アタシらの中では確定)四六時中一緒にいたらどんな事になるやら。や、身の危険はないかも知れないけれど精神的に耐えられるかどうか分からないじゃん。
林檎の抗議とアタシたちの視線に対し、そんな事は百も承知とばかりにカヅは澄ました顔を装って言う。
「言ったろうよお勧めしないって。けど猫可愛がりどころじゃすまないだろうけどさ、とりあえず身の安全を最優先するってんならあれ以上の護衛なんてなかなかいないぜ? 何しろ能力だけならお墨付きだ、何を犠牲にしてでも秋沼ちゃんを護るだろうさ」
い、言われてみれば確かにそうなんだろうけど……ちらりと林檎の方に視線を向けてみれば、答えに窮したのか頭を抱えてうーうー唸っている。多分本人も分かっているのだろう。足手纏いの自分が邪魔にならなくてかつ身を守るためにはそれが一番良い方法であると。
けどやっぱり納得はいかないだろうしある意味酷い目に遭うだろうしで、精神的な苦痛は生半可じゃない。けど逆に言えば精神的な苦痛を我慢するだけで身の安全を図れるとも言える。デメリットは大きいがメリットも大きい。
結局のところ林檎の腹一つなのだ。青森さんが林檎を護るとなると捜査の手勢が減るが、どのみち林檎が近くにいれば暴走する確率が格段に向上する。それならばいっそ護衛の名目で捜査から外せば最低でも邪魔にはならない。多分このアイディアを本部長さんに話せば問答無用で採用されるんじゃないか?
まあ流石に林檎が困るじゃ済まないから保留しようと思う。確かにお勧めできない話だし。
「ま、そうだろうよ。俺ちゃんも自分で思い付いといてそりゃねえだろって思ったもんよ」
カヅも最近ちょっと腹黒いとはいえ、まだその辺の感覚はまともだったようだ。あっさりと矛を収める。となると今話し合えるのはこのくらいか。後は北畑たちや本部長さんたちが戻ってきてからだね。
……それにしても。
「なにやってんだいアイツら? ウンコか?」
『女の子が平然とそう言う事を口にすんな!』
はいはいみんなして五月蠅いねえ、こちとらそんなに上品な育ちじゃねえっての。適度に聞き流しながら本当に遅いなと眉を顰める。
そこで止めときゃ良かったんだ。アタシもちょっと騒動で気が削がれていたに違いない。気が付いたらこんな事を口に出していた。
「……まさかと思うけど、アイツらあの騒動に巻き込まれているんじゃないだろうねえ?」
全員が――口に出したアタシ本人も――びきりと硬直する。
『あはははは、まっさかあ』
一斉に放った台詞の空々しい事。
し、しかしだな、今ここで席を離れて様子見に行くなんて、できるはずもないじゃないか、ねえ?
…………………………。
アタシたちの忍耐力は、一分保たなかった。
案の定だった。
「落ち着いて下さい“お義父さん”!」
「誰がお義父さんかああああああ!」
がきゅんがきゅんと音を立て、適当に拾ったらしい鉄パイプ同士がぶつかり合う。
コンクリートをたたき割り鉄骨をへし折りながら、馬鹿二人が戦い続けていた。
「で、なーんでこんな事になってんのよ」
瓦礫の山と化した警察敷地の一角で壮絶な一騎打ちを行っている馬鹿二人の様子を呆然と眺めながら、アタシは傍らで頭から瓦礫に刺さっている夕樹に尋ねた。
「いやのんびり見てないで助けてよ!?」
即座にずぼりと頭を引っこ抜いて抗議する夕樹。いや助けるまでもなかったじゃん実際。かすり傷もないし。……ほらちょっとこっち来な。
「うう、愛がないよう……って?」
埃にまみれた夕樹の身体を軽く叩いて埃を払ってやる。まったく、どーせ二人を止めようとかして吹っ飛ばされるなりなんなりしたんだろ? とか聞いてみたら夕樹は目を丸くする。
「……いつからエスパーになったのさ?」
「アンタの行動なんかまるっとお見通し……っぽい感じだから」
その、恋する乙女的にな。口に出しては言えないけど。
まあそれはそれとして、それはそれとして、だ。
「話は最初に戻るけど、どーしてこうなったのさ」
「まあ話せば長くも何ともなく馬鹿馬鹿しい事なんだけどさ……」
肩を落して語る夕樹の話は、本当に馬鹿馬鹿しかった。
「ふいいい〜、いやヤバかったヤバかった。危うく堤防が決壊し俺様人間としての尊厳が失われるところだった」
満足げな顔で用を足す北畑の両隣で夕樹とノブが溜息を吐く。
さすがに拘束具まで付けたのはやりすぎだと思っていたけれど、この男本当に状況が分かっているのだろうか? 災禍の中心にあるにしてはあまりにも脳天気すぎる。
「あ〜、一度溜まるとなかなか止まらんな。これはなかなかこう、凄いぞ?」
絶対状況分かってねえ。両隣の二人は頭を抱えたくなった。物理的に無理だったけど。
とにもかくにも用を足し、とっとと会議室へ戻るかとしたその時、轟音が警察署を揺るがす。
うわっちゃあ。今度こそ夕樹とノブは頭を抱えた。何が起こったかは知らないがきっとろくでもない事に違いない。確証はなかったが確信はあった。
しかしここで北畑が予想外の反応を見せた。不意に真面目な表情となり、真剣な声で二人に告げたのだ。
「……急ぐぞ」
突如の変貌に唖然とする二人を尻目に、さっさとトイレを後にしようとする北畑。取り残されかけた二人は思わず顔を見合わせる。
「……アレか、秋沼以外完全に眼中ないのね」
「…………その分、勘が鋭い」
一途と言うのだろうかこういうのも。違うような気もしないでもないが一々否定する気もない。水を差すのもなんだし従っておくかと北畑に次いでトイレを出ようとしたその耳が、微かな物音を捉えた。
ずばっと一斉に振り返ったその視線の先は、トイレの天井、その片隅にある調整孔。暫しの沈黙の後、その蓋ががたがたと動き出す。
「ふはははは! たかだか四重拘束と特殊独房程度でこの俺を留めておく事ができると思うてか! 緩いわ!」
咆吼と共に蓋が吹っ飛ぶ。そしてそこからずしゃりと地に降り立つのは最早言うまでもない、青森 富士雄その人だった。どうやら厳重に拘束されていたところを脱出してきたらしい。引田さんちのてんこーさんか。
どう反応したものだか戸惑う少年たちの目の前で、どーんどーんと響く轟音をBGMに完全に悪役なにやり笑いを浮かべた青森さんは含み笑いと共に独り言を漏らす。
「くくく、ついでに仕掛けておいた対人地雷も順調に作動しておるようだ。こんな事もあろうかと押収品の中からパクっておいてよかったわい」
「悪徳警官だあああ!? それよかどっから対人地雷なんて押収したの!!??」
思わずツッコミを入れてしまった夕樹。やってからしまったと臍を噛むがもう遅い、思いっきり自分の世界に入り込んでいた青森さんに気付かれてしまう。
「むう不覚! この俺とした事が用を足す人間の事を失念する……とわ……」
夕樹たちの姿を確認した青森さんの動きが止まる。その視線の先にあるのは、当然の事ながら北畑 星十郎の姿。
比喩抜きで、トイレが粉々に吹っ飛んだ。
全力全開での打ち込み。ただそれだけで建物の一部が崩壊したのだと察したのは、瓦礫と共に屋外へ天高く放り出された後だった。
「くうっ!」
「……む」
咄嗟に体を入れ替え空中の瓦礫を足場として跳び建物へと取り付く夕樹。そのまま地面に落下するがクレーターを穿っただけで何事もなかったかのように起きあがるノブ。五階建ての建物の中腹とは言え結構な高さがあるのによくやる。
ほっとしたのもつかの間、再び爆音が轟き、かつて三階のトイレであった箇所が粉微塵に吹っ飛んで二つの影が飛び出してきた。噴煙を曳きながら現れたのは、無論青森さんと北畑の二人。彼らは引力によって落下するのを気にも留めず、空中にて壮絶な剣戟を交わし合う。面、小手、胴、突き。上段、下段、袈裟斬り、逆袈裟。その全て。それ以外の全て。いつの間にやら手にしていた棒っきれで、二人の剣士は激しく斬り結び、そして。
地響きを立てて落下の勢いのまま着地。コンクリートがひび割れ派手に捲れ上がるが、馬鹿二人は小揺るぎもしない。そして、先の剣戟が嘘だったかのように、揃ってぴたりと動きを止める。
暫しの静寂。彫像のように動きを止めた二人はしかし、その静寂と相反するかのような激しい視線をぶつけ合っていた。
先を読む。先だっての斬り合いによって互いに見知ったパターンを元に、次の行動を予測し合っているのだ。二人の頭の中では、すでに先の剣戟を上回る嵐が展開されている事であろう。だが実際には迂闊に動き出す事はできない。先に動いた方が負ける、と言うわけではないが、後先考えぬ全力全開の先制攻撃が容易く通用する相手ではない。双方それが良く分かっている。
「つーかさ、いつの間に北畑のヤツ青森さんと互角になってんの?」
「…………恋は人を強くするらしいな」
こそこそと交わされる言葉。それが合図になったのか、二匹の獣の目が鋭く光る。
動きは同時。残像すら残す速度で真っ向から最速で駆け抜け、激しく打ち合う。
轟音と衝撃波が響く。そして再びの剣戟。最早並の人間には認識することすら不可能な領域で馬鹿二人が牙を振るい合う。
「と、止めないと、ダメかなあ?」
「…………見なかった事にしたいが」
まったく、他の警官の人達はどーしたんだよとデコボココンビは周囲を見回すが、何故だか人っ子一人姿が見あたらない。
逃げたのかこんちくしょうと愚痴っても状況は好転しない。深々と溜息を吐きながら、二人は戦場へと足を踏み入れた。
「……というわけで瞬時に吹っ飛ばされた次第で」
「身も蓋もないねえ」
未だ争いを続ける馬鹿二人をヌルイ目で見ながら夕樹の話を聞き終える。視線を移してみれば、瓦礫に埋まったノブを必死で掘り出してる檸檬と小梅。そしてそこから少し離れた位置でぽかんと口を開けて固まっている林檎の姿。その他には人っ子一人見あたらない。本当に放置するつもりなのだろうか。あの本部長さんなら何やら考えがあってもおかしくはないとは思うのだけど。
確かに関わり合いにはなりたくない光景だ。つか相打ちになるまで放っておいた方が良いんじゃないだろうか。技のキレこそ落ちていないものの、あの二人にだって体力の限界というものがあるだろう。
「どうしても我々の交際を認めないと言うのかお義父さん!」
「認めるはずもなかろう! たとえこの身が砕け散ろうが、我が娘を嫁に出すなど言語道断! そこへ直れたたき斬ってくれるわ!」
……あの絶好調な様子を見ているといまいち自信なくなるなあ。あと北畑、本人放っておいて勝手に話を進めるのはどうかと思うぞ?
もちろん口に出しても止まるはずもないし、ここは何かきっかけが掴めるまで様子を見ておこうか。アタシと夕樹はそう判断して頷きあった。……のだが、きっかけというか転機は想像以上に早く訪れた。
完全に予想外の形で。
「こわっぱがっ! 綺麗事で世の中が渡っていけるとでもっ! 汚れる覚悟なきものに家庭など築けるものかよっ!」
強引に北畑を弾き飛ばしながら吠える青森さん。刑事という因果な商売に就き、世の裏を覗き込んだからか、その言葉には悲壮さすら籠もっている。ただ闇雲に北畑の事を否定しているのではなく、何か思うところでもあるのか。
てっきりそう思っていたのに。
「いいか俺はなあ! 林檎のおしめも替えてやったし●●●の処理もしたし●●●●漏らした●●●を丹念に●●●●たりもしたんだぞ!? お前にそれができるというのか! その覚悟まであるというのか!?」
三回転半ひねりでコケたアタシと夕樹は悪くないと思う。つーかさつーかさ! 綺麗事じゃないとか汚れるとかってそう言う事じゃないだろう!? なんでいきなりそんな話になるか!
そこで突っ伏していないで無理矢理にでもツッコミを入れるべきだったんだ。なぜなら次いで北畑が特大の爆弾を投下してくれやがったんだから。
「ある! あるともさ! 例え●●とかになって●●●や●●●●を●●●ながら●●したとしても一生添い遂げてみせるっ! もう●●●拭うし洗うし手入れもするし俺様!」
今度はムーンサルト入った。なんだその半分くらいまともに放送できないような台詞は! いや心意気は買う、買うけどさ! 方向性が全力全開で彼方に吹っ飛んでんだよ!
展開が吹っ飛びすぎてて魂が身体から抜けてしまったかのようだ。力が入らない。
と、横になった視界の中で、阿修羅のごとき気配を放つ人物の姿が目に入った。俯き身を震わせているその姿を見てヤバいと思った時には遅かった。
恐れげもなく馬鹿二人が争っている最中にずかずかと歩み寄り、そして……。
冒頭へと話が繋がるわけさ。